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平成21年11月2日

科学技術振興機構(JST)
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東京学芸大学
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誘電体の熱ゆらぎの直接観測に成功

(コンピューターの超高速メモリーの開発に道)

JST目的基礎研究事業の一環として、東京学芸大学の並河 一道 教授らは、メモリーやコンデンサーなどに使われる誘電体注1)分極注2)状態の微妙な変化のゆらぎを調べる新しい手法を開発し、分極の過剰な状態が平衡な状態になるまでの緩和時間を直接観測することに成功しました。

これまで、ナノメートル(10億分の1メートル)・サイズの分極のゆらぎをピコ秒(1兆分の1秒)の時間スケールで直接観察する手法はありませんでした。

この研究の特長は軟X線レーザー注3)の2連パルスを光学的に発生させ、1発目のレーザーのエネルギーで過剰な分極をつくり、すぐ元に戻りはじめたところへ2発目を打ち込むことで分極のゆらぎが分かる仕掛けです。試料による2連パルスの散乱強度を超高速カメラで分離観察して、散乱強度の間の時間相関注4)を求める手法によって、誘電体チタン酸バリウムの中に現れる微小分極が緩和してゆく、これまで想像されていなかった振る舞いを明らかにしました。

この手法は、ピコ秒のごく短時間で動作する高速応答誘電体デバイスの開発の基礎研究に役立つとともに、他の物質に現れる同様な現象の研究に幅広く適用されることが期待されます。

本研究は、日本原子力研究開発機構の岸本 牧 副主任研究員、高エネルギー加速器研究機構の那須 奎一郎 教授らと共同で行われました。

本研究成果は、2009年11月6日(米国東部時間)発行の米国物理学会誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)
研究課題名 「高いコヒーレンスをもつ軟X線レーザーを利用した新固体分光法の構築」
研究代表者 並河 一道(東京学芸大学 教育学部 教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、物質や材料に関する科学技術の発展の原動力である新原理の探索、新現象の発見と解明に資する新たな計測・分析に関する基盤的な技術の創出を目指しています。上記研究課題では、極めて高い干渉性を持つプラズマ基盤の軟X線レーザーを利用し、時間・空間相関法と非線形分光法による新しい固体の分光法構築を目指しています。

<研究の背景と経緯>

誘電体は電子部品のコンデンサーや不揮発性メモリー、赤外線検出センサーなどとして幅広く利用されており、中でも高速の情報処理には欠かせない素材です。これは分極の電場に対する応答の性質を利用しています。今後も、高速情報処理や大量情報通信が高速に進むだけに、必要性が一層高まることが予想されます。誘電体分極の電場に対する動的応答の性質は相転移注5)点付近で最も端的に現れ、その性質を調べることでその物質の安定相における特性の背景を理解することができます。このような安定的に存在する物性がどのような背景のもとに今あるように実在するかを理解することは、今後の物質科学の重要な役割です。

X線スペックルによるナノメートルスケールの動的ゆらぎの研究は、SPring-8のような第三世代高輝度放射光X線光源の実現によって初めて可能となり、散乱強度の時間相関を調べる手法によって、これまでコロイド粒子の運動、合金の相転移、磁性体の磁区形成などに適用されてきました。しかし、放射光は第三世代光源でもコヒーレントな光子の数は1パルス当たり10程度なので一定の時間データの蓄積を行う必要があり、マイクロ秒以下の短い時間スケールのゆらぎについては平均化され、これを検出することはできませんでした。それゆえ放射光で観察できるゆらぎの現象は比較的ゆっくりした変化をするものに限られていました。

<研究の内容>

この研究で得られた成果は、以下のようなものです。

  1. (1) 単ショットX線レーザーで時間相関分光を実現するために、遅延時間制御可能なマイケルソン型2連パルス生成器を装備した「スペックル強度時間相関分光装置」(図1)を開発し、日本原子力研究開発機構関西研究所に設置しました(図2)。
  2. (2) 相転移の臨界状態にある対象物質に軟X線レーザー・パルスを照射してナノメーター規模の過渡的な相転移の核を生成した後、減衰したこの核を次のパルスで消滅させ、これらの散乱強度の相関を調べる新しい時間相関分光法を実現しました。
  3. (3) (2)の手法を用いて誘電体チタン酸バリウムの相転移温度付近において出没する分極クラスター(微小分極)のゆらぎの振る舞いを明らかにし、クラスターの分極の熱ゆらぎは臨界温度の数度高温側で臨界緩和注6)を起こすことを発見しました(図3)。

これらの発見は、X線光源として極めて輝度の高いプラズマ軟X線レーザーを利用したこと、単ショットX線レーザーを用いて時間相関実験を行う手法を考案したこと、物性の実験研究者と理論研究者の共同研究を実現できたことなどによるものです。また、日本原子力開発機構 関西研究所の全面的支援も大きく寄与しています。

<今後の展開>

ここで開発した手法は、単ショットX線光源だけでなく、高い繰り返しを持たないX線光源の全てについて適用可能なので、10Hzから1KHz程度で繰り返すX線自由電子レーザー注7)高調波X線注8)についても適用でき、これらの光源を用いてゆらぎの超高速現象の研究が進展するものと考えられます。

<参考図>

図1

図1 時間相関測定装置の配置図

発光源から放射されたX線パルスは、集光ミラーによって試料上に照射されます。光路の途中にマイケルソン型の遅延時間発生器が入れてあり、光源から放射された単ショットX線パルスは遅延時間を持った2連パルスに変換されます。試料によって散乱されたこれらの2連パルスのスペックル信号は、ストリークカメラによって時間的に分離され、記録されます。ストリークカメラに記録された信号から散乱強度の時間相関を求めます。

図2

図2 スペックル強度時間相関分光装置の詳細

遅延パルス生成チャンバ(上図 左上)中にマイケルソン型遅延発生装置(下図)が挿入してあり、遅延時間はマイケルソン干渉計の片方の光路の反射鏡をステッピングモター駆動ステージで動かし、2つの光路の長さを調節して設定します。

図3

図3 相転移温度付近で出没する分極クラスターの臨界緩和の様子

図に示した緩和時間と分極の温度依存性から、チタン酸バリウムの転移温度(Tc)の数度高温側で緩和時間が突然遅くなって、分極の大きさが大きくなることが分かります。

<用語解説>

注1) 誘電体
物質を電場の中に置いた時、正電荷と負電荷が逆方向に動き、それぞれの電荷の分布の重心に差が生ずるような物質。
注2) 分極
誘電体に生じた正電荷と負電荷の重心に差が生ずる現象。分極の生じた微小な領域を分極クラスターという。
注3) 軟X線レーザー
強い赤外光を金属に集光照射してプラズマを生成し、電子衝突でプラズマ中に反転分布を生じ、レーザー増幅を行い発生させる軟X線領域のレーザー光。
注4) 時間相関
時間差をつけて2つの時刻で測定した物理量の間に存在する類似性の程度。
注5) 相転移
物質の温度などの外的条件を変えた時、これまでとは異なる物性や構造を持つ状態に転換する現象。
注6) 臨界緩和
相転移が生ずる寸前の不安定状態を臨界状態と呼ぶ。また、何らかの原因で物質に分極などの過剰が生じた時、この過剰な量が平衡状態の値に向かって時間とともに減衰してゆく現象を緩和現象と呼ぶ。臨界緩和とは、相転移の臨界状態で物理量のゆらぎが大きくなり緩和が遅くなる現象。
注7) X線自由電子レーザー
周期的に配置された磁場中を走る光速に近い電子が、自分自身の放射するX線の場と相互作用して元のX線を増幅して放射する高い干渉性を持つX線。
注8) 高調波X線
強い赤外レーザー光を希ガスなどに照射したとき、希ガスが電離し放出された電子が元のイオンに戻る過程で放射される元のレーザー光子の整数倍のエネルギーを持つ光のうち、波長領域が軟X線領域にまで達しているもの。

<論文名および著者名>

“Direct Observation of the Critical Relaxation of Polarization Clusters in BaTiO3 Using a Pulsed X-ray Laser Technique”
(パルスX線レーザーを用いたBaTiO3の分極クラスターの臨界緩和の直接観察)
K. Namikawa, M. Kishimoto, K. Nasu, E. Matsushita, R. Z. Tai, K. Sukegawa, H. Yamatani, H. Hasegawa, M. Nishikino, M. Tanaka, and K. Nagashima
doi: 10.1103/PhysRevLett.103.197401

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

並河 一道(ナミカワ カズミチ)
東京学芸大学 教育学部 自然科学系 物理科学分野 教授
〒184-8501 東京都小金井市貫井北町4-1-1
Tel:042-329-7481 Fax:042-329-7481
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<JSTの事業に関すること>

廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
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