東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高橋 隆教授と同大学大学院理学研究科の佐藤 宇史助教、日本学術振興会特別研究員の寺嶋 健成博士らの研究グループは、電子型鉄系高温超伝導体の超伝導電子対対称性の直接決定に世界で初めて成功し、鉄系超伝導体の超伝導メカニズムの統一理解に成功しました。
本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年4月6日の週(米国東部時間)に公開されます。
<背景>
昨年2月の東京工業大学の細野秀雄教授らのグループによる鉄と砒素を含む化合物LaFeAs1-xFxにおける超伝導の発見を契機に、鉄系高温超伝導体の研究が、世界的規模で爆発的に進展しています。発見当初32Kであった超伝導転移温度(Tc)は既に50Kを超え、その超伝導機構の解明と更に高いTcを有する超伝導体の探索が現在急ピッチで進められています。この鉄系超伝導体の大きな特徴は、これまで超伝導を阻害すると考えられていた鉄の電子自身が超伝導を担い、さらに、母物質に電子をドープしてもホール注1)をドープしても超伝導が発現する点にあります。現在、超伝導機構を明らかにする上で最も重要である“超伝導クーパー対の対称性注2)”を決定しようとする研究が精力的に行われています。電子が超伝導クーパー対を形成する際に、超伝導を引き起こす力の種類によってクーパー対の対称性が異なります。従って、クーパー対の対称性を調べる事によって、超伝導の起源を明らかにする事ができます。ホール型の鉄系超伝導体では、23年前に発見された銅酸化物高温超伝導体とは異なって、s波対称性を示す事が明らかになりつつあります。しかしながら、多くの研究にもかかわらず、電子型については、その超伝導クーパー対の対称性の決定に成功しておらず、「超伝導機構が電子型とホール型で同じかどうか」という、超伝導発現の根幹に関わる重要な問題が未解決のままでした。
<研究の内容>
今回、東北大学のグループは、角度分解光電子分光注3)(図1)と呼ばれる実験手法を用いて、電子型超伝導体BaFe2-xCoxAs2の超伝導ギャップ注4)を直接観測することで、超伝導クーパー対の対称性の直接決定に世界で初めて成功しました。実験の結果、超伝導クーパー対はホール型と同じくs波対称性を示すものの、そのエネルギーが鉄原子の電子軌道の種類によって異なる事が明らかになりました(図2)。今回の研究成果は、鉄系高温超伝導体において、電子およびホール型両者に共通のメカニズムで超伝導が発現している「電子-ホール対称性」が成立していること、また、その超伝導発現には、異なる鉄原子の電子軌道が同時に関与している事(マルチバンド超伝導)を、世界で初めて明らかにしたものです。
<今後の展望>
今回の研究結果に基づき、超伝導機構モデルの大きな選別が行われると同時に、その精密化が進み、超伝導の理解がさらに進むことが期待されます。また一方で、本研究で観測したようなs波のマルチバンド超伝導ギャップを示す超伝導物質を探索することで、さらに高いTcを持つ新物質が見出されることが期待されます。
<用語解説>
注1)ホール
固体中の電子バンドの中の、電子の抜けた空の軌道を言う。電子が-eの電荷を持っているのに対し、ホールはあたかも+eの電荷を持っているように振る舞います。
注2)クーパー対の対称性
クーパー対を形成する引力の方向依存性のことです。一般に、引力が空間的に等方的な場合はs波対称性と呼びます。
注3)角度分解光電子分光
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果注5)により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です。
注4)超伝導ギャップ
超伝導クーパー対を形成するのに必要なエネルギーを示します。
注5)外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。
<参考図>

図1 超伝導体の角度分解光電子分光

図2 電子型鉄系超伝導体における電子構造と超伝導ギャップ対称性
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
高橋 隆 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
Tel:022-795-6417
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佐藤 宇史 助教
東北大学 大学院理学研究科
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