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平成21年5月4日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学医学部附属病院
Tel:03-5800-9188(パブリック・リレーションセンター)

悪性リンパ腫の原因となる遺伝子異常を発見

――慢性炎症に伴うリンパ腫発症のメカニズムの一端を解明

 JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学医学部附属病院 キャンサーボードの小川 誠司 特任准教授と同校 大学院医学系研究科 博士課程の加藤 元博らは、「A20遺伝子注1)」と呼ばれる遺伝子の異常が、悪性リンパ腫の発症原因の1つとなっていることを突き止めました。
 悪性リンパ腫は生体の防御を司るリンパ組織に発生する悪性腫瘍で、この疾病で日本では年間約8,500人が亡くなっています。これまでに、一部のB細胞悪性リンパ腫はピロリ菌注2)などの感染や自己免疫疾患に伴う慢性の炎症に合併して発症することが知られていますが、炎症とリンパ腫の発症を結びつける分子メカニズムはよく分かっていませんでした。
 本研究グループは、「SNPアレイ注3)」と呼ばれる解析装置を用いて、がんゲノムの異常を高精度に検出する技術を開発しました。この技術を用いて300例以上の悪性リンパ腫のゲノム異常を詳細に解析した結果、B細胞に由来するホジキンリンパ腫注4)およびマルトリンパ腫注5)と呼ばれる2つのリンパ腫では、約20~25%の頻度でA20遺伝子に異常が生じ、A20が作るたんぱく質の機能が失われていることを発見しました(表1)。
 A20たんぱく質は、炎症シグナルを抑制する酵素として知られており、具体的には、生体内で炎症反応に伴う種々の外界刺激によってリンパ球の増殖を促進するNF-κB(エヌ・エフ・カッパー・ビー)注6)という別のたんぱく質が活性化されるのを抑制する機能を担っています。今回の研究結果から、このA20たんぱく質の機能がゲノムの異常によって失われることが重要な原因の1つとなってB細胞由来の悪性リンパ腫が発症することが明らかになりました。
 慢性炎症は悪性リンパ腫の他、大腸がん、乳がん、肝がん、前立腺がんなど、多くのヒトのがんと深く関わっています。今回の発見は、炎症とがんの発症を結びつける分子メカニズムの解明を促進させるものと思われます。炎症をコントロールすることで、ある種のがんを治療することができる可能性も示唆するものです。
 本研究は、東京大学医学部附属病院が推進する「がんの大規模ゲノミクスによるオーダーメイドがん診療技術の開発」事業の一環としても行われ、国立がんセンター、岡山大学、京都大学、癌研究会癌研究所の協力を得て行われました。本研究成果は、2009年5月3日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業によって得られました。
(1)JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 名誉総長)
研究課題名 Whole Genome Association解析によるGVHDの原因遺伝子の探索
研究代表者 小川 誠司(東京大学 医学部附属病院 キャンサーボード 特任准教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月
 JSTはこの領域で、ゲノム情報を活用した創薬・個々人の体質に合った疾病の予防と治療―テーラーメイド医療―の実現を目指し、その基盤となる研究に取り組んでいます。上記研究課題では、疾患の原因となる遺伝変異を50万個の遺伝子マーカーを用いた全ゲノム関連解析により明らかにすることで上記医療の実現に貢献することを目的としています。
(2)文部科学省 特別教育研究推進経費「がんの大規模ゲノミクスによるオーダーメイドがん診療技術の開発」事業
研究代表者 武谷 雄二(東京大学 医学部附属病院 病院長)

<研究の背景と経緯>

 生体防御機能を維持する白血球細胞の1つであるリンパ球はB細胞とT細胞に大別されますが、悪性リンパ腫の多く(~70%)はB細胞に由来します。B細胞は機能的な違いによってさまざまな種類に分けられますが、これに呼応してB細胞リンパ腫もさまざまなタイプに分けられています。このうち、消化管やその他の粘膜や唾液線などに分布する特有のリンパ組織に由来するリンパ腫は「マルトリンパ腫」と呼ばれていますが、マルトリンパ腫はピロリ菌による慢性胃炎や結膜炎、甲状腺炎といった慢性の炎症に付随して発生することが知られています。また、例えばピロリ菌の除菌などによって炎症を治療するとリンパ腫の方も自然に消失することがしばしばあり、炎症とリンパ腫の間には密接な関係があることが示唆されています。炎症があると、サイトカインというさまざまな液性因子やピロリ菌の刺激などによって、B細胞の増殖が促進されますが、どうしてそれががんにつながるのかは、よく分かっていませんでした。

<研究の内容>

 本研究グループは、SNPアレイと呼ばれるマイクロアレイを用いて1試料あたり数十万個のSNPを同時に解析し、多数の試料について得られた膨大なSNPの情報を分析することにより、ヒト疾患の原因となっているSNPを探索する研究を進めています。この研究を進める過程で、SNPアレイを用いてがん細胞のゲノムを詳細に解析することを可能にする技術・ソフトウェア「CNAG」(http://www.genome.umin.jp)を開発し、東京大学医学部附属病院が推進している「がんの大規模ゲノミクスによるオーダーメイドがん診療技術の開発」事業および同院小児科(五十嵐 隆 教授・科長)と共同してさまざまながんゲノムの解析を進めています。
 本研究グループは今回、この技術を用いてさまざまな病型を含む300例以上の悪性リンパ腫のゲノムを網羅的に解析することによって、各々の病型のリンパ腫が特徴的なゲノムの異常を示すことを明らかにしました(図1)。そして、これらの異常の多くは、NF-κBと呼ばれる因子(たんぱく質)の活性化を促進することに起因していることが分かりました(図2)。NF-κBはリンパ球の機能に大変重要な役割を担っており、リンパ球が炎症などによって外界からの刺激を受けると活性化され、リンパ球の分裂・増殖を促進するとともに、リンパ球のさまざまな機能を調節することが知られています。これらの異常を起こした遺伝子群の中で、とりわけ注目されたのは、6番染色体長腕に集中して生じているゲノムの欠失領域に見いだされたA20という遺伝子でした。
 A20遺伝子はNF-κBが活性化されると直ちに、NF-κB自身によって発現が誘導され、NF-κBを活性化している経路を強力に遮断するように作用します。つまり、NF-κBが活性化された際に、際限なくNF-κBの活性化が生じないような火消し役を担っているのです(図3)。今回、A20遺伝子の塩基配列の詳細な解析を行った結果、悪性リンパ腫の細胞では、A20遺伝子の突然変異によって、全く機能しない異常なA20たんぱく質が発現してしまうことが分かりました(図4)。
 本研究グループはさらに、以下のからを実験的に示すことによって、実際、突然変異によるA20たんぱく質の不活化が悪性リンパ腫の発症の原因の1つとなっていることを明らかにしました。

B細胞悪性リンパ腫の約12%の症例では、A20遺伝子の機能不活性が、その遺伝子欠失や突然変異により起こっていた(表1)。
A20遺伝子の不活化はマルトリンパ腫とホジキンリンパ腫で特に高頻度に認められた(表1)。
A20遺伝子が変異によって不活化した悪性リンパ腫の細胞に正常なA20遺伝子を導入することにより、NF-κBの活性が強力に抑制された(図5a)。また、これに伴って細胞増殖が抑制された(図5b)。更に、腫瘍細胞が細胞死に陥った(図6a)。一方、変異したA20を導入した場合にはこのような現象は観察されなかった。
A20が不活化した悪性リンパ腫の細胞をマウスに移植すると、マウスにリンパ腫をつくるが、この細胞にA20を発現させるとリンパ腫はできなくなった(図6b)。
A20が不活化した悪性リンパ腫の増殖は外界からの炎症性サイトカインによる刺激に依存しており、これらのサイトカインを中和することにより細胞増殖は抑制され(図7a)、またサイトカインを加えることにより増殖が促進された(図7b)。これらの増殖は正常なA20を発現させることで抑制された(図7a,b)。

<今後の展開>

 今回の研究によって、リンパ球の増殖に中心的な役割を持つNF-κBシグナルの調節によって起こるA20遺伝子の不活化が、B細胞悪性リンパ腫の重要な原因の1つであることが明らかになりました。本来、炎症反応に伴うリンパ球の増殖は生理的な防御反応ですが、持続する慢性炎症のもとで遺伝子変異によりA20たんぱく質機能を失ったB細胞は、外界からの刺激に対して過剰に反応してより強く増殖するようになり、リンパ腫の形成に関わるというモデルが推定されます(図8)。このモデルによって、ピロリ菌などの除菌で炎症が治まると、A20たんぱく質が不活化されていても刺激自体が存在しないためNF-κBの活性化は起こらず、腫瘍は縮退するという臨床的な経験がよく説明されます。これらのA20たんぱく質不活化が認められるリンパ腫では、リンパ腫細胞の増殖が炎症ないし外界の炎症性刺激に依存していることが示唆されることから、こうした一部の悪性リンパ腫の治療に抗炎症療法が有用と期待されます。
 一方、炎症悪性リンパ腫に限らず、がんと炎症の関連は古くから指摘されており、近年注目を集めている分野です。今回の発見は、がんがどのようにして炎症という外界刺激に依存し、また利用しているかについての新たな視点を提供するものです。本研究を契機として、炎症との関連が指摘されているより一般的ながん(大腸がんや肝がん、前立腺がんなど)についても、発がんのメカニズムの解明が進むことが期待されます。

<付記>

 本研究は、国立がんセンターの小林 幸夫 医長、岡山大学 病理学教室の吉野 正 教授、京都大学 医学部小児科の中畑 龍俊 教授、癌研究会癌研究所 病理部の石川 雄一 部長、群馬県立小児医療センターの林 泰秀 院長、ならびに帝京大学 病理学教室の森 茂郎 教授らの協力を得て行われました。

<参考図・表>

表1

表1 B細胞由来のリンパ腫におけるA20の不活化頻度

図1

図1 病型特異的なゲノム異常のパターン

 SNPアレイを用いたゲノム解析の結果に基づいて、B細胞リンパ腫の4つの代表的なタイプ(FL:ろ胞性リンパ腫、DLBCL:びまん性大細胞型リンパ腫、MALT:マルトリンパ腫、MCL:マントル細胞リンパ腫)で特徴的に認められるゲノム異常のタイプ別の頻度を色で区別して表示しています。B細胞リンパ腫は、それぞれのタイプに特徴的なゲノム異常が認められることが分かります。

図2

図2 B細胞リンパ腫におけるNF-κB関連遺伝子の異常

 B細胞リンパ腫では、しばしばNF-κB活性の調節に関わる遺伝子に異常が認められます。この図では、代表的な2つの異常を示しています。水平線は、図の下に表示した色で示されるリンパ腫の各症例で認められたゲノム増幅の範囲を示しています。左側の例では、2番染色体の短腕に存在するREL遺伝子座に集積して認められる遺伝子増幅を示しています。RELはNF-κBを構成するたんぱく質の1つですが、今回、通常は2つしかないNF-κBの遺伝子のコピーがこれらの悪性リンパ腫で増加することによって、NF-κBの活性が上昇したものと考えられます。右側の例は6番染色体長腕の狭い領域に集積する遺伝子の欠失を示したもので、多くの例で遺伝子が消失しています。A20遺伝子はその最小の共通領域に存在する唯一の遺伝子であったことから、A20遺伝子が6番染色体の欠失の標的遺伝子であることが示唆されました。

図3

図3 A20によるNF-κB活性化の抑制

 B細胞は細胞表面にあるさまざまな受容体を通じて炎症性刺激を受け取ります。これらの受容体で受け取ったシグナルによって通常は細胞質内にトラップされているNF-κB因子が核の中に移行して、外界の刺激に反応するためさまざまな遺伝子の発現を誘導します。その結果、刺激を受けたB細胞の増殖が促進されるともに、細胞膜上の受容体の発現量が増加し、また自分自身でもさまざまな炎症性サイトカインを分泌することによって、炎症性刺激の増幅が起こります。一方で、NF-κBの活性化が起こると、これによってA20たんぱく質が速やかに誘導され、NF-κBの活性化を強く抑制します。すなわち、A20たんぱく質はNF-κBが際限なく活性化されるのを抑さえる安全弁として機能しています。実際、A20遺伝子を欠失させたマウスは全身性の激しい炎症を起こして生後まもなく死亡します。

図4

図4 B細胞リンパ腫におけるA20たんぱく質の遺伝子変異とこれによるA20の機能喪失

 B細胞由来の悪性リンパ腫におけるA20たんぱく質の機能喪失は、遺伝子を含むゲノムの広い領域が欠落やA20遺伝子の塩基配列に変異によって起こります。図に示したように、後者では多くの場合、変異によってC末端が消失した異常なA20たんぱく質が生じます。

図5

図5 正常A20たんぱく質の導入によるNF-κB活性の抑制と細胞増殖の抑制

a:A20遺伝子の変異のためにA20たんぱく質の発現を失った悪性リンパ腫細胞に、正常A20遺伝子と変異A20遺伝子をそれぞれ発現させると、正常A20の場合はNF-κB活性が強く抑制されますが、異常なA20遺伝子を導入した場合、変異A20はC末を欠損しているので)そのA20たんぱく質のN末端認識する抗体でしか確認できなくなり、同たんぱく質の分子量も小さくなります。また、NF-κB活性の抑制も起こりません。導入した遺伝子は薬剤の添加によってその発現が誘導されるようになっています。誘導(+)、誘導(-)は遺伝子発現の誘導の有無を示しています。
b:正常A20を発現させるとリンパ腫細胞の増殖は顕著に抑制されますが、変異A20では増殖の抑制は起こりません。このことから、このリンパ腫の増殖にはA20たんぱく質の機能が失われたことが重要であることが分かります。

図6

図6 A20遺伝子の導入によるリンパ腫細胞の細胞死と造腫瘍性の解析

a:正常なA20たんぱく質を発現させることにより、このリンパ腫細胞の細胞死を誘導することができますが、変異A20では細胞死は誘導できません。
b:リンパ腫細胞を免疫不全マウスに移植することによりマウスにリンパ腫を作ることができますが、A20たんぱく質を発現させるとリンパ腫は生じません。
 このことから、リンパ腫細胞ではA20遺伝子の不活化が腫瘍の形成に必須であることが分かります。ここでも、図5と同様に、導入した遺伝子は薬剤の添加によってその発現が誘導されるようになっています。誘導(+)、誘導(-)は遺伝子発現の誘導の有無を示しています。

図7

図7 悪性リンパ腫の増殖に対する炎症性サイトカインの影響

a:リンパ腫細胞はそれ自身、炎症性サイトカイン(TNFαおよびLTα)を分泌しています。そこで、これらの炎症性サイトカインの働きを中和する抗体を加えてリンパ腫細胞を培養し、その細胞増殖への影響を検討したところ、中和抗体を加えて培養するとリンパ腫の増殖は有意に抑制されました。
b:逆にこれらのサイトカインを加えて培養したところ、リンパ腫の増殖は促進されます。
 このことから、A20たんぱく質の不活化されているリンパ腫の増殖は外界からの炎症性刺激に依存していて、こうした刺激に依存した増殖はA20たんぱく質によって抑制されることが分かります。

図8

図8 炎症に依存したB細胞リンパ腫の発症モデル

 正常のB細胞は、ピロリ菌や自己抗原などの炎症性刺激を受けるとNF-κBが活性化され、増殖を始めるとともに、TNF受容体の発現が上昇し、また自分自身でTNFαなどの炎症性サイトカインを分泌するようになります(図a、b)。正常B細胞では、NF-κB の活性化により速やかにA20たんぱく質の発現が誘導され、過剰なNF-κBの活性化を抑制しています(a:正常B細胞)。しかし、A20が遺伝子の変異によって不活化したB細胞では、この抑制がかからなくなる結果、NF-κBが異常に活性化し、より強い細胞の増殖が起こります(a:A20不活化B細胞)。そこで、炎症に起因して生ずるリンパ腫の発症について、以下のようなモデルを想定することができます。すなわち、炎症が慢性的に持続した状況で、ある細胞()にA20遺伝子の異常が生ずると(図b左下)、その細胞は生理的な制御を逸脱し、正常のB細胞()に比べてより強く増殖してリンパ腫の形成に寄与することになります(図b左下)。しかし、この状況ではA20たんぱく質を欠失した細胞はなお、外界の炎症刺激に依存しています。そこで、ピロリ菌の除菌などによって炎症自体が収束すると、環境からの刺激自体を失うことによって、NF-κBの活性化は収束し、腫瘍は縮退することになると考えられます(図b上)。

<用語解説>

注1)A20遺伝子
 当初、Tunmor Necrosis Factor α(TNFα) 刺激によって急速に誘導されるたんぱく質遺伝子として発見された遺伝子。その後、この誘導はTNFα刺激によって産出されるNF-κBによる転写促進によってもたらされること、従ってTNFα刺激のみならず、NF-κBを活性化する多様な刺激に応じて誘導されることが明らかとなった。A20たんぱく質はNF-κBの活性化をもたらすシグナルを広くかつ強力に抑制する。ことのことから、A20たんぱく質はNF-κBの活性化に際してネガテイブ・フィードバックループを形成し、外界刺激に際して、NF-κBの過剰な活性化が起こることを抑制している。近年、A20遺伝子の多型が、ある種の自己免疫疾患や炎症性腸疾患に関与していることが示唆されている。

注2)ピロリ菌(Helicobacter pylori)
 1983年にオーストラリアのRobin WarrenとBarry J. Marshallによって発見されたヒトの胃に生息するらせん状の細菌。2005年、この発見に対してノーベル医学生理学賞が授与された。従来、胃の内部は強酸性のため細菌は生息できないと考えられていたが、ヘリコバクター・ピロリは「ウレアーゼ」と呼ばれる酵素で胃粘液中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、生じたアンモニアで、局所的に胃酸を中和することによって胃に感染・生息する。この菌の発見により、動物の胃に適応して生息する細菌が存在することが明らかになった。ヘリコバクター・ピロリの感染は、慢性胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍のみならず、胃がんやマルトリンパ腫などの原因となっていることが知られている。悪性腫瘍の原因となりうることが明らかにされている唯一の細菌である。ヘリコバクター・ピロリの感染に合併するマルトリンパ腫は、同菌の除菌により速やかに自然縮退することが知られている。

注3)SNPアレイ
 SNPは一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)を略したもの。個人によって異なるヒトゲノムの配列は多型と呼ばれるが、SNPはヒトゲノムの多型の中で最も普通に認められる多型。SNPはある程度共通に認められるものに限っても1,000万個以上あることが知られているが、こうしたSNPを解析することによって、個々人における病気のかかりやすさなどを予測することができるようになった。国際HapMap計画は、このSNPのカタログを作ることによって、SNPの研究基盤を構築する一大プロジェクトである。近年のゲノム解析の技術の格段の進歩によって、マイクロアレイと呼ばれる微小なチップを用いて1回の解析で百万個以上のSNPを解析することができる。こうしたチップはSNPアレイと呼ばれるが、その測定原理からSNPだけではなく、がんのゲノムに生じているゲノムのコピー数を解析することができる。正常のゲノムでは、どの遺伝子も通常2コピーだが、がんのゲノムでは、しばしばコピー数に変化が生じる。これががんの重要な原因となっていることから、ゲノムのどの部分が変化を起こしているかを調べることによって、がんの原因となっている遺伝子を見いだすことができる。本研究グループは、CRESTの一連の研究を通じて、がんゲノムのSNPアレイ解析から得られるデータを用いてがんゲノムにおけるコピー数の変化を高精度に解析することを可能にするソフトウェアを開発した。これは現在世界的にも汎用されているプログラムの1つだが、今回の研究はこの解析技術を用いて悪性リンパ腫のゲノムを解析することによって得られた研究成果。

注4)ホジキンリンパ腫
 1832年に英国の病理学者Thomas Hodgkin により記載された悪性リンパ腫の一病型。発生頻度は欧米の10万人対3~5人に対して、日本では比較的希で1/3以下と考えられている。ホジキンリンパ腫は、その病理像から、ごく最近まで腫瘍なのか炎症なのかとする議論がなされていたが、現在では、高感度なB リンパ球のmonoclonal な増殖に由来する腫瘍性疾患であることが示されている。従来から、腫瘍細胞におけるNF-κBの活性化が顕著な特徴として示されており、さまざまな炎症性サイトカインと炎症細胞浸潤、さらにはEpstein Barウイルスの感染との関連が指摘されている。しかし、これらと発がんとの関連は十分に分かっていない。

注5)マルトリンパ腫
 リンパ組織は生体防御を司ることから、殆どすべての臓器に存在する。従って悪性リンパ腫も殆どすべての臓器に発生する。このうち、消化管粘膜や腺組織に分布するリンパ組織はMucosa associated lymphoid tissue (MALT)と呼ばれているが、このリンパ組織に由来する悪性リンパ腫はB細胞由来であって、MALT(マルト)リンパ腫と呼ばれる。顕著な臨床上の特徴としては、その多くが感染症や橋本病などの自己免疫疾患に関連した慢性の炎症を発生基盤としていることである。特に、胃や十二指腸にできるマルトリンパ腫の殆どは、ヘリコバクター・ピロリによる慢性胃炎を伴っており、ピロリの除菌によって慢性胃炎を治療することにより、しばしば自然消退することが知られている。

注6)NF-κB
 NF-κBは免疫応答をはじめとする生体反応に際して細胞増殖や細胞死、細胞分化やサイトカイン分泌などに関わるさまざまな遺伝子の発現を調節する転写因子。単一のたんぱく質を指すのではなく、機能上また構造上密接に関係した一群のたんぱく質の総称。哺乳類では、RelA、RelB、c-Rel、NF-κB1、およびNF-κB2の5種類のNF-κBが知られている。NF-κBは極めて多様な発現分布と生物学的な機能を有しているが、特にリンパ球における発現と作用は、免疫反応の制御の上で大変重要であることが分かっている。実際、抗原刺激や種々の炎症性サイトカインによる刺激をはじめとしてリンパ球が外界から受ける刺激の多くはNF-κBの活性化が誘導されることによって免疫応答を惹起する。NF-κBは通常はIκBという一群のたんぱく質と結合して細胞質に存在するが、外界からの刺激によってIκBが分解され、こうしてIκBから解放されたNF-κB が核に移行することによって、細胞周期や細胞死の抑制に関わる遺伝子、あるいは種々のサイトカインの発現が誘導され、細胞の増殖と細胞死の抑制、あるいは機能的な活性化を促進する。NF-κBはこのように正常なリンパ球の活性化と増殖に重要な役割を担っているが、悪性リンパ腫ではNF-κBが恒常的に活性化されていることが知られており、その病態における重要性が示唆されている。

<論文名>

“Frequent inactivation of A20 in B-cell lymphomas”
(B細胞悪性リンパ腫におけるA20遺伝子の不活化)
doi: 10.1038/nature07969

<お問い合わせ先>

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