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平成21年5月25日

東京大学 大学院理学系研究科
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科学技術振興機構(JST)
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見えてきた 照明・ディスプレイの未来形

 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻およびJST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)中村活性炭素クラスタープロジェクトの研究総括である中村 栄一 教授と、東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の辻 勇人 准教授、中村活性炭素クラスタープロジェクトのグループリーダーである佐藤 佳晴 研究員らの研究グループは、非晶質物質として世界最高レベルの両極性注1)電荷移動度を示す有機半導体材料を開発した。この物質の薄膜にドーピングを施すことで、「ホモ接合」注2)とよばれる新しい形式の有機EL素子を作製し、青・緑・赤の三原色発光に成功した。現在主流の有機EL素子は、異なる種類の有機多層薄膜から成る「ヘテロ接合」注3)とよばれる形式であるのに対して、今回のホモ接合有機EL素子は、はるかに単純な構造をもつにもかかわらず、ヘテロ接合型と同等もしくはそれ以上の効率を実現した。今回、ホモ接合で三原色発光が達成されたことで、将来的には低コストで作製可能な低消費電力有機ELディスプレイや照明機器の実現が期待される。また、同様の原理は有機薄膜太陽電池など他の有機エレクトロニクスデバイスの実用化にも応用可能であると期待される。

<研究の内容>

 本研究グループは、2007年に亜鉛を用いた分子内環化を鍵反応として、酸素原子を含む縮環π電子共役系化合物である「ベンゾジフラン」を母核とする多様な誘導体の新しい合成法を開発するとともに、ベンゾジフラン誘導体の非晶質薄膜が高い正孔(正電荷)移動度を持つ新規p型半導体注4)材料となることを発見・報告した(図1左)。今回、ベンゾジフランに「カルバゾール」という含窒素縮環π電子共役系原子団を結合させることで、非晶質材料としては世界最高レベルの電荷移動度を示す両極性材料(略称:CZBDF、図1右)を開発し、この材料を用いて「ホモ接合」と呼ばれる簡単な構造を持つ有機EL素子を作製し、蛍光・リン光の両方を用いたEL(エレクトロルミネッセンス)発光ならびに青・緑・赤の三原色EL発光に成功した。
 CZBDFの非晶質薄膜を用いて、飛行時間法による正孔および電子(負電荷)移動度を評価したところ、それぞれ3.7 x 10-3 cm2/Vs、4.4 x 10-3 cm2/Vs(電界強度2.5 x 105 V/cmにおける値)と、高い移動度で両電荷をバランス良く輸送する特性を示すことを見出した。この新規両極性材料CZBDFを用いて、図3に示すようなホモ接合型有機EL素子を真空蒸着法により作成した。すなわち、ガラス基板上のインジウムスズ酸化物(ITO)透明電極を陽極とし、その上に順次、厚さ150~200ナノメートルの有機薄膜、アルミニウム金属(陰極)を真空蒸着により形成した。この有機薄膜は、CZBDFを単一のマトリックス(ホスト)として、陽極から30ナノメートルの範囲は無機酸化剤(五酸化バナジウム)との共蒸着によるp型ドーピング、陰極から20ナノメートルの範囲は還元剤(金属セシウム)との共蒸着によるn型ドーピングが施されている。これにより、電極からCZBDFへの電荷注入ならびに電荷輸送を容易にしている。また、酸化剤・還元剤がドープされていない中間層(厚さ50~100nm)には、青色・緑色蛍光色素、または赤色リン光色素を各々ドープすることで、三原色発光を実現した(図4)。特に緑色蛍光素子は6万カンデラ/m2という高輝度において外部量子効率4.2%と、蛍光有機EL素子効率の理論限界(5%)に迫る効率を示した。
 このような今回の成果は、新材料CZBDFがもつ以下の性質に依るものであると考えられる。すなわち、(1)高バランスかつ高移動度を持つ両極性であること、(2)HOMO/LUMOエネルギー差が十分大きい(3電子ボルト程度)ワイドギャップ材料であること、(3)発光色素に効果的に電荷を閉じこめることが可能なこと、である。現在主流の有機EL素子は、5~6種類の異なる材料の有機薄膜を積層したヘテロ接合構造を持つのに対し、今回のような単純なホモ接合型有機EL素子により三原色発光ならびに高効率発光が実現できたことから、今後さらなる新しい材料の開発や素子構造の最適化検討により、低コスト・高効率有機ELディスプレイや照明の開発につながると期待される。また、有機発光ダイオードと同様の多層構造をもつ有機薄膜太陽電池等への展開も期待され、有機半導体デバイスの構造のパラダイムシフトが加速するものと予想される。
 本研究は、2009年5月25日(ドイツ時間)にドイツ科学雑誌「Advanced Materials」のオンライン版で公開され、後日印刷体に掲載される。

<参考図>

図1

図1 アミノ基を有するp型ベンゾジフラン化合物(左側、2007年米国化学会誌上に発表)と、今回開発したカルバゾール置換両極性ベンゾジフラン化合物(右側)


図2

図2 CZBDFの合成法。点線内は発表者らが開発した亜鉛を用いた分子内環化に基づくベンゾジフラン骨格形成反応


図3

図3 今回作製したホモ接合有機EL素子の構造(i層(中間層)ドープなし)。下図は5層構造のヘテロ接合素子の模式図


図4

図4 i層(中間層)に色素ドーピングをしたホモ接合有機EL素子の電圧-外部量子効率特性(左グラフ)および素子の発光の様子(右下写真)

<用語解説>

注1)両極性
 正孔、電子の両方の電荷を流す性質のこと。有機半導体に特徴的な性質ではあるが、pまたはn単機能型材料に比べると、はるかに例は少ない。

注2)ホモ接合
 単一物質のマトリックス中に外部から他の物質を添加(ドーピング)することで電荷注入・輸送あるいは発光といった機能を持った層の構造を作る方法、またはそのような構造。シリコンなどの無機半導体ではホモ接合が通常であるが、有機半導体デバイスでは研究例がまだ少ない。OLEDでは2006年に城戸淳二教授ら(山形大学)によって特許が1例報告されている。

注3)ヘテロ接合
 複数の異なる物質を重ねることで層構造を作り上げる方式、またはそのような構造。1986~1987年にC. W. Tang(当時、イーストマン・コダック;現、米国ロチェスター大学)らが二層構造を持つ有機薄膜太陽電池、有機ELデバイスを発表して以来、有機半導体デバイスではヘテロ接合が現在の主流となっている。

注4)p型半導体/n型半導体
 電荷を輸送する際に、正孔を使う半導体をp型半導体、電子を使うものをn型半導体という。

<論文名および著者名>

“Bis(carbazolyl)benzodifuran: a High-mobility Ambipolar Material for Homojunction Organic Light-emitting Diode Devices”
(ビス(カルバゾリル)ベンゾジフラン:ホモ接合有機発光ダイオードのための高移動度両極性材料)
Hayato Tsuji, Chikahiko Mitsui, Yoshiharu Sato, Eiichi Nakamura
doi: 10.1002/adma.200900634

<お問い合わせ先>

中村 栄一(ナカムラ エイイチ)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授
Tel/Fax:03-5800-6889 E-mail:

辻 勇人(ツジ ハヤト)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 准教授
Tel/Fax:03-5841-4367 E-mail:

佐藤 佳晴(サトウ ヨシハル)
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
中村活性炭素クラスタープロジェクト グループリーダー
Tel/Fax:03-5841-1371 E-mail: