この物質は、LaO1-xFx層とFeAs層が交互に積層した層状構造を持つ化合物であり、細野教授らのグループが、絶対温度32度で超伝導転移を示すことを世界に先駆けて発見(平成20年2月18日 JSTおよび東京工業大学の共同発表;米国化学会誌「Journal of American Chemical Society」に速報の論文掲載注1))しており、定数の最適化などにより転移温度のさらなる上昇が期待されていました。
本研究グループは今回の研究で、同物質に高い圧力を系統的に加えていったところ、4ギガパスカル(4万気圧)の圧力下で、超伝導転移温度が絶対温度43度まで上昇することを見出しました。この転移温度は、銅酸化物系超伝導体以外では最高です。
高い圧力を加えて転移温度が上昇することは、過去に銅酸化物系超伝導物質などでも分かっている現象ですが、今回の物質系での加圧に対する転移温度の上昇は、銅酸化物系のそれに比べて非常に大きく、圧力が物質に与えるメカニズム、ひいては超伝導を引き起こすメカニズムそのものが銅酸化物系とは根本的に異なることが考えられます。また今回の発見は、ランタン(La3+)よりもイオン半径が小さい元素を選択すると、転移温度のさらなる上昇を期待できることが強く示唆されたことになります。今後の高温超伝導新物質の探索をはじめとした研究に、新たな展開が期待できるといえます。
本研究成果は、2008年4月23日(英国時間)の英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。
戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)
研究プロジェクト:「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」
研究総括:細野 秀雄(東京工業大学 フロンティア研究センター 教授)
研究期間:平成16年10月~平成21年9月
本プロジェクトは、ERATO細野透明電子活性プロジェクト(平成11年10月~平成16年9月)で得られた研究成果を発展させ、酸化物および関連化合物の結晶構造中に存在するナノ構造を有効に活用し、透明半導体材料、フレキシブル薄膜トランジスタ、光機能等の新機能材料を開拓しています。
<研究の背景と経緯>
超伝導とは、ある温度(転移温度)以下で電気抵抗がゼロになる現象のことを指します。低電力損失送電や強磁場発生、演算素子などへの応用の期待を踏まえ、より高い転移温度を示す超伝導物質の探索研究が進められています。これまでの研究では、超伝導物質には大きく分けて、金属系超伝導物質(MgB2:2ホウ化マグネシウム など)と銅酸化物系超伝導物質(Y-Ba-Cu-O:イットリウム・バリウム・銅酸化物 など)が存在するとされていましたが、細野教授らの研究グループは、2006年7月および2008年2月と続けて、鉄(Fe)を含むオキシニクタイド化合物LaOFePn(La:ランタン、O:酸素、Pn:リンやヒ素)物質系が超伝導を示すことを、世界に先駆けて発見しました。
細野グループが発見した超伝導物質は、磁性元素である鉄を含むにもかかわらずリンやヒ素と組み合わさることで超伝導を示すもので、これまでの物質科学の常識を覆す可能性が指摘されています。そして、金属系、銅酸化物系とは違う「新系統の高温超伝導物質」と考えられるようになっています(図1)。特にLaOFeAs系において超伝導転移温度が絶対温度32度、という同グループの報告(2008年2月18日にJSTおよび東京工業大学の共同プレス発表;米国化学会誌「Journal of American Chemical Society」に速報の論文掲載)以降は、査読前の論文原稿を掲示できるWebサイト・arXivで、細野グループの追試や各種物性測定、理論計算などのの報告、構成元素の一部を別の元素で置換することによる超伝導転移温度レコードの更新の報告が次々掲示されており、新タイプの高温超伝導物質を巡る研究は激しさを増してきました。
LaOFeAs系は、LaO層とFeAs層が交互に積層した層状構造を持つ化合物で、LaO層の酸素イオン(O2-)の一部がフッ素イオン(F-)で置換されることにより、FeAs層に電子が注入され、これが引き金となって超伝導を示すのではないか、と考えられています(図2)。こうした構造的および物理的特徴は銅酸化物系と類似しますが、その詳細な超伝導メカニズムはまだ分かっていません。
<研究の内容>
細野グループは自らの新系統高温超伝導物質発見の直後から、高圧下の超伝導物性を専門とする高橋教授のグループとの共同研究を手がけ、今回、酸素イオンの一部をフッ素イオンで置換したLaO1-xFxFeAsで、超高圧、つまり物質構造を歪ませることによって、超伝導特性にどのような変化が現れるのかを調べる実験を行いました。3ギガパスカル(GPa:1GPa=1万気圧)までの圧力には、ピストン型のシリンダー装置を、それ以上の圧力には、ダイヤモンドアンビルセル注2)と呼ばれる装置を使用しています。図3は、ダイヤモンドアンビルセル測定における試料の写真です。
今回の成果のポイントを以下に示します。
<今後の展開>
圧力を加えて超伝導転移温度が上昇するという事実は、これまで銅酸化物系でも分かっている現象ですが、今回の物質系での加圧に対する転移温度の上昇は、銅酸化物系のそれに比べて非常に大きく、銅酸化物系とは異なる超伝導メカニズムが支配的であると考えられます。今後、各種物性測定や理論計算に基づくシミュレーションの結果などが組み合わさることによって、メカニズムの理解が深まるものと思われます。
また今回の実験事実は、LaO1-xFxFeAsにおいて超伝導状態を生じると考えられるFeAs層を挟むLaO1-xFx層のランタンイオン(La3+)を、よりイオン半径が小さい元素に置換すれば、圧力を加えなくとも、転移温度の上昇が期待できることを示唆してます。実際に、中国の研究グループらは、ランタン(La3+)よりもイオン半径の小さいプラセオジム(Pr3+)やサマリウム(Sm3+)が含まれた物質では、超伝導転移温度が絶対温度50度付近まで上昇するという報告を、arXivに掲載しています。
このように圧力効果の研究を進めることは、元素の選択とともに、新物質の探索に重要な役割を果たすのではないかと考えられます。銅酸化物系化合物においても、例えば常圧では半導体であったものが、圧力下で金属となり、さらに超伝導となるものもありますが、同じようなことが今回の鉄オキシニクタイド化合物系にも期待されます。今回の発見を踏まえて、高温超伝導新物質の探索をはじめとした研究が一層進展すると考えられます。
<参考図>
図1 超伝導転移温度の年度推移
図2 LaOFeAs系の結晶構造
図3 ダイヤモンドアンビルセルの写真
図4 抵抗率・温度特性の圧力依存性
図5 抵抗率・温度特性の圧力依存性
図6 超伝導転移温度の圧力依存性
<用語解説>
注1)
"Iron-Based Layered Superconductor La[O1-xFx]FeAs (x = 0.05-0.12) with T c = 26 K"Journal of American Chemical Society; (Communication); 2008; 130(11); 3296-3297.
注2)ダイヤモンドアンビルセル
天然または人工のダイヤモンドを使って超高圧を実現するための機械です。これを用いると、100GPaを超える圧力まで発生させることが可能ですが、0.1mm以下の試料への電極付けなどを手作業で行う必要があり、非常に難易度の高い実験であるといえます。
<論文名>
"Superconductivity at 43 K in an iron-based layered compound LaO1-xFxFeAs"
(鉄系層状化合物 LaO1-xFxFeAs における絶対温度43度での超伝導)
H.Takahashi*,K.Igawa,*K.Arii*, Y.Kamiahra**, M.Hirano**, H.Hosono **
* 日本大学、** JST、東京工業大学
doi: 10.1038/nature06972
<お問い合わせ先>
細野 秀雄(ほその ひでお)
東京工業大学 フロンティア研究センター 教授
〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町 4259
Tel: 045-924-5127 Fax: 045-924-5127
E-mail:
高橋 博樹(たかはし ひろき)
日本大学 文理学部 物理学科 教授
〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40
TEL: 03-3329-1151 FAX: 03-5317-9432
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小林 正(こばやし ただし)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
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