これまで、個々の色で可視発光する多孔質シリコン等の報告はありましたが、一つの生成法で、光の三原色の全てが揃い、しかも、紫外線まで発光するシリコンナノ結晶の生成は、世界初のことです。
生成条件により、発光強度が100倍増加し、発光色も制御できます。生成時間は数分間と非常に短く、フルカラーの発光が可能です。しかも、その物質が、電子デバイスの基幹材料で、かつ原料が無尽蔵で、環境にも優しいシリコンであることも大きな特徴です。今後、照明、ディスプレー、光電子デバイス、体に優しいバイオ-マーカーなどへの応用が期待できます。
なお、この研究は広島大学と科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業さきがけ(「構造制御と機能」領域 岡本佳男研究総括)との共同の成果によるものです。
また、研究成果は、米国化学会の学術誌(The Journal of Physical Chemistry C, http://pubs.acs.org/journal/jpccck)のオンライン版で、近日中に公開されます。
<ポイント>
- フルカラー・近紫外で発光するシリコンナノ結晶。
- 世界初の独自に開発した生成法。
- 光電子デバイス、バイオマーカー、照明などへの応用が期待。
<概要>
広島大学自然科学研究支援開発センターの齋藤健一准教授らは、フルカラーならびに紫外線領域で発光するシリコンナノ結晶の生成に成功した(図1)。レーザーと特殊な流体を組み合わせた世界初の手法での成功である(図2)。すなわち、超臨界流体(用語1)の中で半導体シリコンのパルスレーザーアブレーション(用語2)を行い、ナノメートルサイズ(用語3)のシリコン結晶(シリコンナノ結晶)を生成した。シリコンナノ結晶の分光測定より、近紫外・紫ならびに光の三原色(青・緑・赤)での発光が確認された。シリコンナノ結晶を急冷すると発光強度が100倍増加し、また発光色も制御できることが明らかとなった。生成時間は数分間と非常に短い。フルカラーで発光でき、その物質がシリコンであることも大きな特徴である。照明、ディスプレー、光電子デバイス、体に優しいバイオ-マーカーなどへの応用も期待される。この研究は、広島大学と科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業さきがけ(「構造制御と機能」領域 岡本佳男研究総括)との共同の成果によるもので、米国化学会の学術誌(The Journal of Physical Chemistry C, http://pubs.acs.org/journal/jpccck)のオンライン版で、近日中に公開される。
<背景>
半導体シリコン(Si)は20世紀繁栄の礎であり、現在でもパソコン・車をはじめ、電気を動力源とする家電製品等にはほとんど全てに使用されている。一方、Siは太陽電池や光検出器などの光電変換素子としては実用化されているが、発光素子は熱望されながらも実用化されていない。その理由は、バルクSiの電子構造、すなわち発光強度が弱く、発光波長は肉眼で見えない赤外線であることによる。本研究チームは、2005年にレーザーと超臨界流体を組み合わせたナノ構造体を生成する手法を世界にさきがけて開発した。本研究では、この手法でシリコンナノ結晶を生成し、生成物の構造解析やフォトルミネッセンス測定を行った。その結果、光の三原色(青・緑・赤)ならびに紫、そして近紫外領域(波長350-400nm)で発光するSiナノ結晶の生成に成功した(図3)。今までの研究で、個々の色で可視発光する多孔質シリコン(ポーラスシリコン)等の報告はあった。しかし、一つの生成法で光の三原色の全てが揃い、しかも紫外線まで発光するシリコンナノ結晶の生成は、本研究が初めてである。それを実現したのが超臨界流体中でのレーザーアブレーションである。本研究チームは、超臨界流体の研究を10年ほど前より行い、その経験と知識がある。一方、レーザーを用いた研究も15年ほど前より行っている。その両者を融合するアイデアが世界初で、今回の発見につながった。
図3 シリコンナノ結晶の発光スペクトル
<研究手法と成果>
本研究チームは、高強度レーザーを用いナノ物質創製を行っている。使用したレーザーの出力は、最大ギガワットに達し、パルス幅は約10ナノ秒である。これを数値的に表すと、電球1000万個の光を1億分の1秒という短時間に照射することに相当する(電球1000万個とは東京ドーム2個に100Wの電球を敷き詰めた状態)。このような高強度レーザーを固体に照射すると、光吸収した表面近傍の原子・分子が高密度に励起され、最終的に数100m/sでナノ物質が噴出する。この現象をパルスレーザーアブレーションと呼ぶ。
本研究では、超臨界二酸化炭素を反応雰囲気として使用し、固体シリコンのレーザーアブレーションを行い、生成物の電子顕微鏡観測、スペクトル測定、小角X線散乱測定、元素分析等より、構造解析と光物性研究を行った。その結果、近紫外、紫、青、緑、赤の領域で発光するシリコンナノ結晶の生成が確認された。また蛍光顕微鏡を使った観測より、光の三原色で発光する画像の観測にも成功した。発光波長と発光強度は生成時の超臨界流体の圧力で制御できた。特に、レーザー照射直後に生成したシリコンナノ結晶を、超臨界流体で急速冷却すると100倍の発光強度の増加が観測された。
<社会に与える影響>
本研究の特色は、光の三原色で発光する物質がシリコンということである。その理由を以下に三つあげる。1)原料が豊富で環境にもやさしい物質(砂や土にもシリコンが多く含まれており、地球上で最も多量にある元素の一つ)。2)ICチップ(集積回路)はシリコンで作られており、同じ物質で光と電子の融合によるオプトエレクトロニクスへの展開が期待される。特に色(波長)の違いで情報処理ができると、数桁の高密度化・高速度化も予測される。3)シリコンは他の無機物や有機物などと比べると生体適合性が高く、体にやさしいバイオ-マーカーとして、ガン治療などの医薬分野でも期待される。
<今後の展開>
多くの物質は、ナノメートルサイズにすることにより、新しい機能をもつ。金についても同手法でナノ物質の生成を行い、ネックレス状構造をもつ金ナノネックレスの生成に成功した(昨年論文発表)。今後は、他の物質も含め新機能を有するナノ構造物質の研究を、さらに展開していく予定である。
<用語解説>
用語1:超臨界流体
物質の状態であり、固体、液体、気体に属さない状態を指す。すなわち、個々の物質がもつ臨界温度を超えると、気体と液体の区別がつかなくなる。この状態の流体のことを超臨界流体とよぶ。イメージとしては気体と液体の中間の状態に相当する。工業的には、超臨界二酸化炭素を用いたカフェインや香料の抽出、また、超臨界水を用いたダイオキシンの分解など、環境にもやさしい流体として知られている。
用語2:パルスレーザーアブレーション
高強度パルスレーザーを固体に照射すると、光のエネルギーを吸収した固体表面付近の原子や分子が高密度に高エネルギー状態になる。その後、蒸発・電離などの物理・化学現象を経て、最終的に数100m/sで表面から物質が噴出する。これをパルスレーザーアブレーションとよぶ。工業的には、金属表面の微細加工や意匠ガラスの内部微細加工の行う手法として利用されている。パルスレーザーとは、短時間(例えば1億分の1秒)で発光するレーザー光である。
用語3:ナノメートルサイズ
ナノメートルとは、10億分の1メートルの大きさで極微の世界である。このサイズまで物質を小さくしてゆくと、人間の生活している世界(メートルサイズ)では、予想もしなかった新しい現象が、近年多くの物質で発見されている。
<掲載雑誌名,論文名および著者名>
The Journal of Physical Chemistry C (JPCC).
Effective Cooling Generates Efficient Emission: Blue, Green, and Red Light-Emitting Si Nanocrystals (効率的冷却が高効率発光を生み出す:青・緑・赤で発光するシリコンナノ結晶)
Ken-ichi Saitow and Tomoharu Yamamura
doi: 10.1021/jp900067s
<お問い合わせ先>
<研究内容に関するお問合せ>
広島大学 自然科学研究支援開発センター准教授 齋藤 健一
広島大学 大学院理学研究科 准教授(併任)
E-mail: TEL: 082-424-7487 FAX: 082-424-7487
URL: http://home.hiroshima-u.ac.jp/saitow-lab/index.html
<研究支援>
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ研究)
「構造制御と機能」領域 岡本 佳男 研究総括
URL: http://www.build-up.jst.go.jp/
<戦略的創造研究推進事業に関するお問合せ>
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
E-mail: TEL: 03-3512-3525 FAX: 03-3222-2067