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平成21年8月10日

京都大学
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光を自在に操る3次元フォトニック結晶の作製プロセスの大幅な簡略化に成功

―実用化に向けた大きな一歩―

 京都大学 大学院工学研究科の野田 進 教授、大学院生の高橋 重樹、鈴木 克佳らは、光を自由自在に操ることが可能な次世代の光材料「3次元フォトニック結晶」の新たな作製法を開発し、作製プロセスの大幅な簡略化に成功しました。
 3次元フォトニック結晶は、微小な透明反射鏡を、3次元的に規則正しく並べた構造体で、それらの微小反射鏡の協同作用により、光がどのような方向から、結晶に侵入しようとしても全て反射し、結晶の内部に光が入ること(存在すること)を許さないことを特長とします。この結晶に、例えば発光物体を導入すると、その物体の発光は禁止されることになります注1)。また反射鏡の並び方の規則性を乱すと、規則性を乱した部分において、発光を著しく強めることもできます注1)。さらに、発光体を導入しない場合でも、規則性を乱すだけで、その部分に光を強く閉じ込めたりすることもできます。最近では、結晶の表面に光を閉じ込めることもできることが分かってきました注2)。すなわち、発光を自由自在に強めたり、弱めたり、また、光を任意の場所で捕獲し、結晶内部や表面を伝播させたり、さらに一箇所に強く留めておくなど、さまざまな光の操作を自由自在にすることができるため、次世代の光材料として期待されています。
 しかし、このような3次元のナノ構造体をどのように作製するかが大きな課題でした。例えば、微小球(微小透明反射鏡)を水の中にいれて攪拌し、その後、自然と沈殿したものを固めた「オパール」と命名された結晶があります。これは確かに作るのが簡単ですが、どうしても自然にまかせて作製するため、意図しない規則性の乱れが生じてしまうと言う欠点があります。一方、半導体の微細プロセスにより薄いストライプ状の構造を作製し、それを井桁状に順に組み上げていくという作製法があります。この方法は現在、最も信頼性の高い作製法として認知されていますが、ナノメートルスケールの位置あわせと積層プロセスを何度も行なうことが要求されるため、どうしてもプロセスが煩雑になり、将来の実用化を考えた場合、もう一歩のブレークスルーが望まれていました。  
 本研究グループは今回、半導体(シリコン)に斜め2方向から、エッチングする(孔をあける)という極めてシンプルな作製法を考案するとともに、高精度な「斜めエッチング技術」を開発することにより、3次元フォトニック結晶を一括して形成することに成功しました。これにより、従来のプロセスを大幅に簡略化することが可能となり、3次元結晶の実用化に向けて大きな一歩を踏み出したと言えます。
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」における研究課題「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」および文部科学省プロジェクト(グローバルCOEなど)の一環として行なわれました。
 本研究成果は、2009年8月9日(英国時間、日本時間:同年8月10日)に英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版(Advanced On-line版)で公開されます。

 本成果の一部は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」
(研究総括:伊達 達夫 東京工業大学 理事・副学長)
研究課題名 フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発
研究代表者 野田 進(京都大学 大学院工学研究科 教授/同校 光・電子理工学教育研究センター センター長)
研究期間 平成17年10月~平成23年3月
 JSTはこの領域で、光の発生、検知、制御および利用に関する革新的な技術の創出を目指しています。上記研究課題では、フォトニック結晶を用いて究極的な光の発生技術の開発を行い、超高効発光デバイスや大面積レーザの創出、次世代量子通信・情報のための基礎を築くことを目指しています。

<研究の背景と経緯>

 3次元フォトニック結晶を作製するために、これまでさまざまな方法が検討されてきましたが、如何に、簡潔で、スループットの高い方法で作製するかが重要な課題でした。3次元フォトニック結晶の構造としては、図1に示すような薄いストライプ状の構造を井桁状に組み上げた構造が、最も理想的な構造の1つとして知られています。この構造を如何に、効率良く形成するかが鍵になります。

 研究グループは、図1の構造を、赤色の面で切断した面が上になるように、90°回転させて、図2(a)のような構造とすれば、同添付図に示されているように、45°および-45°の斜めエッチングを2回繰り返すことで、3次元結晶が形成できることに気付きました(特願2005-106729号)。わずか2回のエッチングを行なうだけで、3次元のナノ構造が出来るとなると、3次元フォトニック結晶の作製プロセスは大幅に簡略化できると言えます。

 図2(a)の構造を実現するため、本研究では、近年、目を見張る勢いで進歩している半導体のプラズマエッチング技術に着目しました。この技術は、LSIの超高集積化でも知られるように、年を追うごとに、より微細な加工が可能になり、また驚異的に深いエッチングもできるようになってきています。半導体の微細加工には必ずと言っていいほど使用されている重要な技術ですが、前提として、半導体表面に対して垂直方向にしかエッチングできないという制限がありました。もしエッチング方向を任意に制御することができれば、図2(a)に従って、3次元フォトニック結晶を一括作製できる可能性がありますが、上記の制限を如何に回避し、斜めプラズマエッチング技術を実現するかが重要な課題となります。

<研究の内容>

 斜めエッチング技術を開発するに先立って、まず、図2(a)に示す方法で3次元フォトニック結晶を形成する際、エッチング角度や、エッチング孔の大きさの許容度について検討しました。図2(b)には、結晶構造を規定する構造パラメータを表示しています。図2(c)は、エッチング角度が±45°から、±8°程度ずれても十分大きなフォトニックバンドギャップ幅(光の侵入が、禁止される波長帯域を意味します)が得られることが分かります。また、図2(d)から、孔の大きさや、その間隔も、かなり自由度が大きいことが分かりました。すなわち、エッチング角度が、±45°から少々ずれても、また、エッチング孔の大きさや間隔が若干ずれても、十分に大きなフォトニックバンドギャップが形成されることが分かりました。つまり、斜めエッチング技術を開発することができれば、比較的大きな作製誤差の許容度を持って、上述の3次元結晶一括作製が可能であることが分かりました。

 次に、実際に斜め方向のプラズマエッチングを実現するための技術開発に取り組みました。まず、何故、通常のプラズマエッチングでは斜めエッチングが困難かを原理から考えました。図3(a)は、通常のプラズマエッチングをシミュレーションした結果です。エッチングの最中には、エッチングの対象となる半導体ウエハの表面に「イオンシース」と呼ばれる薄い正電荷層が形成されますが、この層の中でエッチングの主役を担う「イオン」が加速され、その「イオン」が半導体に入射することによって、エッチングが進行していきます。同図を見ると、イオンシースに垂直方向にイオンが加速され、ウエハに垂直にエッチングが進むことが分かります。

 ここで、イオンシースの厚さは一般に、0.1~5mmと薄いのが特徴です。人によっては、半導体ウエハを、図3(b)のように傾けて設置すれば、斜めエッチングが簡単にできるのではと考えられるかもしれませんが、イオンシースは、このように大変薄いため、いくら斜めにウエハを設置しても、同図に示すように、この場合もウエハの表面に沿って形成され、結局、イオンはウエハに垂直に入射してしまいます。これが斜め方向のプラズマエッチングを困難にしている根本的な原因です。

 そこで本研究では、図3(c)に示すように、半導体ウエハ上にイオンシースを制御するための金属板を設置し、そこに適切な孔を設けることによってイオンシース自体を直接変調し、イオンの入射方向、すなわちエッチング方向を制御することができないかと考えました。エッチング装置に合わせてイオンシース制御板の設計を適切に行えば、任意方向の斜めエッチングが可能になるのではと考えました。実際、図3(c)の計算結果にも示されるように、イオンシースと同程度の高さで、同程度の幅を持つ斜めの開口を設けると、エッチング角度は、開口と同じ角度の斜めのエッチングができることが分かりました。(注:開口部の幅が、イオンシースと比べて十分に小さい場合や、逆に、大きすぎる場合には、斜め方向の一様なエッチングが困難であることも分かりました。)なお、-45°のエッチングを行なう場合は、イオンシース制御版を180°回転させることにより可能となります。(なお、このイオンシースを制御するための金属版の設計指針や、その理論に関する詳しい説明は、論文中のOn-line Supplementary Informationに詳述されています。)

 このような考えを実証するため、実際にシリコンウエハに対して、上述のイオンシース制御のための金属板を用いて、斜めエッチングを行いました。その結果が図4(a)、(b)に示されています。図4(a)の上面写真が示すように、数100nm間隔で、エッチング孔が並んでいますが、図4(b)の断面写真を見ると、確かにこれらの孔は斜め45°方向に深く伸びていることが分かります。さらに、この斜めエッチングを2回行い、作製した3次元フォトニック結晶の表面電子顕微鏡写真が図4(c)に示されています。良好な結晶が形成されていることが分かります。

 続いて、実際に、作製した3次元フォトニック結晶が、どの程度の性能を持っているかを調べるために、透過・反射率を測定しました。その結果が、図4(d)に示されています。波長1.5μm付近に顕著に反射率の増加(最大97%以上)と、それに対応して透過率の減少が見られます。これは、フォトニックバンドギャップの存在により、光が結晶中に進入できず、光が反射されていることを示しています。この結果は図4(e)に示す理論計算結果とよく一致しており、3次元フォトニック結晶として非常に高い性能を持っていることが分かります。また、図4(f)は、同じ結晶試料に対してさまざまな方向から光を入射させ、透過率を測定したものですが、どの方向の光も波長1.5μm付近に明確な透過率の減少が見られ、この結晶が、真に3次元フォトニックバンドギャップを持っていることを示しています。今回、作製した3次元フォトニック結晶は、従来法(薄いストライプ層を、順に積層し、図1の構造を形成する方法)によって作製した場合の、ストライプ8層積層構造に相当することが分かりました。このことは、従来に比べ、大幅なプロセスの簡略化ができたことを明解に示しています。今後、さらに、イオンシース制御板の構造最適化などを行い、さらに深い斜めエッチングを行うことで、さらに高い性能を持つ3次元フォトニック結晶の作製が可能であると考えています。

 次に、この3次元フォトニック結晶によって物体からの発光現象の制御が可能であることを確認するため、上述の方法によって作製されたシリコン3次元フォトニック結晶に発光体(具体的にはInGaAsP量子井戸)を導入しました。図5(a)は3次元フォトニック結晶上に厚さ30nmの発光体を貼り付けた様子を示しています(詳細は、省略しますが、ウエハボンディングと呼ばれる方法で、発光体を導入しました)。この時、発光体の発光は図4(b)に示すように、通常の参照用の発光体に比べ、約40倍にも強く発光することが分かりました。これは、3次元フォトニック結晶の効果により、発光が、上部方向にしか許されなくなったことに起因します。一方、この発光体を、2つの3次元フォトニック結晶で挟み込んだ場合についても検討しました。この場合は、逆に、発光は40分の1以下にまで抑制されました。これは、上下を3次元フォトニック結晶で覆われ、発光できる道がなくなったためです。以上の結果は、本研究で開発した作製法によって、非常に質の高い3次元フォトニック結晶が作製可能であり、さまざまな用途に合わせて、時には光を効率よく外部へ放出し、時には不要な放出を抑制するといった制御が可能であることを示しています。

<今後の展開>

 本研究では、現在半導体微細加工に広く使用されているプラズマエッチング装置をベースに、任意方向の微細加工を可能にする斜めプラズマエッチング技術を新たに開発し、この技術により、半導体(シリコン)ウエハに対して3次元フォトニック結晶構造を一括作製することに成功しました。これらの技術は、3次元フォトニック結晶の研究を加速させ、将来的には量産も視野に入れた産業応用への道を開くものと考えられます。

 また、今回開発した斜めプラズマエッチング技術は、既存のプラズマエッチング装置に軽微な改造を施すだけで使用でき、近年進歩の著しいプラズマエッチング技術の利点がそのまま享受できます。したがって、3次元フォトニック結晶に限らず、LSIやメモリー、MEMSといった他の半導体デバイスに対しても、3次元微細加工技術として新たな可能性を開くものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 3次元フォトニック結晶として、最も優れた特性をもつと認識されてきたストライプ積層型3次元フォトニック結晶の構造模式図

 これまでは、薄いストライプ構造を、ナノメートルスケールの精密な位置あわせと積層プロセスを何度も繰り返しながら、井桁状に組み上げ作製されていました。
 本研究では、この構造において、赤色で示した面で切断した面が、上になるように90°回転した構造とすれば、同じ構造が、より簡便に形成できることに着目しました。

図2

図2 3次元フォトニック結晶一括作製法とフォトニックバンドギャップ幅の構造パラメータ依存性

(a) 3次元フォトニック結晶一括作製法の模式図。これは、図1の構造において、赤色の面で切断した面が上になるように、90°回転させた構造に等しくなることが分かります(別の見方をすれば、本図において、オレンジ色の面が上になるように、90°回転させると、図1に等しくなります)。
(b) 結晶構造を規定する構造パラメータ。
(c) フォトニックバンドギャップ幅のエッチング角度依存性。ギャップ幅の単位は、バンドギャップの中心周波数に対する割合で表示されています。エッチング角度がおおよそ45°の時、大きなフォトニックバンドギャップが形成されることが分かります。さらに、±8°程度、角度がずれても大きなフォトニックバンドギャップが得られることが分かります。
(d) フォトニックバンドギャップのエッチング孔サイズ依存性。エッチング角度は45°で固定。広いパラメータ範囲にわたって大きなフォトニックバンドギャップが形成されることが分かります。

図3

図3 プラズマエッチング時における空間電荷と電位分布およびイオン軌道のシミュレーション結果

(a) 通常のプラズマエッチングの一例。ウエハ表面に沿ってイオンシースと呼ばれる正電荷層が形成されます。イオンはその中で加速されてウエハに垂直に入射するため、エッチングもウエハに対して垂直方向に進行します。
(b) ウエハを斜めに傾けて設置した場合の一例。イオンシースの厚さは一般的に0.1~5mmと薄いため、斜めに設置しても、イオンシースはウエハの表面に沿って形成され、イオンはウエハに垂直に入射してしまいます。したがって、この場合もエッチングはウエハに対して垂直方向に進行します
(c) 本研究で開発した新たなプラズマエッチング技術の場合。ウエハ上にイオンシース制御板を設置することによってイオンシース自体を直接変調し、イオンの入射方向、すなわちエッチング方向を制御します。

図4

図4 作製された3次元フォトニック結晶とその光学特性

(a) 実際にシリコンウエハに対して斜めエッチングを行った結果の上面電子顕微鏡写真。
(b) 実際にシリコンウエハに対して斜めエッチングを行った結果の断面電子顕微鏡写真。
(c) 2方向からの斜めエッチングによって一括作製されたシリコン3次元フォトニック結晶の上面電子顕微鏡写真。
(d) 3次元フォトニック結晶試料の透過・反射スペクトル特性。波長1.5μm付近に顕著に反射率の増加(最大97%以上)と、それに対応した透過率の減少が見られます。これは、フォトニックバンドギャップの存在により、光が結晶中に進入できず、ほとんどの光が結晶表面で反射されていることを示しています。
(e) 透過・反射スペクトル特性の理論計算結果。(d)とよく一致しています。
(f) さまざまな方向から光を入射させて透過率を測定した結果。どの方向の光も波長1.5μm付近に明確な透過率の減少が見られ、この結晶が、真に3次元のフォトニックバンドギャップを持っていることを示しています。

図5

図5 シリコン3次元フォトニック結晶による発光制御

(a) シリコン3次元フォトニック結晶上に貼り付けられたInGaAsP量子井戸発光層の写真。量子井戸発光層の厚さは30nmと薄いため、上面図では下のフォトニック結晶が透けて見えています。
(b) シリコン3次元フォトニック結晶上に貼り付けられた量子井戸の発光スペクトル。フォトニック結晶のない参照試料に比べて発光が約40倍に増強されています。
(c) 量子井戸層を2つのシリコン3次元フォトニック結晶で挟み込んだ場合の発光スペクトル。今度は逆に100分の1程度にまで発光が抑制されています。

<参照>

注1)3次元フォトニック結晶による発光の抑制と増強
 平成16年6月2日 JSTプレス発表を参照。
  「完全3次元フォトニック結晶を用いて究極の発光制御に成功」
  https://www.jst.go.jp/pr/info/info77/index.html

注2)3次元フォトニック結晶の「表面」で光制御ができることの発見
 平成21年7月16日 JSTと京都大学との共同プレス発表を参照。
  「3次元フォトニック結晶の「表面」における光制御に成功
  ―優れた信号処理能力を持つ光回路や高感度バイオセンサーなどの実現に道―」
  https://www.jst.go.jp/pr/announce/20090716/index.html

<論文名>

“Direct creation of three-dimensional photonic crystals by a top-down approach”
(トップダウン法による3次元フォトニック結晶の一括作製)
doi: 10.1038/nmat2507

<お問い合わせ先>

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