細胞は、分裂を繰り返して増殖します。この細胞分裂の周期を細胞周期と呼びます。一周期が進む過程で細胞のDNAは複製され、それを二分するように細胞分裂が起こります。例えば生物の発生や再生においては、増殖と分化とが見事に絡み合って、組織、器官、そして個体が形成されていきます。そうした制御が破綻して細胞の増殖が盛んになると、がん(癌)になります。細胞周期に基づく細胞増殖の状況を個体のレベルで調べることが重要であることはわかっていましたが、細胞周期の進行を逐次、観察(モニター)することを可能にするイメージング技術はありませんでした。
今回の新しい技術は、細胞周期の特定の時期に存在する2種類のタンパク質を選び、それぞれ色が異なる蛍光タンパク質で標識(ラベル)したプローブを作製することで実現しました。このプローブを導入すると、分裂後からDNA複製前の時期にある細胞の核は赤色の蛍光を、DNA複製から分裂前の時期にある細胞の核は緑色の蛍光を発するようになります。この技術を利用して、マウスに移植したがん細胞の浸潤・転移や、マウスの胚で起こる神経細胞の分化、移動などにおける細胞周期進行の時空間パターンを観察することに成功しました。
この技術を活用することにより、生物発生の形態形成、創傷治癒、がん化などのメカニズムに関して新たな知見がもたらされることが期待されます。また、がんの治療評価や診断法開発、さらには移植後の胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)の増殖をモニタリングする技術の開発に役立つことが予想されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell 』(2月8日号)に掲載されます。
1.背景
細胞の分裂(増殖)は、細胞周期と呼ばれるサイクルにしたがって進行します(図1)。細胞周期は、分裂が起こるM(Mitosis)期と、DNAの複製が起こるS(Synthesis)期、それぞれの間をつなぐG1(Gap1)期、G2(Gap2)期からなります。周期は、G1→S→G2→M→G1→・・・の順に進み、G1期とG2期には、それぞれS期とM期に入るための準備と点検が行われます。近年、生命の根幹をなす細胞周期の進行の自律的メカニズムが、分子レベルでどんどん解明されてきました。また、組織、器官、個体において、細胞はさまざまな外的要因の影響を受けて細胞周期の進行を調節していることが明らかになっています。一方、発生や再生における形態形成、がん(癌)の浸潤や転移など、さまざまな現象の中で細胞周期の進行がどのような時空間パターンを示すのかについてはほとんどわかっていません。従来の研究では、細胞が増殖モードに入ったことを調べるために、ブロモデオキシウリジン※1という物質を取り込ませてDNAの複製を検出する方法が行われてきました。しかし、この方法では、抗体染色のために細胞を固定する必要があり、生きた状態での観察が行えません。細胞周期の進行をリアルタイムに可視化する技術の開発が切望されていました。
2.研究手法と成果
細胞は、多くのタンパク質分子が参加するネットワーク制御のもと、細胞周期を規則正しく進行させています。研究グループは、細胞周期の特定の時期にのみ存在するCdt1※2とGeminin※3という2つのタンパク質に着目しました。細胞周期の中で両タンパク質の量は、ダイナミックにかつ正確に調節されています。Cdt1は、分裂を終えた細胞がDNA複製の準備をするG1期にもっとも増加し、S/G2/M期には存在しません。逆にGemininは、DNA複製から細胞分裂に至るS/G2/M期に増加し、G1期には存在しません。このような細胞周期に則した特定のタンパク質の量の調節は、ユビキチン-プロテアソーム系※4による選択的なタンパク質分解反応によって達成されています。細胞周期の特定の時期に機能すべきタンパク質は、常に合成されながら、機能すべきでない時期になるとすみやかに分解されます。そこで、Cdt1とGemininの分解に関わる領域を選び出し、それぞれに2種類の蛍光タンパク質を結合させG1期及びS/G2/M期に蛍光を発するようなプローブを作製し、Fucci (Fluorescent ubiquitination-based cell cycle indicator:「フーチ」と発音) と命名しました(図2)。
Fucciの開発に当たり、Cdt1には赤色の蛍光を発するmKO2※5という蛍光タンパク質を、またGemininには緑色の蛍光を発するmAG※6という蛍光タンパク質をそれぞれ結合させました。具体的には、Cdt1(全長546アミノ酸)の、機能領域を除く調節領域をコードする遺伝子に、mKO2をコードする遺伝子を組み込みました。同様に、Geminin(全長209アミノ酸)の、機能領域を除く調節領域をコードする遺伝子に、mAGをコードする遺伝子を組み込みました。そもそも、プローブには細胞が持つ本来の機能を阻害しないように働くことが求められます。プローブが分子スパイと呼ばれる所以です。研究グループは、何種類ものプローブを作製し、それらの性能および細胞が受ける影響を詳細に検討しました。長時間の観察には、インキュベーター顕微鏡※7を用いました。
その結果、Cdt1に関しては、アミノ酸番号で30番から120番までの領域にmKO2を繋いだもの(mKO2-hCdt1(30/120))が、また、Gemininに関しては、アミノ酸番号で1番から110番までの領域にmAGを繋いだもの(mAG-hGem(1/110))が、プローブとして最も適していることを見いだしました(図2)。これらのプローブは、それぞれ内在性のCdt1、Gemininと調節領域を共有するため、細胞内に導入されるとCdt1、Gemininと同じパターンで出現、消失することになります。
この様な作業を経て作製したFucciを、増殖を繰り返すHeLa細胞に恒常的に発現させ、タイムラプスイメージング※8で観察したところ、細胞の核の色が細胞周期の進行に応じて、赤→緑→赤→と交互に変化することが確認できました(図3)。すなわち、生きた状態で、G1期にある細胞の核を赤色に、S/G2/M期にある細胞の核を緑色に標識することができたのです。
研究グループは、Fucciをマウス個体に応用する実験(以下2例)を行い、この蛍光プローブの威力を示しました。
3.今後の期待
Fucci技術は、以下のような分野で使われることが予想されます。学術分野および産業分野の両方で普及させることを狙い、材料となる蛍光タンパク質は純国産のものを使っています。
<報道担当・問い合わせ先>
独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
チームリーダー 宮脇 敦史(みやわき あつし)
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脳科学研究推進部 嶋田 庸嗣(しまだ ようじ)
TEL:048-467-9596 FAX:048-462-4914
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独立行政法人科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
<補足説明>
※1 ブロモデオキシウリジン
ブロモデオキシウリジン(BrdU)は、チミジン誘導物質であり、DNA複製期の細胞核にチミジンの代わりに取り込まれる。細胞や組織を固定後、抗BrdU抗体を用いてDNA複製、すなわちS期に突入した細胞を検出する。
※2 Cdt1
Cdc10 dependent transcript 1の略。DNA複製のライセンス化制御因子。真核細胞のゲノムは複数の染色体から構成されており、複数の複製開始点が存在している。それら複数の開始点すべてから、1回の細胞周期で1回のみ複製が起こるように厳密に制御しているシステムが“ライセンス化”である。Cdt1は、G1期において複製開始点に局在しており、複製のライセンス化に非常に重要な役割を担っている。G1期に発現量が高く、それ以外の時期にはユビキンチン-プロテアソーム系により分解されている。
※3 Geminin
DNA複製のライセンス化阻害因子。S期に突入し、一度複製が開始されたゲノムの複製開始地点に再びライセンス化因子が結合しないように機能することで、正常なDNA複製の監視役をしている。S期に発現量が増加し、複製と同時にCdt1と結合して、複製開始地点からCdt1を引きはがすことで機能阻害をすると考えられている。M期からG1期にかけては、ユビキンチン-プロテアソーム系により分解されるため、Cdt1によるライセンス化が可能になる。
※4 ユビキチン-プロテアソーム系
ユビキチンは、タンパク質を分解に導く目印として作用し、プロテアソームはユビキチンで修飾されたタンパク質を選択的に破壊する細胞内装置である。タンパク質のユビキチン化には、各々のタンパク質を特異的に認識するユビキチン化酵素が働いており、細胞周期特異的に機能するものも多い。今回の研究では、G1期に特異的に働くユビキチン化酵素であるAPC/Ccdh1によりGemininの分解を導き、逆にS/G2/M期に特異的に働くユビキチン化酵素であるSCFskp2によりCdt1の分解を促している。
※5 mKO2
monomeric Kusabira-Orange 2の略。イシサンゴに属するヒラタクサビライシ(Fungia concinna)よりクローニングされた新規蛍光タンパク質。 2004年、理研脳科学総合研究センターの細胞機能探索技術開発チーム(宮脇敦史チームリーダー)およびアマルガム社により単離された。オレンジ色の蛍光を発し、pH安定性を示す。励起極大が551nm、蛍光極大が565nm。
※6 mAG
monomeric Azami-Greenの略。イシサンゴに属するアザミサンゴ(Galaxeidae coral)よりクローニングされた、緑色の蛍光を発する蛍光タンパク質。2003年、理研脳科学総合研究センターの細胞機能探索技術開発チーム(宮脇敦史チームリーダー)およびアマルガム社により単離された。励起極大が492nm、蛍光極大が505nm。共焦点レーザー顕微鏡に装着されている473nmの固体レーザーにより効率よく励起され、個体の長時間イメージング観察が可能である。
※7 インキュベーター顕微鏡
培養細胞にとって一番環境の良いCO2インキュベーターの中で、数週間に渡る細胞の経過観察を可能にした蛍光顕微鏡。生命科学の解明、創薬研究、再生医療などの研究に用いられる。インキュベーションイメージングシステムとしてオリンパス社において製品化されており、理研脳科学総合研究センターに2007年6月開設された「理研-BSIオリンパス連携センター」の主要機器に位置付けられている。
※8 タイムラプスイメージング
経時的画像記録のこと。細胞や組織を顕微鏡下において経時的に観察する。端末から顕微鏡とCCDカメラを制御することにより、経時的に画像を取得・保存していく。それらの画像を繋ぎ合わせて動画を作成すると、生きた細胞や組織の動態を“観る”ことができる。
※9 血行性
腫瘍塊(がん)などが血管(主に静脈)に入り、血液によって運ばれること。リンパ管を通じて運ばれることを、リンパ行性という。
※10 神経前駆細胞
神経細胞への分化能を保持した細胞。発生初期の脳原基においては多く存在しており、細胞周期も回っている。その細胞周期の“場”と“タイミング”により運命が決定されていく様が、最近のいくつかの研究により明らかになってきている。マウスの場合、胎生13日(図6、図7)では、多くの神経前駆細胞が緑色の蛍光を発しており、細胞周期が進行しているのに対して、胎生19日になるとほとんどの細胞は、赤色で停止している(神経終末分化、G1/G0休止状態。データは示していない)。