従来の高温超伝導において超伝導の起源となる結晶構造は、銅と酸素が作る二次元構造である。この鉄系超伝導では、鉄とヒ素が作る二次元構造が超伝導の起源と考えられている。そのため、これまで発見された鉄系超伝導体のほとんどが、鉄ヒ素、鉄リン、鉄セレンなどの二次元構造を持っている。しかし、ヒ素やリン、セレンは、毒性の高い元素であるため、鉄系超伝導体を応用していくためには、毒性の低い元素で構成された新超伝導体を見出すことが望まれていた。
<研究の背景>
2008年初頭、東京工業大学の細野教授のグループによって、新たに鉄系超伝導体LaFeAsO系が発見された。その発見を契機にして、類似化合物に超伝導体が次々と見出され、超伝導転移温度Tc1)もこれまでに56K2)まで上昇した。それ故、この鉄系超伝導体は、新しい高温超伝導体の鉱脈と期待され、現在、JST 戦略的創造研究推進事業 研究領域「新規材料による高温超伝導基盤技術」を中心に、積極的に研究開発が進められている。
これまでの銅酸化物高温超伝導体では、銅と酸素が作るCuO2二次元面が超伝導発現に不可欠な結晶構造と考えられている。鉄系超伝導体の場合は、鉄とヒ素が作る二次元構造が、超伝導の起源と考えられており、これまで見出された鉄系超伝導体の多くは、鉄ヒ素構造、もしくはそれに類似した、鉄リン、鉄セレン二次元構造などを持っている。なかでも、ヒ素やリン、セレンは毒性が高いため、その扱いが難しく、研究開発や応用を難しくしており、毒性の低い元素のみを用いた新超伝導体の開発が求められていた。
<成果の内容>
当研究グループでは、これまでに、鉄系超伝導体の中で最もシンプルな結晶構造を持つ鉄セレン化合物の超伝導転移温度Tcが、1.5万気圧の圧力を加えることによって、Tc=13.5Kから27Kへ劇的に上昇することを見出し、鉄セレン化合物がさらに高い超伝導転移を示すポテンシャルを備えていることを示した。
一方、鉄テルルFeTeは、結晶構造が鉄セレンに非常に良く類似しているにも関わらず、超伝導を示さない。当研究グループは、このことに疑問を感じるとともに、鉄テルルは毒性の低い元素から構成されているため、新超伝導開発には最適な材料であると考えた。鉄セレンでは、圧力を加え結晶格子を縮めることにより超伝導転移温度が急上昇した。ならば、鉄テルルも何らかの方法で結晶格子を縮めたならば超伝導が出現しないだろうか。そこで、テルルの一部をイオン半径の小さな硫黄に置き換え、結晶格子を縮めたところ、テルルの約20%を硫黄に置き換えた、FeTe0.8S0.2が超伝導転移温度約Tc=10Kの超伝導を示すことを発見した。
<波及効果と今後の展開>
本超伝導体は、毒性の低い元素のみで構成されているため、研究開発が容易であり、応用可能性も高い。例えば、電流を電気抵抗ゼロで輸送することができる超伝導線材の開発も可能かもしれない。現在、超伝導転移温度をさらに上昇させるために、置換量の調整や圧力下の測定などを進めている。この扱いやすい材料からなる超伝導体の出現を契機に今後、より多くの研究者がこの分野に参入し、これまでより高い温度で超伝導が出現する新しい物質の開発が促進されることを期待する。
<参考図>
図1 鉄テルル化合物FeTe1-xSxの結晶構造の略図
図2 電気抵抗の温度依存性
図3 磁化率の温度依存性
<用語解説>
1)超伝導転移温度Tc
超伝導体を超伝導転移温度Tc以下に冷却すると、ゼロ抵抗状態が出現する。ゼロ抵抗状態では、まったくロスなく電流を流し続けることが可能で、将来の環境エネルギー材料として注目されている。その他、将来の超伝導コンピューターに応用可能なジョセフソン効果やマイスナー効果なども、超伝導にのみ現れる特別な現象である。
2)K(ケルビン)
絶対零度(-273.15℃)をゼロ度と定義した温度の単位。絶対零度より低い温度は存在しない。参考として、液体ヘリウム温度は約4.2K、液体窒素温度は約77K、室温は約300Kである。
<お問い合わせ先>
<研究内容に関すること>
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