この界面金属層は2004年に発見されたもので、従来は界面近傍のみで界面のチタンイオンが一部還元されて伝導層を形成するものと考えられていました。しかし本研究の結果から、長距離での電気的引力で電子が界面に集まってできる現象であることが分かりました。これは、MOSFET(金属-酸化物-半導体構造電界効果トランジスタ)のような素子への応用が可能であることを示唆しています。
本研究グループは、これまでにさまざまな酸化物界面を結晶成長技術によって作製し、大気に出さずにその場で放射光によって解析する技術を立ち上げてきました。本研究ではSrTiO3基板上にLaAlO3薄膜を1層ずつ丁寧に積み上げ、一層積むたびに、放射光注1)を用いた光電子分光法注2)という特殊な手法を用いて、界面におけるチタンイオンの還元の様子を調べました。その結果、従来言われているチタンイオンの還元は起こっておらず、LaO+層とAlO2-層の間に働く電気双極子注3)によってSrTiO3基板中の電子が界面に引き寄せられて界面に蓄積されることにより、この不思議な金属層が形成されていることを突き止めました。さらに、このような界面における電荷蓄積は、SrTiO3基板表面にSrO層を挿入してLaAlO3薄膜の電気双極子の向きを逆にした時には形成されないことも明らかにしました。
今回の成果は、極性を持つ酸化物をゲートに用いることにより、素子に非常に大きい電界をかけることができ、それによって絶縁体界面に流れる電流を大幅に制御できることを示しています。このような現象は、beyond CMOS注4)の3端子素子や超伝導トランジスタなどに応用できるものと期待されます。
本研究成果は、2008年7月11日(米国東部時間)発行(予定)の米国・物理科学専門誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | : | 「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授) |
研究課題名 | : | 超高輝度放射光機能界面解析・制御ステーション |
研究代表者 | : | 尾嶋 正治(東京大学 大学院工学系研究科 教授) |
研究期間 | : | 平成18年10月~平成24年3月 |
<研究の背景と経緯>
絶縁体であるLaAlO3とSrTiO3を接合させると、その界面に金属層が現れることが2004年に東北大学の大友 明 助教と東京大学ハロルド ファン 准教授らによって発見されてから、その発生メカニズムを巡って盛んに研究が進められてきました。この絶縁体の界面が金属になるという現象は、これまでの常識を覆すものであるうえ、この金属層は素子の性能指数となる電子移動度が10,000 cm2/ボルト秒を超えるといった特徴も持っています。このため、現在用いられているAs化合物を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT)に置き換わる環境低負荷型HEMTとしての応用が期待されています。
これまでさまざまな実験や理論計算により、界面のチタンイオンが一部還元されて伝導層を形成するという説や、界面で酸素欠損が起こることで伝導層を形成するという説などが提案されてきました。しかし、その発生メカニズムについてはよく分かっていませんでした。これは素子として利用する場合、その機能を制御できないということであり、応用するうえで致命的なことです。そのため、金属層の発生メカニズムの解明が強く望まれていました。
<研究の内容>
本研究グループは、界面の電子状態を明らかにすることが金属層発現のメカニズム解明につながると考え、放射光を用いた光電子分光法といった手法を用いてLaAlO3とSrTiO3との界面を詳細に調べました。その結果、Ti 2p-3d共鳴光電子分光などの放射光解析手法を駆使することにより、界面の電子状態のみを選択的に検出することに成功しました。それにより、
1.金属伝導を支配するフェルミ準位注5)近傍の界面電子状態
2.内殻準位測定による界面における構成イオンの化学状態
3.界面におけるバンド不連続
など、これまで他の分光手段では知り得なかった界面の挙動を世界で初めて明らかにしました。これらは、本研究グループがこれまで高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の放射光科学研究施設Photon Factoryで建設・改良を進めてきた酸化物結晶育成レーザー分子線エピタキシー装置注6)と光電子分光装置からなる複合装置(図1)を用いて得られた成果です。本装置は、育成した酸化物結晶を大気に取り出すことなくその場で観測できる世界的に見てもユニークな装置です。本装置を用いて不純物の影響を極限まで排除した結果、検出の難しい界面電子状態の本質が判明しました。
本研究は、放射光を使って2種類の絶縁膜の界面で現れる金属的伝導の発生メカニズムを初めて解明したもので、固体物理学のみならず応用の観点からも大きなインパクトがある成果です。とりわけ、LaAlO3薄膜をTiO2終端のSrTiO3の表面上に成長した時のみにこの現象が現れ、SrO終端SrTiO3表面上のLaAlO3薄膜では現れないという不思議なメカニズムを放射光光電子分光で明らかにしたことは、特筆すべきものと考えます(図2)。従来のモデルでは界面近傍で還元されたチタンイオンがその起源だと言われていましたが、酸素欠損により生じたSrTiO3基板中の電子がLaO+層とAlO2-層の間に働く電気双極子によって引き寄せられて界面に蓄積されることにより金属層が形成されていることがはっきりしました(図3)。
<今後の展開>
今回の結果は、極性をもつ酸化物を用いることにより、界面に通常の電界効果トランジスタ構造では不可能なくらいの巨大な電界をかけることが可能であることを示しています。この現象を利用して素子界面に多くの電子を集めることで、超伝導スイッチングをさせたり、金属-絶縁体転移をさせたりと、beyond CMOSの素子作製が期待できます。
また、今回の結果は、酸化物エレクトロニクスにおいては界面の「酸素欠陥制御とエンジニアリング」が極めて重要であることを示唆しています。LSI用ゲート絶縁膜においてもHfO2と電極との界面での電位シフトが酸素欠陥によって引き起こされていることと根本的には同様と考えられ、放射光の威力が十分に発揮された成果と思っています。
<参考図>


図1 本研究で用いた酸化物結晶育成レーザー分子線エピタキシー(MBE)装置と
光電子分光装置からなる複合装置の概略図


図2 金属伝導を示すLaAlO3/TiO2-SrTiO3界面と
絶縁体LaAlO3/SrO-SrTiO3界面の放射光光電子分光結果の概略図

図3 今回の研究により精密に決定されたLaAlO3/TiO2-SrTiO3金属界面におけるバンド不連続
<用語解説>
注1)放射光
光速に近い電子の軌道を磁場によって曲げると軌道の接線方向に光が放出され、この光を放射光という。マイクロ波からX線にいたる広い範囲の波長をもつ最も優れた光源として、科学技術の広い分野で用いられている。
注2)光電子分光法
物質に光を当てると、外部光電効果によって光電子が飛び出す。この光電子のエネルギーを測定することにより物質中の電子状態を調べる手法のこと。
注3)電気双極子
微小距離を隔てて、等価の正電荷と負電荷を一対で持つもの。
注4)beyond CMOS
微細化の限界のために性能の向上が今までのペースでは続かないと考えられているCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor:相補的金属酸化物半導体)技術によるエレクトロニクスデバイスにおいて、新原理・新概念によりそれを超えることを目指す技術の総称。
注5)フェルミ準位
固体中の電子は、最もエネルギーの低い準位から順に詰まっている。電子が詰まる上限のエネルギーをフェルミ準位(もしくはフェルミエネルギー)と呼ぶ。あるエネルギー準位がフェルミ準位と交差していれば金属になり、交差していなければ絶縁体になる。
注6)レーザー分子線エピタキシー装置
パルスレーザーをターゲット材料に照射することでターゲットから原子 (分子)の引き剥がし(アブレーション)を行い、ターゲットに対向する基板に薄膜を形成する成膜装置のこと。酸化物などの成膜に広く用いられている。
<掲載論文名および筆者>
"Origin of Metallic States at Heterointerfaces between Band Insulators LaAlO3 and SrTiO3"
(バンド絶縁体LaAlO3とSrTiO3のヘテロ界面における金属状態の起源)
K. Yoshimatsu, R. Yasuhara, H. Kumigashira, and M. Oshima
<お問い合わせ先>
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