p57は、細胞増殖の速さを調節するp27というたんぱく質とよく似た構造をしており、両者は“双子”分子と言われています。中山教授らは以前にp27を持たないマウス(p27ノックアウトマウス注2))を作製したところ、細胞増殖が止まらなくなり、体や臓器が巨大化して、最終的にはがんができることを明らかにしています。実際に、多くのヒトがん患者でp27の機能が喪失しており、p27は代表的な「がん抑制遺伝子注3)」の1つと考えられています。ところが、p27と双子分子であるはずのp57を持たないマウス(p57ノックアウトマウス)も作ったところ、体が小さくなり、胚発生中に目の水晶体や骨、腸などに異常が出ることが分かりました。これらの異常は細胞増殖と関係ないように見えるため、p57はp27とは違う働きをしているのではないかと考えられてきました。
本研究グループは今回、ノックインマウス注4)という方法を用いてp57の遺伝子の場所にp27の遺伝子を人工的に挿入した遺伝子改変マウスを作製しました。このマウスの体内では、p57の代わりにp27が機能する仕組みになっています。このマウスの解析から、p57のほとんどの機能はp27で補うことができることが分かり、p57はp27と同様に細胞増殖の速さを調節する因子であることが明らかとなりました。p57はある種の先天性疾患の原因遺伝子の1つと考えられていますが、細胞増殖を調節する機能を持つことが明らかになったことから、がんなどの疾患でも重要な働きをしていることが予想されます。今回の成果はこれらの疾患の発症機構の解明や、その治療への応用につながるものと期待されます。
本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年3月9日の週(米国東部時間)に公開されます。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | : | 「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」 (研究総括:中西 重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長) |
研究課題名 | : | 「ユビキチンシステムの網羅的解析基盤の創出」 |
研究代表者 | : | 中山 敬一(九州大学 生体防御医学研究所 教授) |
研究期間 | : | 平成19年10月~平成25年3月 |
<研究の背景と経緯>
細胞増殖は、アクセルに当たるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)と、ブレーキに当たるCDK抑制因子によって調節されています。p27とp57は、CDK抑制因子として知られている分子の代表的なもので、ほとんど同じ構造をしています(図1)。p27については盛んに研究が行われており、培養細胞やマウスなどの個体の中で細胞増殖を抑制することが分かっています。また細胞増殖の異常はがんと深くかかわっており、実際にp27は、がんの悪性度と深い関係があることが知られています。p27の機能を失わせたp27ノックアウトマウスは、体や臓器が巨大化し、がんを発症します(図2上)。
一方、p57の機能についてはあまり解析が進んでいませんでした。p57ノックアウトマウスは、p27ノックアウトマウスに見られるような細胞増殖の異常が原因と思われるような異常は観察されず、p27ノックアウトマウスとは逆に体が小さくなり(図2下)、また胚発生期に目の水晶体、腸、骨などへ異常が出ることが明らかになっています(図3右)。このことは、個体内におけるp57とp27の分子機能が全く異なる可能性を示しています。
<研究の内容>
本研究グループの九州大学 生体防御医学研究所の中山 敬一 教授と同研究所の洲崎 悦生 特任助教は、個体内におけるp57の機能がp27と異なるか、同じものであるのかを、ノックインマウスという特殊な遺伝子改変マウスを作製することで検討しました。このマウスの体内では、p57遺伝子がp27遺伝子と入れ替わっており、p57が欠損している代わりにp27が機能しています。もしp27とp57が細胞増殖の抑制という同じ働きをする分子であれば、p57ノックアウトマウスで見られたような異常はp27が代わりに働くことで正常に戻ると期待されました。
実際にp27ノックインマウスを作製すると、p57ノックアウトマウスで観察された異常は回復し、野生型(正常)のマウスと区別できないマウスが誕生しました(図3左)。このことは、一見すると細胞増殖の調節とは違う機能をもっていると考えられていたp57が、p27と同様の細胞増殖抑制因子であること、また胚発生の時期に特化して細胞増殖を厳密にコントロールしており、このメカニズムが破たんすると胚発生期にさまざまな異常を引き起こすことを示しています。
このように、本研究はp57による胚発生期の細胞増殖制御のメカニズムを解明しました。胚発生期に細胞が増殖した後、神経や筋肉などさまざまな機能を持った細胞に分化するには、細胞の増殖を停止させる必要があります(図1)。細胞が分化するときにどのようにして細胞増殖をタイミングよく停止させるのかということについては、これまではっきりとしたメカニズムは分かっていませんでした。本研究はp57がその機能を担う重要な分子であることを明らかにしました。
ヒトのある種の先天性異常において、p57がその原因遺伝子である可能性が指摘されています。先天性異常の多くは胚発生の時期の異常が原因です。今回判明したp57の機能は、このようなヒトの疾患の原因を考える上でも大変貴重な情報を与えています。
<今後の展開>
今回、p57による“胚発生期特異的な細胞増殖制御”のメカニズムを明らかにしましたが、細胞増殖の異常はがんの発症や悪性化のメカニズムとしても大変重要です。p57の細胞増殖抑制因子としての機能が分かったことで、今後がんや先天性異常におけるp57の寄与について注目が集まると考えられます。またp57やその制御機構をターゲットとした治療応用の可能性なども期待されます。
<参考図>
図1 細胞増殖の調節とCDK抑制因子の構造
図2 p27またはp57を欠損させたノックアウトマウスの表現型
図3 p27ノックインマウスの表現型
<用語解説>
注1)胚発生
受精卵が成体になるまでの胚発生過程では、細胞が速やかに増殖するとともに、さまざまな機能を持った細胞へと分化していきます。増殖している細胞は、増殖状態では分化することができないため、分化するタイミングで増殖を停止する必要があります。
注2)ノックアウトマウス
ある特定の遺伝子を破壊・欠損させて、発現しないようにしたマウスをノックアウトマウスと呼びます。遺伝子の個体レベルでの機能を調べるために大変重要な方法です。
注3)がん抑制遺伝子
がん抑制遺伝子は細胞の増殖速度を正しく調節するのに必要です。ちょうど車のブレーキがそのスピードを制御するように、がん抑制遺伝子は細胞増殖サイクルのブレーキとして働きます。これらの遺伝子が正常に機能できないと、細胞増殖は制御不能となり、がん化が起こると考えられています。
注4)ノックインマウス
ノックアウトマウスは、ある遺伝子を破壊するだけですが、破壊すると同時に他の遺伝子と入れ替えて、代わりにその入れ替えた遺伝子が機能するように改変したマウスをノックインマウスと呼びます。入れ替えられた遺伝子の間で、どのように機能的類似性や差異があるかを調べるために作製されます。
<論文名>
“Common and specific roles of the related CDK inhibitors p27 and p57 revealed by a knock-in mouse model”
(ノックインマウスモデルによって明らかにされた、相同なCDK抑制因子p27およびp57の機能的類似性と特異性)
doi: 10.1073/pnas.0811712106
<お問い合わせ先>
中山 敬一(ナカヤマ ケイイチ)
九州大学 生体防御医学研究所 分子発現制御学分野
〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1
Tel:092-642-6815 Fax:092-642-6819
E-mail:
金子 博之((カネコ ヒロユキ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
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