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2008年12月12日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学 大学院新領域創成科学研究科
Tel:04-7136-4003(総務係)

DNAの3次元構造が生物進化に影響する

(超高速シークエンサーとバイオインフォマティクスによる科学的発見)

 JST バイオインフォマティクス推進事業の一環として、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の森下 真一 教授は、スタンフォード大学のアンドリュー・ファイヤー教授らとの共同研究で、DNAの3次元構造(ヌクレオソーム構造)注1)がDNAの変異に相関するという性質を、メダカのDNA全体の情報を分析することによって明らかにしました。これはDNA進化の新たな原理を示す基本的な成果です。
 本研究の対象となったメダカは、日本の研究者により2007年にDNA塩基配列が解読され、南日本由来系統と北日本由来系統の2系統のDNA塩基配列の間には1塩基多型(SNP)注2)と呼ばれるDNA変異がDNA配列全体の3.4%を占める約1600万個も存在することが分かりました。
 今回の研究では、超高速DNA解読装置注3)を活用し、メダカのヌクレオソーム構造をDNA全体にわたって網羅的に分析しました。その結果、遺伝子の転写注4)開始点の下流におけるヌクレオソーム構造がDNA変異の周期性を引き起こす要因となっていることを突き止めました。DNAの高次構造や遺伝子の転写メカニズムは多くの生物種にわたって共通する基本的なものであることから、本研究は生命の遺伝的多様性が生まれる過程の一端を明らかにしたものと言えます。
 超高速DNA解読装置が急速に普及する中で、本研究で開発した大量のデータを解析するためのクラスター型並列計算機上で動作する新たなソフトウエア群は、今後も利用され、新たな生物学的発見へ寄与するものと期待されます。
 本研究成果は、JST バイオインフォマティクス推進事業、文部科学省 特定領域研究 ゲノム4領域、米国国立衛生研究所(NIH)の研究助成によって得られたもので、2008年12月11日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
 バイオインフォマティクス推進事業(統括:勝木 元也 自然科学研究機構 名誉教授)
研究開発課題名マルチモーダル統合バイオDB(Multimodal BIODB)
代表研究者森下 真一(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究開発期間平成18年4月~平成23年3月
 JSTは本事業で生命情報データベースの構築、高度化、活用のための研究開発を支援しています。上記研究開発課題では、出芽酵母、メダカ、ヒトを主としたマルチモーダル統合バイオデータベースの開発に取り組み、蓄積データを有効に統合化できるシステムの実現を目指します。

<研究の背景と経緯>

 DNAに起こる変異は、ダーウィンによる自然選択進化説と、元 国立遺伝学研究所 名誉教授の木村 資生による中立進化説の2つの補完する原理により解釈されてきましたが、1990年代後半にDNAの3次元的構造(ヌクレオソーム構造、図1)がDNAの変異に影響を与える可能性を示唆する実験結果が報告されました。出芽酵母DNAの一部の領域に塩基置換を放射線により導入し、修復されるまでの時間を計測したところ、3次元構造の位置によって修復時間が顕著に違うことが観測されたのです。DNA3次元構造が進化に影響するという視点は新たな進化の原理として注目されます。
 すると自然における進化の過程でも同様に、DNAの変異する率が3次元構造の位置で異なってくるのか? という疑問が沸きます。しかし、この疑問に答えるには、DNA全体が解読されていること、2つの近縁種のDNAを比較して変異の状態を網羅的に調査できること、ヌクレオソーム構造をDNA全体にわたって観測できること――などが必要です。
 本研究チームは2007年にメダカの2つの地域集団のDNAを解読し、その後、超高速DNA解読装置を利用してDNA全体のヌクレオソーム構造を描出することによって、ヌクレオソーム構造がDNAの変異に相関するという性質を確認しました。

<研究の内容>

 メダカは日本をはじめとする東アジアに生息しますが、性質が異なるさまざまな地域集団が存在します。本研究の対象となった南日本由来系統と北日本由来系統は2007年にDNA配列が解読されましたが、2系統のDNA塩基配列の間には1塩基多型(SNP)と呼ばれる変異がDNA配列全体の3.4%を占める約1600万個も存在することが分かりました。南日本由来系統のメダカと北日本由来系統のメダカは交配可能な集団であるにもかかわらず、チンパンジー・ヒト間のDNA変異率1.2%をも大きく上回る1塩基多型を持つことから、種内の遺伝的多様性(個体差)が生まれる過程を研究する上で有用なモデル生物として注目されました。
 メダカDNA中には約2万個の遺伝子が存在していますが、これらの遺伝子はDNA配列から「転写」されて初めて、生命を形作る基本的な構成要素として機能します。そのため、例えば転写開始点周辺に1塩基置換のような変異が起きると、遺伝子の働きに影響して個体差をもたらす可能性があります。そこで、転写開始点周辺で起きた1塩基置換や塩基配列の挿入削除による変異の分布を調べたところ、特徴的な周期的変動が発見されました。転写開始点下流約200塩基、400塩基、600塩基の位置で挿入削除率は上昇し、逆に1塩基置換率は約100塩基、300塩基、500塩基の位置で上昇することが分かりました。このような転写開始点下流に存在する200塩基の周期性は何を意味するのでしょうか?
 本研究は、このDNA変異の周期的変動が、DNAが細胞内でコンパクトに折りたたまれる高次構造に相関することを明らかにしたものです。DNAは「ヌクレオソーム」という構造を単位として折りたたまれコンパクトな3次元構造を取ります(図1)。本研究では、メダカの胞胚(受精後6~8時間の卵)からヌクレオソーム構造を取るDNA塩基配列を抽出し、超高速DNA解読装置を用いて大量のデータを収集し、DNA中のどの領域がヌクレオソームへと構造化されているかを分析しました。その結果、転写開始点下流約100塩基、300塩基、500塩基の位置を中心としてヌクレオソームコアが存在する傾向にあることが分かり、この構造がDNA変異の周期性を引き起こす要因となっていることが示されました(図2)。
 DNA配列の高次構造や遺伝子の転写メカニズムは多くの生物種にわたって共通する基本的なものであることから、本研究は生命の遺伝的多様性が生まれる過程の一端を明らかにしたものと言えます。

<今後の展開>

 DNA配列を折りたたむヌクレオソーム構造が遺伝子の転写や遺伝的多様性の創出にどのように関わっているのか、その具体的なメカニズムはまだよく分かっていません。しかし超高速DNA解読装置を用いた最近の研究により、動物だけでなく植物や酵母のゲノム解析でもヌクレオソーム構造が遺伝子の転写や発現制御に関わる重要な因子であることが分かってきており、今後の研究の進展が期待されています。
 また、2007年のメダカDNA解読以降メダカを用いた発生学・遺伝学の研究は飛躍的に発展しつつあり、本研究もそのような例の1つです。これからもメダカの研究から基礎生命科学的な発見につながる研究が生まれてくることが期待されます。

<付記>

 本研究は、スタンフォード大学のアンドリュー・ファイヤー 教授、東京大学の武田 洋幸 教授、松島 綱治 教授、橋本 真一 博士、菅野 純夫 教授、鈴木 穣 准教授、国立遺伝学研究所の小原 雄治 教授らと共同で行われました。

<参考図>

図1

図1 DNAのヌクレオソーム構造と解析手順


図2 転写開始点周辺での、塩基置換率、挿入削除率
図2 ヌクレオソームコアの存在スコア

図2 転写開始点周辺での、塩基置換率、挿入削除率、ヌクレオソームコアの存在スコア

<用語解説>

注1)3次元構造(ヌクレオソーム構造)
 細胞核中でDNAは約200塩基ごとにヌクレオソームと呼ばれる構造を取る。これはヒストンと呼ばれるたんぱく質の8量体に巻きついた構造で、これがさらに折りたたまれて最終的に染色体という構造を取る。今まではDNA中のどの領域がヒストンに巻きついてヌクレオソーム構造を取るのかが分かっていなかったが、最近になって超高速DNA解読装置を利用してDNA全域でヌクレオソーム構造をとっている領域を同定できるようになった。ヌクレオソームは遺伝子発現の制御に関わる重要な因子であると考えられるため注目を集めている。

注2)1塩基多型(SNP)
 交配可能な同じ種に属する多数の個体のDNAを比較したとき、特定の位置における塩基対が全ての個体で一致していない場合、1塩基多型と呼ぶ。通常は2つの塩基対パターンとして現れ、塩基に生じた変異が進化の過程で同一種内に広がったと考えられる。例えば南日本と北日本に生息するメダカではSNPのパターンが顕著に異なる。ヒトにおいては、ある疾患にかかる集団が共有するSNPパターンを見いだし、SNPパターンを見ることにより個々の患者に適切な治療を目指した「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」が進行している。

注3)超高速DNA解読装置
 2007年頃から普及し始めた超高速シークエンサー。2008年現在、3~5億塩基/日の解読能力を持ち、従来のサンガー法の200万塩基/日を2桁上回っている。

注4)転写
 DNA中の遺伝子はDNAの塩基配列として存在するが、多くの遺伝子塩基配列からはまずDNA塩基配列を鋳型としてRNA配列が合成され、そこからたんぱく質が合成されて細胞中で機能する。このDNA塩基配列からRNA配列が合成されるプロセスが転写と呼ばれる。

<論文名>

"Chromatin-associated periodicity in genetic variation downstream of transcriptional start sites."
(転写開始点下流において、遺伝的多様性には周期性があり、クロマチン構造と相関する)
doi: 10.1126/science.1163183

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

森下 真一(モリシタ シンイチ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
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Tel:04-7136-3985 Fax:047-136-3977
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<JSTの事業に関すること>

黒田 雅子(クロダ マサコ)
科学技術振興機構 研究基盤情報部 バイオインフォマティクス課
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