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平成20年11月24日

日本電信電話株式会社
科学技術振興機構(JST)

光ナノ共振器を大規模に連結させることに世界で初めて成功し、光信号を遅延

(スローライトを用いた高機能光情報処理の実現に向けて前進)

 日本電信電話 株式会社(以下、NTT、東京都千代田区、代表取締役社長 三浦 惺)と独立行政法人科学技術振興機構(以下、JST、埼玉県川口市、理事長 北澤 宏一)は、フォトニック結晶注1)と呼ばれる強い光閉じ込め効果を持つ人工周期構造を用いて、光の波長と同程度のサイズの光ナノ共振器注2)をチップ内に大規模連結した構造を世界で初めて実現し、同構造を用いて光信号の伝播速度を減速させる事に成功しました。
 超小型共振器の大規模結合構造は、結晶中の原子の結合構造に類似した特性を持ち、この特性から光の伝播速度を遅くする優れた媒体(スローライト注3)導波路)と考えられています。しかしながら、多数の超小型共振器を結合させることは技術的な困難をともなうため、これまで良好な特性を持つ大規模結合構造は実現されていませんでした。NTT物性科学基礎研究所(以下、NTTの研究所)では、高精度なナノ加工技術を用いて、シリコンのフォトニック結晶中に光の波長と同程度の約0.1立方ミクロン(ミクロンは1000分の1ミリ)の光閉じ込め体積を持つ光ナノ共振器を、最大200個連結した低損失な大規模結合構造を世界で初めて実現し、この結合構造が原子の結合構造に類似した特性を持つことを実証しました。実現した結合共振器構造はこれまでのものを大幅に上回る特性を持ち、光信号パルスの伝播速度を空気中の光速に比べて約100分の1の速度まで(最大で170分の1)減速することに成功しています。
 今回実現した結合共振器構造によるスローライト導波路は、高速な光信号を長時間遅延できる特性を持つため、光バッファメモリ注4)などの光記憶素子への応用が期待されます。また減速効果により光処理の高効率化が図れることから、極めて小さい消費エネルギーで動作する光処理、さらには単一光子で処理を行う量子光情報処理注5)など様々な高機能な光情報処理への応用が期待されます。
 この研究成果は、平成20年11月23日(英国時間)に英国科学誌「Nature Photonics」のオンライン速報版で公開されます。
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」(研究総括:伊澤 達夫 東京工業大学 理事・副学長)における研究課題名「フォトニックナノ構造アクティブ光機能デバイスと集積技術」(研究代表者:馬場 俊彦 横浜国立大学 大学院工学研究院 教授)により行われました。

<研究の背景と経緯>

 NGNをはじめとした光ブロードバンドサービスは、大容量で超高速の情報伝送が可能で、高度情報化社会を支える重要な技術とされています。しかしながら、予想される将来の爆発的なニーズの増大に応えるためには、光を直接的に制御する、より高機能な情報処理技術が必要になると考えられます。近年、このための要素技術の1つとして光の伝播速度を制御する技術が注目されています。メモリ記憶部や論理処理部など光による高度な情報処理を行う際には、チップ内で局所的に伝播速度を著しく遅くすることが求められます。また制御部において伝播速度を自在に遅らせることが可能になれば、光制御の効率が高くなり消費エネルギーを低減させることも可能になります。ところが、光の伝播速度はアインシュタインの相対性理論注6)が定めるように超高速(空気中で秒速30万キロ)であり、光が物質中を透過する場合でもその速度は秒速10万キロほどにしか遅くなりません。その課題を克服するための技術の1つとして、近年「スローライト」という呼び名で、様々な材料や構造を用いて光信号を減速させる研究が国際的に活発化しています。
 このスローライトを実現する媒質の1つとして、短い光パルスを大きく減速させる能力に優れている光の小型共振器を多数連結した結合共振器構造が注目されていました。しかしながら、これまではサイズが大きく光の閉じ込めが弱い共振器を用いた結合共振器しか実現していませんでした。これは、閉じ込めが難しいという光の性質そのものに起因します。
 NTTの研究所では、フォトニック結晶を用いると光の閉じ込めを強められる点に着目し、高精度なナノ加工技術を用いて、フォトニック結晶中に閉じ込めの強い光ナノ共振器を最大200個まで連結した低損失な大規模結合構造を作製することに成功しました。これまでにもフォトニック結晶を用いた単一の光ナノ共振器作製の報告はあり、これによるスローライト伝播も観測されていました。一方、結合共振器の実現には高精度の加工技術が必要であるため、大規模な光ナノ共振器結合構造の実現はこれまで報告例がなく、今回の成果は世界初です。
 NTTの研究所が今回作製した構造は明瞭な結合特性を示しており、従来の結合共振器構造を大幅に上回る光閉じ込め性能を持ち、素子面積は約100分の1以下に縮小、光の透過率は100倍に向上しています。さらにこの結合共振器を用いて光信号パルスの伝播速度を空気中の光速に比べて約100分の1の速度まで(最大で170分の1)減速することに成功しています。この値は結合共振器構造を含むあらゆる誘電体スローライト導波路としてはこれまでで最も遅い値となります。

<今後の展開>

 今回開発した結合共振器の性能を向上し、広帯域でより大きな減速が可能なスローライト導波路の実現を目指しています。将来的には、超小型の光バッファメモリや、低消費電力で動作する光情報処理チップといった高機能な光情報処理を狙い、さらには単一の光子で情報処理を行なう量子光情報処理への応用も考えられます。

<用語解説>

注1)フォトニック結晶
 屈折率が光の波長と同程度の長さで周期的に変調された構造のことを指し、通常ナノ加工技術でシリコンなどの誘電体を微細加工することによって作製される。フォトニック結晶は光絶縁体として機能するため、通常の物質では不可能な強い光閉じ込めが可能となる。

注2)光共振器・光ナノ共振器
 光共振器とは、光を空間的に閉じ込める機能を持つ素子。通常は反射鏡で囲んで構成するが、共振器を小型化しようとすると通常の反射鏡は使えなくなるため小型化は一般に困難を伴う。従来、波長の10倍から100倍程度の小型の光共振器は光マイクロ共振器と呼ばれていたが、閉じ込め体積が光の波長と同程度になると光ナノ共振器と呼ばれている。(ナノは10億分の1)

注3)スローライト
 物質中の光の伝播速度が極端に遅くなった状態を指し、特殊な分散を持つ物質やフォトニック結晶のような人工誘電体構造を用いて実現される。スローライト状態を用いると、小さな素子で光を光のまま遅延できるため光メモリとしての応用が期待されている。また、スローライト状態では光と物質の相互作用が増強されるため、超低エネルギーの光情報処理への応用も期待されている。

注4)光バッファメモリ
 光信号列を光信号列のまま蓄えて記憶するメモリ。ルーターなどの高度なデータ処理を将来的に全て光のまま行う場合に必要になると考えられている光デバイス。

注5)量子光情報処理
 量子力学の原理を用いて従来の計算機の限界を超えた計算が可能なことが予測され、量子情報処理という分野が新しく研究されているが、その中で特に光を用いるもの。光のエネルギー最小単位である単一の光子を用いた処理が必要となる。

注6)アインシュタインの相対性理論
 アインシュタインが特殊相対性理論によって真空中の光速はつねに一定であり、変えることはできないことを導いた。物質中の光速は屈折率(通常1から3程度の値)で割った値に遅くなる。

<参考図>

図1

図1 フォトニック結晶による大規模結合共振器の構造の概念図(上)と模式図(下)


図2

図2 フォトニック結晶結合共振器の光透過スペクトルと、分散曲線図

(左)フォトニック結晶結合共振器(共振器数10個、15個、200個の例)の光透過スペクトル。緑色の線は比較用の直線導波路の光出力。
(右)フォトニック結晶結合共振器の分散曲線。理論で予想されるとおり、様々な共振器数において同一の余弦曲線が得られている。

図3

図3 フォトニック結晶結合共振器における光パルス伝播測定例

(左)比較導波路に比べて125ピコ秒の遅延が得られており、この値は通過後のパルス幅の5.8倍である。
(右)最も遅い伝播速度が観測された例で、空気中の光速の170分の1の速度で伝播している。
・赤色が結合共振器を伝播した場合。
・緑色は比較用直線導波路を伝播した場合。
参考<実験の概要>

<論文名>

“Large-scale arrays of ultrahigh-Q coupled nanocavities”
(超高Qナノ共振器の大規模結合構造)
doi: 10.1038/nphoton.2008.226

<お問い合わせ先>

NTT先端技術総合研究所 (物性科学基礎研究所) 企画部 広報担当
飯塚(イイヅカ)
Tel:046-240-5157
http://www.ntt.co.jp/sclab/contact.html

科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
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