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平成21年7月13日

自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)
Tel:0564-55-7722(広報展開推進室)

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

脳の働きを正常に保つ酵素の働きを解明

―神経のつなぎ目“シナプス”の働きを維持する仕組みを明らかに―

 脳の中の神経細胞は、そのつなぎ目である「シナプス」を介して、状況に応じて適切な情報をタイミングよく送ったり受けたりすることで、脳として「考える」「感じる」「動かす」などの働きを生み出すことができます。シナプスにはその働きを担う様々なタンパク質(シナプス・タンパク質)が適切なタイミングで適切な場所に動いていき働いているのですが、こうしたシナプスの働きが正常に行われない場合には、精神発達遅滞やてんかん、統合失調症などの神経の病気につながると考えられます。
 今回、自然科学研究機構・生理学研究所の深田 正紀 教授(元さきがけ研究者 兼任)、深田 優子 准教授(さきがけ研究者 兼任)、則竹 淳 研究員(日本学術振興会 特別研究員)らは、浜窪 隆雄 教授(東京大学)、松浦 善治 教授(大阪大学)、米国イーライリリー社のDavid Bredt(デビット・ブレッド)博士と共同で、このシナプスにおいては、同種だが構造が異なる2種類の酵素が別々に働き、シナプス・タンパク質の働きを巧みに制御することで、脳の働きを正常に保つメカニズムがあることを明らかにしました。
 本研究成果は、「Journal of Cell Biology(7月13日号)」に掲載されます。

本成果は、以下の事業の支援によって得られました。
(1)JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域名 「代謝と機能制御」
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名 「シナプス機能におけるS-アシル化動態の時空的解析」
研究代表者 深田 正紀(自然科学研究機構・生理学研究所 教授)
実施期間 平成17年10月~平成21年3月

(2)文部科学省 科学研究費補助金 特定領域研究
領域名 「分子脳科学」
領域代表者 三品 昌美(東京大学 大学院医学系研究科 教授)

 また、本研究開発の一部は、新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成18年度健康安心イノベーションプログラム「新機能抗体創製技術開発」プロジェクト(浜窪 隆雄 教授)による支援を受けて実施されました。

<研究の内容>

 研究グループが注目したのは、脳の神経細胞にある「パルミトイル化注)酵素」群。研究グループはすでにこの酵素には23種類のものがあることを明らかにしていましたが、今回、このうちの「パルミトイル化酵素2」と「パルミトイル化酵素3」の働きを、それらの酵素によって制御されるシナプス・タンパク質(PSD95と呼ばれるもの)を特殊な顕微鏡でライブ動画にとらえることで明らかにしました。パルミトイル化酵素3は、細胞の中央にあり、合成されたばかりのシナプス・タンパク質を制御して、次々に神経細胞の突起へと送りだしていました。その一方で、パルミトイル化酵素2は、主に神経細胞の突起にあって、シナプスでの情報の受け渡しの状況を感じて、シナプス・タンパク質のシナプスへの移動やその働きを制御していました(図1)。具体的には、シナプスの働きが弱くなると、それを感知して、シナプス・タンパク質をよりたくさんシナプスに移動させ、シナプスで化学物質を感じ取るセンサーの働きを維持するように働いていました(図2)。
 深田教授は「新しい薬を作りだす際の標的の約1/4は「酵素」の働きを狙ったものです。私どもは23種類の新規の”パルミトイル化酵素”群を独自に見つけており、今回そのうちの2つを比較して研究することでそれぞれの酵素が脳の神経細胞の中で独自に制御され働いていることを明らかにしました。これらパルミトイル化酵素のいくつかは、精神発達遅滞や統合失調症、がんの関連遺伝子としても報告されていることから、それぞれの酵素の機能についての今後の研究の進展と、それぞれの酵素に合わせた創薬の可能性が期待されます。」と話しています。

<今回の発見>

1.脳の神経細胞にありシナプスの働きを調整する酵素である「パルミトイル化酵素」には23種類のものがあります。今回、そのうち、パルミトイル化酵素2とパルミトイル化酵素3の違いについて調べました。パルミトイル化酵素2は神経細胞の突起に、パルミトイル化酵素3は神経細胞の中央(“細胞体”)にあり、それぞれ別々に「シナプス・タンパク質(PSD95)」のシナプスへの移動を制御していました(図1)。

2.パルミトイル化酵素2は、シナプスの働きが弱くなったことを感知してシナプスへ移動し、シナプスにたくさんのシナプス・タンパク質を送りこみ、シナプスが化学物質を受け取るセンサー機能を維持するように働いていました(図2)。

<この研究の社会的意義>

1.脳のシナプスの働きを維持する根源的な分子メカニズムの解明
 脳の中の神経と神経のつながりであるシナプスの働きがバランスを崩すと、さまざまな脳神経機能の障害、精神発達遅滞やてんかん、統合失調症などの神経の病気につながると考えられます。今回発見された「パルミトイル化酵素」群の巧みな働きによって、普段はシナプスの働きが正常に保たれているものと考えられます。

2.パルミトイル化酵素をターゲットにした新しい治療薬開発の可能性
 これまでの研究によって、パルミトイル化酵素の働きが、精神発達遅滞や統合失調症、がんの関連遺伝子としても報告されています。このことから、パルミトイル化酵素の働きに狙いを定めれば、そうした脳神経の働きの異常による疾患に対する創薬への可能性が期待されます。

<参考図>

(模式図)
パルミトイル化

(写真)
図1

図1 パルミトイル化酵素2と3は、神経細胞の別々の場所にある

 パルミトイル化酵素2は、神経細胞の突起にある(写真の緑色)のに対して、パルミトイル化酵素3は、神経細胞の中央(細胞体と呼ばれる部分)に集まっています(写真の赤色)。それぞれが神経細胞の別々の場所で、シナプス・タンパク質のシナプスへの移動を制御していました。

図2

図2 パルミトイル化酵素2はシナプスにあってその働きを維持している

 パルミトイル化酵素2は、神経の突起にあり、シナプス・タンパク質をシナプスに送り出すのに役立っています。このシナプス・タンパク質は、シナプスの化学物質を受け取るセンサーをシナプスに移動させます。
 シナプスの活動が減ると、逆に、パルミトイル化酵素2がシナプスのより近くへと移動して、シナプス・タンパク質をよりたくさんシナプスに動かし、シナプスのセンサーの量を減らさず、シナプス活動が維持できるように促していました。

<掲載論文名および著者名>

“Mobile DHHC palmitoylating enzyme mediates activity-sensitive synaptic targeting of PSD-95”
Jun Noritake, Yuko Fukata, Tsuyoshi Iwanaga, Naoki Hosomi, Ryouhei Tsutsumi, Naoto Matsuda, Hideki Tani, Hiroko Iwanari, Yasuhiro Mochizuki, Tatsuhiko Kodama, Yoshiharu Matsuura, David S Bredt, Takao Hamakubo, and Masaki Fukata
doi: 10.1083/jcb.200903101

<用語解説>

注)パルミトイル化
 細胞内で作られたタンパク質が、細胞表面の「膜(脂質で出来ている)」に入り 込みやすいように脂質(“油”)に溶けやすくする仕組み。タンパク質の「脂質修 飾」の一種で、パルミトイル化酵素の酵素活性で行われる。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
深田 正紀(フカタ マサキ)
生理学研究所 生体膜部門 教授
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870
E-mail:

<JSTの事業に関すること>
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

<報道担当>
小泉 周(コイズミ アマネ)
生理学研究所・広報展開推進室
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
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科学技術振興機構 広報ポータル部
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