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平成20年10月13日

東北大学
原子分子材料科学高等研究機構(WPI)
Tel:022-215-2085

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

透明な絶縁体を電界効果で超伝導に

(新しい超伝導材料開発へ道)

 JST基礎研究事業の一環として、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の川崎雅司教授と同大学金属材料研究所の岩佐義宏教授は、材料の電気の流れやすさを電圧によって制御することで、全く電気が流れない透明な酸化物を超伝導注1)状態に変換することに世界で初めて成功しました。高温超伝導体など多くの超伝導材料は、絶縁体にさまざまな元素を化学的に混ぜ合わせる手法で作られています。本研究では、従来とは全く異なる電気的な手法(電界効果)注2)で、絶縁体を超伝導体に変えることに成功しました。
 材料の電気の流れやすさは、電子や正孔など電気を流す伝導キャリア注3)が材料にどれだけ含まれているかによって決まります。材料中の伝導キャリアの濃度を化学的な手法でゼロから次第に増やして行くと、絶縁体から電気をよく流す金属状態へ、さらには極低温では超伝導状態へと変化していく材料がいくつか知られています。1986年に発見された銅酸化物系での高温超伝導物質以来、新超伝導体の探索には同様な化学的な手法が主に用いられてきました。
 一方、半導体集積回路の基本素子である電界効果トランジスタでは、電気的な手法によって半導体の電気の流れやすさを制御しています。本研究では電気二重層注4)トランジスタという新しい電界効果トランジスタを用いることで、従来は化学的な手法でなければ不可能だった高濃度の伝導キャリア制御を実現しました。
 本研究では絶縁性のチタン酸ストロンチウム注5)単結晶に電界効果のみを用いて多量の伝導キャリアを誘起し、極低温で電気抵抗がゼロとなる超伝導を示す状態へ制御することに初めて成功しました。本成果は、電界効果という手法が電気の流れやすさを制御するのみならず超伝導状態を実現するためにも使うことができることを示したものであり、将来はこの手法を用いて高い温度で超伝導を示す新材料を発見できると期待されます。
 本研究成果は、英国学術誌「Nature Materials」のオンライン版で2008年10月12日に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授)
研究課題名 酸化物・有機分子の界面科学とデバイス学理の構築
研究代表者 川崎 雅司(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授)
研究期間 平成18~23年度
 JSTはこの領域で、異種材料・異種物質状態間の接合界面を扱う研究分野の融合によってナノ界面機能に関する横断的な知識を獲得するとともに、これを基盤として界面ナノ構造を自在に制御し、飛躍的な高機能化を可能にする革新的なナノ界面技術を創出すること、およびその有用性をデバイス動作により実証することを目的としています。上記研究課題では、酸化物と有機物で構成される異種接合界面に着目し、これらの界面における電子・磁気・光機能をひな形デバイスとして実証することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

 最近、鉄とヒ素を組み合わせた材料で高い温度で超伝導注1)を示すことが次々に報告され、注目されています。この鉄ヒ素系超伝導体や銅酸化物系超伝導体などの高い温度で超伝導を示す材料は、絶縁性の母物質に不純物を混ぜ合わせることで多量の伝導キャリアを導入したものです。しかし、不純物によって多量の伝導キャリアを導入できる材料は限られており、新規超伝導体開発のために化学的な手法以外で多量の伝導キャリアを制御する手法が望まれてきました。

 半導体集積回路の基本素子である電界効果トランジスタ注2)では、半導体に絶縁体を挟んで金属電極(ゲート電極)を形成し、半導体とゲート電極の間に電圧をかけると半導体表面に伝導キャリア注3)が集まるため、半導体の伝導性を電気的に制御できます。この電界効果による伝導キャリア導入の手法を不純物添加の代わりに使うことで超伝導を発現させようという試みは、半導体デバイス黎明れいめい期の1960年代から行われてきました。しかし、超伝導を引き起こすには電界効果トランジスタを動作させるより何倍も大きなキャリア濃度が必要であり、それに必要な電界に耐えうる絶縁膜が存在しないために、電界効果による超伝導発現は夢に終わっていました。

 本研究では、電気二重層注4)トランジスタという新しいデバイス構造を用いることで、絶縁破壊してしまう従来の絶縁膜の問題を解消し、完全な絶縁体から超伝導への制御を実現しました。

<研究の内容>

 チタン酸ストロンチウム注5)は、透明で電気を全く流さない人工宝石としても使われる材料です。また良質な結晶を合成しやすいことから、酸化物エレクトロニクスの分野では半導体エレクトロニクスでのシリコンと同じように、電子デバイスを作製するための基板として広く使われています。

 本研究で川崎雅司教授らが作製した素子(図1)は、従来の電界効果トランジスタの絶縁層の代わりにポリエチレンオキシドというプラスチックに過塩素酸カリウムを溶かした電解質をチタン酸ストロンチウム単結晶に接触させ、界面に電気二重層注4)を自己生成させた構造を持っています。この素子のゲート電極に正の電圧を加えると、プラスの電荷をもった陽イオン(カリウムイオン)が結晶の表面に集まりぎっしり配列します。このプラス電荷によって結晶内部にマイナスの電荷を持った伝導キャリア(電子)が誘起され、従来の電界効果トランジスタの限界を10倍以上も上回る多量の伝導キャリアの導入が可能になりました。なお、同様の原理を用いた電気二重層キャパシタは、従来のコンデンサーの千倍以上の大容量をもつことからスーパーキャパシタとして商品化され、電子回路のメモリーバックアップ用やハイブリッドカーのエネルギー貯蔵部として広く使われています。

 ゲート電極にかけた電圧を大きくしていくと、もともと全く電気の流れないチタン酸ストロンチウム基板が電気の良く流れる状態に変わるトランジスタ動作が確認されました。2.5V以上のゲート電圧で温度を下げていくと、温度の低下とともに電気抵抗が小さくなっていく金属的な伝導が実現しました(図2)。同大学金属材料研究所の野島勉准教授ら極低温グループとの共同実験により、さらに温度を下げていくと -272.85℃ (0.4K) で急激に抵抗が減少し、ゼロ抵抗となる超伝導が観察されました(図3)。これらの測定後、ゲート電極にかけた電圧を0Vに戻すと元通り完全な絶縁体に戻りました。このように全く伝導性のない絶縁体の状態からゲート電圧を変化させるという電気的な手段だけで、抵抗の全くない超伝導へのスイッチングが実現しました。

<今後の展開>

 本研究ではチタン酸ストロンチウム単結晶という性質がよく知られ、入手しやすい材料で研究を行いましたが、この新しい超伝導制御の手法は材料を問わず適用可能です。従来は不純物による伝導性制御が難しかった多くの材料へ研究を広げることで、高い超伝導転移温度を持つ新材料を実現できると期待されます。

<参考図>

図1

図1 電圧により電気の流れやすさを制御するための電気二重層トランジスタの素子構造の模式図

 ゲート電極と半導体の間に電圧をかけてオン状態にすると、電解質の中でプラスの電荷を持つ陽イオンが配列し、それに引かれてマイナスの電荷を持つ伝導キャリアが半導体内に誘起され、半導体は電気が流れる状態に変化する。本研究では半導体としてチタン酸ストロンチウム単結晶、電解質として過塩素酸カリウムのポリエチレンオキシド溶液、ゲート電極として白金線を用いている。

図2

図2 チタン酸ストロンチウム単結晶のゲート電圧による金属化

 温度とともに抵抗が上昇する絶縁体的な振る舞いが、ゲート電圧を大きくすることで温度とともに抵抗が現象する金属的な振る舞いへと変化する。

図3

図3 ゲート電圧によって引き起こされた超伝導

 -272.85℃(0.4K) で急激に抵抗が減少しゼロとなり、超伝導が実現した。

<用語解説>

注1)超伝導
 超伝導状態とはある温度以下で電気抵抗がゼロになり、電気が永遠に流れ続ける状態です。超伝導を起こすためには電子(伝導キャリア)同士の強い相互作用が必要なため、高濃度の伝導キャリアが必要です。たとえばシリコンやダイヤモンドなどの半導体を超伝導にするためには、高圧、高温など特殊な条件で多量の不純物を材料に溶け込ませる必要があります。

注2)電界効果、電界効果トランジスタ
 電界効果とは電場(電界)によって材料表面に電荷が集まる効果です。絶縁体を二つの電極ではさんで電圧をかけると、正の電圧がかかった電極にはプラスの電荷が、負の電圧がかかった電極にはマイナスの電荷が蓄積します。この電極の片方を半導体で置き換えると、蓄積した電荷は半導体の中を自由に動き回る伝導キャリアとして振る舞います。このようにして伝導キャリアを集める手法を電界効果と呼び、電圧によって半導体の伝導性を制御するトランジスタとして広く使われています。

注3)伝導キャリア
 伝導キャリアには正の符号を持つ正孔(ホール)と負の符号を持つ電子があります。原子に束縛されず、結晶の中を自由に動き回ることができるために電気を流すことができます。

注4)電気二重層
 電気二重層とは電気化学の用語で、電解質と電極の界面に出来るイオンの集まった部分のことです。液体の中にイオンが溶け込んだ電解質を二つの電極ではさんで電圧をかけると、電解液の中の陽イオンは負の電圧のかかった電極のほうへ移動します。電極表面まで動いてきた陽イオンはそれ以上動けないので、電極の直上にぎっしりと詰まった状態になります。一方、電極の中では陽イオンの量に対応した数のマイナスの電荷が集まり、全体として電荷中性の状態を保ちます。この陽イオンの層を電気二重層と呼び、非常に大きな電荷を蓄積できることからコンデンサー(電気二重層キャパシタ、スーパーキャパシタ)として使われています。

注5)チタン酸ストロンチウム
 チタン酸ストロンチウムは、チップコンデンサーの材料としてパソコンや携帯機器で広く使われている絶縁性材料です。単結晶は屈折率が高く透明度が高いため、人工宝石としても使われます。また、ニオブなどの不純物を入れると黒い単結晶となり、極低温で超伝導を示すようになります。

<論文名および著者名>

"Electric-Field-Induced Superconductivity in an Insulator"
(絶縁体に電界によって誘起された超伝導)
K. Ueno, S. Nakamura, H. Shimotani, A. Ohtomo, N. Kimura, T. Nojima, H. Aoki, Y. Iwasa, M. Kawasaki
doi: 10.1038/nmat2298

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

川崎 雅司(カワサキ マサシ)、上野 和紀(ウエノ カズノリ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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E-mail: (川崎)、 (上野)

<JSTの事業に関すること>

金子 博之(カネコ ヒロユキ)
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