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平成20年6月17日

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イオン輸送性ATPaseの輸送のメカニズムの一端を解明

~骨粗鬆症やがん治療の理解に役立つ可能性~

 JST基礎研究事業の一環として、京都大学 医学研究科の岩田 想 教授と村田 武士 助教らは、独立行政法人 理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域の横山 茂之 領域長らとの共同研究で、細菌内でナトリウムイオン輸送をする酵素「V型ATPase」注1)について、ローターリング注2)図1)と呼ばれる部分の立体構造や性質を明らかにしました。リチウムイオンが結合した状態でX線結晶構造解析注3)にも成功、V型ATPaseの選択的なイオン輸送メカニズムの一端を解明しました。
 V型ATPaseは細胞核を有する細胞(真核細胞)の多くの細胞小器官の膜に存在し、プロトン輸送を行います。一方、細菌の一種、腸内連鎖球菌(Enterococcus hirae)のV型ATPaseは、真核細胞のものとよく似ていますが、プロトンでなくナトリウムイオンを輸送する特徴を持っています。ナトリウムイオンは、X線結晶構造解析や放射性同位体注4)を用いた実験において、プロトンより検出しやすいという有利な点があります。そのため、村田 助教らはこれまで、腸内連鎖球菌のV型ATPaseを用いて研究を行い、ナトリウムイオンと強く結合するローターリングの構造を明らかにしました。
 本研究により、ローターリングには、ナトリウムイオン以外にリチウムイオンやプロトンが強く結合することが分かりました。また、ナトリウムイオンがローターリングに結合・解離する速度は、酵素そのもののそれより極めて遅いことも分かりました。このことは、ローターリングからナトリウムイオンが解離をする際に、酵素のローターリング以外の部分が重要な役割を担っていることを示唆するものです。
 本研究結果は、真核生物注5)のプロトン輸送のメカニズムを解明する上で極めて重要な成果で、ひいてはV型ATPaseがもたらす疾病の理解や治療に役立つものと期待されます。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の電子版で2008年6月16日の週(米国東部時間)に公開されます。

 本成果は、以下のJSTの事業・研究プロジェクトと、文部科学省タンパク3000プロジェクトおよびターゲットタンパク研究プログラムによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「岩田ヒト膜受容体構造プロジェクト」
研究総括 岩田 想(京都大学 大学院医学研究科 教授)
研究期間 平成17~23年度
 JSTはこのプロジェクトで、医薬の主要なターゲットでありながら構造解析の非常に困難なヒト膜たんぱく質、特に膜受容体のように極めて疎水的な膜たんぱく質の構造解析のための普遍的な技術の確立を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 酵素の一種であるV型ATPaseは真核生物の多くの細胞小器官の膜(例えば小胞の膜)に存在するほか、破骨細胞やがん細胞、尿細管を形成する細胞の細胞膜にも存在します。V型ATPaseの構造は複数のサブユニットからなる複合体で、主として膜外にある部分をV1、主に膜内にある部分をVoと呼んでいます(図1)。V1はATPで駆動するたんぱく質モーター部分です。Voはモーターのエネルギーで回転する車軸と車輪部分で、回転の際にプロトンを輸送します。車輪の部分は10個のユニットから構成されており、ローターリング(車輪のような部分)と呼んでいます。膜の外から中へプロトンが輸送されると、細胞内や小胞内のpHは酸性に傾きます。V型ATPaseの機能異常は、骨粗鬆症やがん、大理石病注6)、難聴、尿細管性アシドーシス注7)などの疾病に関係していることが報告されています。V型ATPaseは生理学・医学的にも重要な酵素でありながら、どのようにプロトンを輸送するかに関して解明が進んでいません。
 一方、高い塩濃度または強アルカリ環境で暮らすある種の生物は、ナトリウムイオンを輸送する機能を持つように進化しています。村田 助教らはこれまで、腸内連鎖球菌(Enterococcus hirae)のV型ATPaseを発見し、生理的な条件で、ナトリウムイオンやリチウムイオンを輸送することを明らかにしました。このV型ATPaseは真核生物のV型AT Paseと構造や機能が類似しているので、真核生物の輸送メカニズムを研究する際にモデルとして利用することができます。2005年に、ナトリウムイオンが結合したローターリングの立体構造を報告しました(図2)。本研究では、リチウムイオンが結合したローターリングの立体構造を解明するとともに、ローターリング単独のイオンの結合・解離の性質を調べました。

<研究の内容>

1.放射性同位体のナトリウムイオンを用いたローターリングへの結合・解離実験
 精製したローターリング1つに対して、ナトリウムイオンが10個程度結合することが明らかになりました。その結合解離の速度は酵素全体への速度に比べて非常に遅いことが分かりました。

2.プロトンの結合
 酵素全体を用いた以前の研究では、プロトンとの結合を確認することはできていませんでした。ローターリングを用いた実験で、ナトリウムイオンとプロトンの間に競合的な阻害が観察されたことから、ローターリングはナトリウムイオンと同じ結合部位で、プロトンと結合することが示唆されました。

3.リチウムイオンの結合
 リチウムイオンは、ナトリウムイオンに比べて5分の1の結合活性を有していました。また、リチウムイオンを除いて各種の金属イオン(カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなど)は、ローターリングと結合しないことが分かりました。

4.リチウムイオンが結合したローターリングの立体構造
 ローターリングをリチウムイオン存在下で蒸気拡散法注8)によって結晶化しました。そして、2.8Åの解像度で得られたX線回折データは、ナトリウムイオンが結合したローターリングの構造をもとに、分子置換法注9)を用いて構造解析を行いました。リチウムイオン結合型のローターリングの基本構造は、ナトリウムイオン結合型のものと同じく10個のサブユニットから構成されており、対称性のある美しい形をしていました。リチウムイオンはリングの各々のサブユニットの側面中央に結合し、かつリチウムイオンはナトリムイオンより小さいことから、イオンの周囲のアミノ酸残基がイオンに近づいた構造を有していました(図3)。

<今後の展開>

 V型ATPaseは、モーター、車軸、車輪などからなる装置で、分子機械といえる複雑で精緻な構造を有しています。ATPの加水分解の際に生じるエネルギーを利用し、車輪を回転します。車輪は10個のパーツに分かれ、それぞれのパーツに、ナトリウムイオンが結合できる場所を持っていることが分かっています。車輪が少し回転すると、結合していた場所からナトリウムイオンが解離し、膜中のイオンの輸送路を通って、膜の内側へ移動すると考えられています。イオン輸送のメカニズムはまだ解明されていませんが、いくつかの説が提唱されています。
 本研究成果により、ローターリング部分では酵素そのものより放射性同位体ナトリウムイオンの結合・解離の速度が極めて遅いことが明らかになりました。これは、酵素のローターリング以外の部分に、ナトリウムイオンの放出を加速する仕組みが隠されていることを意味します。イオン輸送の際にイオンの結合・解離は、膜内V1部分(Iサブユニット)にイオン輸送路があって、この部分とローターリングの境界面で起こるものと推測されます。V型ATPase全体の立体構造がさらに詳細に分かれば、イオン輸送メカニズムの解明が一層進むと考えられます。細菌のナトリウムイオン輸送のメカニズムの研究成果によって、真核生物のプロトンの輸送に関するメカニズムの解明が進み、真核生物のV型ATPaseがもたらす疾病の理解や治療に役立つものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 真核細胞V型ATPase(左)と細菌V型ATPase(右)


図2図2

図2 ナトリウムイオン結合ローターリングのX線結晶構造


図3 図3

図3 金属イオン結合部位のX線結晶構造

<用語解説>

注1)V型ATPase
 細胞核を有する細胞(真核細胞)の多くの細胞小器官の膜に存在するほか、破骨細胞やがん細胞などの細胞膜にも存在する。ATPのエネルギーを使ってプロトンを輸送する。また、細菌の細胞膜にも存在し、プロトンまたはナトリウムイオンを輸送する。

注2)ローターリング
 回転機構を有するV型ATPaseなどの酵素で、回転する膜内在性リング部分を指す(図1参照)。

注3)X線結晶構造解析
 X線の回折の結果を解析して、結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法。質の高い結晶を得ることが大事である。

注4)放射性同位体
 ラジオアイソトープとも呼ばれ、構造が不安定なため時間とともに放射性崩壊していく核種。今回使用したものは、ナトリウム22。

注5)真核生物
 構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる構造を有する生物。

注6)大理石病
 遺伝子の異常で破骨細胞が機能しなくなる病気。古い骨が蓄積したまま新しい骨が形成されるので、骨の密度が高まる。X線撮影では大理石状の白い像が映る。

注7)尿細管性アシドーシス
 尿細管がうまく機能しなくなり、血液から酸を取り除いて尿に排出できなくなる。血液の酸性度が上昇し、身体にさまざまな異常を生じる。

注8)蒸気拡散法
 結晶化方法の1つ。少量の沈殿剤を溶かしたたんぱく質水溶液の水滴(ドロップ)と高濃度の沈殿剤水溶液を用意し、ひとつの閉鎖空間内に直接接触しないよう封入する。このドロップから発生する水蒸気が高濃度の沈殿剤水溶液へ徐々に移動するに伴って、ドロップ中のたんぱく質と沈殿剤の濃度が上昇し、やがて結晶化する。

注9)分子置換法
 X線の回折のデータ解析法の1つ。既に解かれた構造を利用する。

<掲載論文名>

"Ion binding and selectivity of the rotor ring of the Na+-transporting V-ATPase"
(ナトリウムイオンを輸送するV型ATPaseのローターリングのイオン結合とその選択性のメカニズム)
doi: 10.1073/pnas.0800992105

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
岩田 想(イワタ ソウ)
京都大学 大学院医学研究科 教授
〒606-8501 京都市左京区吉田近衛町
Tel: 075-753-4372 Fax: 075-753-4660
E-mail:

<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業部 研究プロジェクト推進部
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