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平成20年5月20日

高知大学
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生細胞膜上の分子の動的な会合を観察する調査方法を開発

(分子間ネットワークの解明に道)

 国立大学 法人高知大学 医学部の本家 孝一 教授と小谷 典弘 助教らは、JST基礎研究事業の一環として、これまで困難とされていた、生きている細胞膜注1)上の分子の会合状態を標識して観察する方法を開発しました。
 これまで細胞膜上の静的な分子の集合体を調べることは可能でした。しかし、生きている細胞の分子の集団は必要に応じて集合や離散を繰り返すことから、その動的な分子会合を調べる方法の開発が望まれていました。
 本研究グループは、従来、紫外線によって活性化されることが知られていたアリールアジド注2)基が、西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)注3)という酵素でも活性化されることを発見し、この反応をEMARS反応と命名しました。次いでこの反応を利用し、細胞膜上の任意の分子から300ナノメートル以内に近接して存在するたんぱく質分子に目印を付けることにも成功しました。この方法の特徴は、これまで不可能とされていた生きている細胞の膜上の分子に適用が可能なことです。
 今回開発された方法は、細胞分子生物学の研究において細胞膜上に存在する分子間のネットワークの解明に役立つことから、それらを標的とする創薬研究のツール開発に発展することが期待されます。
 本研究は、国立大学法人 大阪大学の谷口 直之 教授、東北薬科大学の顧 建国 教授、国立大学法人 高知大学の宇高 恵子 教授と共同で行ったものです。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2008年5月19日の週(米国東部時間)に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
(研究総括:谷口 直之 大阪大学 微生物病研究所 寄付研究部門 教授、理化学研究所 基幹研究所 バイオサイエンス研究領域 システム糖鎖生物学研究グループ グループディレクター)
研究課題名 病態における膜マイクロドメイン糖鎖機能の解明
研究代表者 本家 孝一(高知大学 医学部 教授)
研究期間 平成16年10月~平成22年3月
 JSTはこの領域で、さまざまな生体分子群の有する糖鎖の新たな生物機能を解明し、その利用技術を探索するための研究を推進しています。本研究課題では、発生・分化、癌、ウイルス感染、免疫における膜マイクロドメイン機能に関わる糖鎖の役割解明を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 現在、生命科学の研究対象は、個別分子の機能から分子集団が織りなす複合現象の研究へと移行しつつあります。後者は、どのような分子群が、どんなタイミングで、どのように集合して、組織機能を発揮するようになるかを研究します。
 細胞膜上では、たんぱく質など機能分子がダイナミックに動き回り、分子同士が必要に応じて集合離散を繰り返しています。分子が集まっている部分を膜ミクロドメイン注4)と呼びますが、これは動的な構造体で、刺激に応じて大きく寄り合ったり小さく分散したりします。膜ミクロドメインは、細胞接着、細胞増殖、分化、免疫反応などの重要な生命現象の場として働いています。
 膜ミクロドメインの機能を明らかにするためには、どんな分子が集まってくるかを知らなければなりません。膜ミクロドメインを生化学的に扱う方法として、膜ミクロドメインがそれ以外の細胞膜部分を溶解する性質をもつ薬剤である界面活性剤注5)に不溶である性質を利用して、溶け残った膜ミクロドメインを密度勾配超遠心法注6)で分離する方法がよく使われていますが、この方法では多種多様な膜ミクロドメインを十把一絡げに回収してしまい、個々の膜ミクロドメインに集まる分子を特定できません。
 細胞表面の分子間の接近は、電子顕微鏡、一分子追跡法、蛍光共鳴エネルギー移動注7)などによって調べられていますが、これらの手法では対象とする2分子が何かを予め知っておく必要があります。従って、これまで任意の分子の周りにどんな分子が集まってくるかを調べることはできませんでした。

<研究の内容>

 今回、本研究グループは生きている細胞の表面膜上に存在する任意の分子と近接する分子を標識するための新しい手法を開発し、これまで用いられてきた調査手法の欠点を解消することに成功しました。
 本研究グループは、これまで紫外線によって活性化されることが知られていたアリールアジド基が、HRPの作用でナイトレンラジカル注8)化することを発見し、Enzyme-Mediated Activation of Radical Sources(EMARS)反応と命名しました(図1)。
 そして、このEMARS反応による生細胞の細胞膜上任意分子と近接する分子を同定する方法の原理を考案しました。
 はじめに、細胞表面に存在する任意の分子(標的分子)に対する抗体を準備し、HRPを結合させます(HRP標識抗体)。これを細胞に添加すると、目的の膜表面たんぱく質を抗体が認識するため、目的たんぱく質上にHRPが固定されます。そこへ、ビオチン注9)という分子とアリールアジドを結合した試薬を添加すると、標的分子上のHRPによってアリールアジド基が活性化され、ナイトレンラジカルを生じます。ラジカルは、水など周囲の分子と反応してすぐに消え、HRPの近傍の分子とだけ反応して、これをビオチン化します。このため、目的とする特定のたんぱく質のごく近傍に会合した分子のみがビオチンで標識されることになります。ここまでの反応を細胞が生きている状態で行います。この後、定法により細胞膜を界面活性剤処理によって可溶化して、不溶の膜ミクロドメインを回収し、抗体アレイ法注10)などでビオチン化した分子を検出すると標的分子と近接する分子を同定することができます。
 共焦点レーザースキャン顕微鏡で観察したところ、EMARS反応でビオチン化された分子は標的分子と共に局在していました。 また、免疫電子顕微鏡注11)では、標的分子から300ナノメートル以内の分子がビオチン化されることが分かりました。この距離は、ちょうど活性状態の膜ミクロドメインのサイズに相当することから、本法は活性状態の膜ミクロドメインに集まる分子を同定するのに有用です。

<今後の展開>

 膜ミクロドメインは、発生・分化、がん、ウイルス感染、免疫などさまざまな生命現象に関わることから、本方法は、それらの生命現象における膜ミクロドメインの分子間ネットワーク解明に役立つものと思われます。さらに、分子間ネットワークを標的とする創薬に発展することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 EMARS反応

 アリールアジドビオチンのアリールアジド基が、西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)の作用でナイトレンラジカルに活性化される。

図2

図2 EMARS反応による生きている細胞膜上の任意分子と近接する分子を同定する方法

 まず、生きている細胞の表面に存在する任意の分子にHRP標的抗体を結合させます。次にアリールアジドビオチンを添加して、HRPによってアリールアジド基を活性化させます。ラジカルはHRPの近傍の分子とだけ反応してビオチン化します。その後、細胞膜を可溶化して、抗体アレイ法などでビオチン化した分子を検出します。

<用語解説>

注1)細胞膜
細胞の内外を隔てる生体膜のことで、単なる静的な隔壁ではなく、隣の細胞とコミュニケートしたり、受容体を介して細胞外からのシグナルを細胞内に伝えたり、異物を取り込んで細胞内に輸送したり、細胞と環境の仲介をしている。

注2)アリールアジド
光感受性の官能基で、紫外線照射するとナイトレンラジカル(注8参照)を生じ、近傍のたんぱく質のアミノ酸残基と共有結合する。

注3)西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)
西洋わさび由来の酵素の一種で、抗体の標識によく使われる。ペルオキシダーゼは、過酸化水素や過酸化物を還元することにより基質(酵素によって作用を受ける化合物や分子)の酸化を触媒する酵素。

注4)膜ミクロドメイン
細胞膜やオルガネラ膜上に存在し、コレステロールやスフィンゴ(糖)脂質に富み、周囲より固い島状の領域を膜ミクロドメインと呼ぶ。代表的なものにカベオラや脂質ラフトなどがある。

注5)界面活性剤
分子内に水になじみやすい部分(親水基)と、油になじみやすい部分(疎水基)を持つ物質の総称で、両親媒性分子ともいう。洗剤の主成分であり、生化学的には生体膜のリン脂質二重層を分散して、膜たんぱく質を可溶化(水に溶けにくい疎水性の物質をミセルの内部に取り込んで水溶性にすること)するのに使われる。

注6)密度勾配超遠心法
遠心管中の溶液にショ糖などで密度勾配をつくり、試料を加え高速遠心すると、沈降係数(分子の比重、形、分子量の大きさで決まる分子の重さ)の大きいものほど早く沈降することを利用して試料を分離する方法。

注7)蛍光共鳴エネルギー移動
蛍光共鳴エネルギー移動は、近接した(10nm以内)2種類の色素分子の間で、励起エネルギーが電磁波にならず電子の共鳴により直接移動する現象。このため、一方の分子(供与体)で吸収された光のエネルギーによって他方の分子(受容体)から蛍光が放射される。

注8)ナイトレンラジカル
アリアルアジド基に紫外線を照射すると分解されて反応性の高い中間体であるナイトレン(ニトレン)を生じる。できたナイトレンは近傍のたんぱく質のアミノ酸と共有結合を形成する。

注9)ビオチン
水溶性ビタミンの一種でカルボキシル基転移酵素の補酵素として働く。卵白たんぱく質のアビジンや放線菌由来のストレプトアビジンは、ビオチンと非常に強く結合するため、標的分子にビオチンを結合して目印とし、これをアビジンあるいはストレプトアビジンで検出する方法が用いられている。

注10)抗体アレイ法
異なる抗原たんぱく質の部分構造を認識する抗体を、膜などの支持体にスポットして固定したものです。これにより、サンプル中に複数の抗原たんぱく質が含まれた場合でも、各々の抗体が認識するたんぱく質を一度に検出することで、短時間に解析することが可能となります。

注11)免疫電子顕微鏡
あらかじめ目的分子に対する抗体に金コロイドなどの電子密度の高い物質で標識したものを用意し、組織や細胞などのサンプル中に含まれる抗原分子に結合させ、電子顕微鏡下で可視化させる観察方法です。

<論文名>

“Biochemical visualization of cell surface molecular clustering in living cells”
(生きている細胞における細胞表面分子会合の生化学的可視化法)
doi: 10.1073/pnas.0710346105

<お問い合わせ先>

本家 孝一(ホンケ コウイチ)
高知大学 医学部 生化学講座
〒783-8505 高知県南国市岡豊町小蓮
Tel:088-880-2313 Fax:088-880-2314
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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