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平成19年12月21日

京都大学
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青紫色GaNフォトニック結晶面発光レーザの電流注入発振に成功

 京都大学(総長 尾池 和夫)とJST(理事長 北澤 宏一)は、青紫色領域で動作するガリウムナイトライド(GaN)フォトニック結晶(注1)面発光レーザ(注2)の開発に、世界で初めて成功しました。

 「フォトニック結晶面発光レーザ」は、(1) どのような大面積であっても安定した単一縦横モードでの動作が可能で、かつ、(2)フォトニック結晶の構造を制御することにより、ドーナツビームや真円ビームなどの様々なビームパターンの発生と偏光状態の制御が可能という優れた特長を持った京都大学独自のレーザ(注3)です。
 これまでに達成されている発振波長は、近赤外域(~980nm)に限られていましたが、このレーザの発振波長を青紫色領域(~400nm)まで短波長化することにより、その応用範囲が格段に広がると期待されます。
 例えば、ドーナツビームの発生により、現存する半導体レーザよりも、さらに小さなスポットまで絞ることが可能になり、次世代高密度光記憶ディスクシステム(注4)や極微小物質の観察および操作などへの応用が期待されます。また、大面積で単一縦横モード動作するという利点を生かすことにより、大出力青紫色レーザの実現も期待されます。さらに、2次元アレイ動作も可能となることから、その応用範囲は情報記憶、処理、加工、バイオなど様々な分野に広がります。

 今回、GaNを材料として用い、"独自のフォトニック結晶形成技術(AROG)"を開発することにより、レーザ内部に、良質のGaN/空気2次元フォトニック結晶を形成することに成功し、青紫色領域で、初めてフォトニック結晶面発光レーザの電流注入動作に成功しました。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」研究領域(研究総括:伊澤 達夫)における研究課題「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」および文部科学省プログラムのもとで、京都大学 野田 進 教授らのグループにより得られたもので、平成19年12月20日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」の速報版(Science Express)で公開されます。

<研究の背景>

 「フォトニック結晶面発光レーザ」は、2次元フォトニック結晶のバンドギャップ端における定在波状態を大面積レーザ共振器として用いる京都大学独自のレーザで、大面積であっても単一縦横モードで発振可能という優れた特長を持ちます。
 光出力は、フォトニック結晶自身の回折効果により、基板面に垂直な方向に取り出すことができるため、面発光機能を併せ持ちます。さらに、フォトニック結晶の構造を様々に変化させることにより、様々なビームパターンを得ることもできます。例えば、ドーナツビームなどの特徴的なビームを得ることが可能(注5)で、これにより、波長より格段に小さなスポットまで絞った光源として動作することが期待されます。さらに、偏光の揃った綺麗な真円ビームを出射することも可能で、大出力の面発光半導体レーザ光源としての可能性も併せ持ちます。このように、フォトニック結晶面発光レーザは、従来の半導体レーザの概念を越えた全く新しい半導体として動作するものと期待されています。
 しかし、これまでのフォトニック結晶面発光レーザは、電流注入による動作波長が近赤外域(~980nm)に限られていました。もちろん、この波長においても様々な応用が期待されますが、もし発振波長を青紫色域まで短波長化することができたならその応用可能性は格段に広がるものと期待されます。

<成果の具体的な説明>

 本研究では、短波長動作を可能とするGaNを材料に用い、新しいフォトニック結晶形成技術「再成長空気孔形成法(Air-hole Retained Over-Growth、AROG)」を開発することによりレーザ内部に良質のGaN/空気2次元フォトニック結晶を形成し、青紫色領域で動作するGaNフォトニック結晶面発光レーザを実現することに成功しました。
 青紫色GaNフォトニック結晶面発光レーザを実現する上で鍵となるのは、GaNを用いて、いかに良質のフォトニック結晶をデバイス内部に形成するかという点、つまり、100-200nmという極めて小さな周期のGaN/空気2次元フォトニック結晶構造を、活性層(光増幅を行う層)近傍にいかに形成するかが重要になります(図1A)。AROGは、半導体の結晶成長法の1つである有機金属気相成長(MOCVD)法において、GaNの結晶成長が横方向に極めて速く進むという現象に着目したものです。
 まず、AlGaN層(光閉じ込め層)およびGaN層(フォトニック結晶となる層)をGaN基板上に成長させます。続いて、最上部のGaN層に、ドライエッチング法にて、直径85nm、深さ100nm、周期185nmの円形空気孔を3角格子状に形成します(図1B)。その空気孔の底部に極薄SiO2層を形成し、引き続きMOCVD法にてGaN層を再成長させます。このとき、空気孔底部の極薄SiO2層により空気孔内の結晶成長が阻止され、空気孔の存在しないGaN最上面にのみGaNが成長するようになります。GaNの成長は横方向へより速く進むため、空気孔上部を覆うように成長し、やがてそれらが融合し、空気孔が結晶内部に埋め込まれるようになります。こうして、GaN/空気2次元フォトニック結晶を形成した後、活性層であるInGaN量子井戸層、AlGaN光閉じ込め層などを成長させ、デバイスの基本構造を完成します。
 透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた詳細な観察により、再成長した空気孔上部の結晶中には転移などの欠陥は発生していないことを確認しました。さらに、形成したGaN/空気2次元周期構造が2次元フォトニック結晶としての性質を持つことを確認するために、バンド構造を実験的に測定するとともに(図2A)、バンド構造を理論的に計算しました(図2B)。両者は、よく一致することから、形成したGaN/空気2次元周期構造が2次元フォトニック結晶としての性質を示すことが分かりました。図2Aから、2次元共振器としての良さを示す係数(共振器内部を伝播する光波の結合を示す3つの結合係数:κ123)を求めることができます。得られた3つの係数の値(κ1=830cm-12=510cm-13=160cm-1)から、レーザ発振に十分な2次元共振器効果(バンド端効果)を得るため、デバイスの電流注入部の大きさを100µmx100µmとすると良いことが分かりました。
 こうして作製したデバイスに、室温にて、パルス条件(パルス幅:500ns、繰り返し周波数1kHz)で、電流注入を行いました。この時の電流-面発光出力特性を図3Aに示しますが、この図より、明快なしきい値特性を持つことが分かります。
 また、バンド構造の測定系と同じ系を用いてデバイスの垂直方向へ16cm程度離した位置にレンズ付きファイバを設置して、しきい値前後でのスペクトルの変化(図3B)測定も行いました。ここから、しきい値よりも低い電流値では、ブロードな発光スペクトルであったものが、しきい値を超えると、非常にシャープなスペクトル(半値幅 0.15nm:測定系の分解能で決まる)に変化することが分かりました。このことは、レーザ発振を達成したことを明快に示しています。
 さらに、サンプル垂直上方に蛍光板に投影し、発光パターン(遠視野像、FFP)が発振しきい値前後でどのように変化するかを調べた結果*(図4)より、しきい値前には、ブロードな発光パターンであったものが、しきい値後、極めて小さいスポット状の輝点へと変化し、その拡がり角は、1°以下と極めて狭いことが分かりました。これは、フォトニック結晶面発光レーザの大面積コヒーレント発振可能という特長を反映したレーザ発振が確かに得られていることを表しています。なお、図3Bにおいて、発振前後でスペクトルの強度が大幅に増大しているのは、この発光パターンの変化により、光ファイバへの結合効率が大幅に変化したことを表しています。
 今後、(1) 活性層の結晶成長条件の最適化し、(2) 活性層とフォトニック結晶層の距離を小さくして2次元共振器効果をさらに強めることにより、大幅なしきい値の低減が可能となるものと期待されます。さらに、上部の電極を透明化することにより面発光効率の大幅な改善が期待されます。

* CCDカメラを設置するため、蛍光板は、デバイスに対して、やや傾けて設置され、得られた発光パターンは、やや非対称なものとなっています。

<まとめと今後の展開>

 本研究により、電流注入によって、世界で初めて青紫色領域GaNフォトニック結晶面発光レーザの発振を達成しました。このレーザは、現存する半導体レーザよりも、格段に小さなスポットまで絞れるものとして動作する可能性を持ち、次世代の高密度光ディスク用光源や、極微小物質の観測・操作用光源として活躍するものと期待されます。また、単一縦横モードで、かつ偏光が制御できる大出力青紫面発光レーザとして動作が期待されます。さらに、2次元的にアレイ化することも可能なことから、情報記憶、処理、加工、ナノバイオ等をはじめとする様々な分野における新しいキー光源としての展開につながるものと期待されます。

<参考図>

図1
図1(A)フォトニック結晶面発光レーザの模式図。(B)GaN空気2次元周期構造の表面電子顕微鏡写真(AROG前)。(C)AROG後の2次元周期構造の断面電子顕微鏡写真。
図2
図2(A)デバイス内部に埋め込まれたGaN/空気2次元周期構造のバンド構造の測定結果。挿入図は、バンド端におけるスペクトル。 (B)バンド構造の計算結果。(A)(B)の比較により、作製した構造は、2次元フォトニック結晶としての性質をもつことが分かります。
図3
図3(A) 電流-光出力特性。(B)しきい値前後におけるスペクトル。電流-光出力特性に明快なしきい値特性が現れ、しきい値の前後でスペクトルが大きく変ることが分かります。しきい値後は、スペクトルの半値幅は、測定分解能(0.15nm)以下になります。
図4
図4 しきい値前後における遠視野像の変化。(A)しきい値前、(B)しきい値直後、(C)しきい値後。しきい値を越えると明快に小さなスポットになることが分かります。このことは、フォトニック結晶面発光レーザの特長を表しています。

【補足説明】

注1 フォトニック結晶:
 フォトニック結晶は、光の波長と同程度の周期的な屈折率分布を持つ光ナノ構造を意味し、例えば、半導体(誘電体)に、三角格子状に孔をあけることにより形成可能です。この周期構造の一部を人為的に乱すこと、すなわち、孔をふさいだり、孔を大きくしたり、あるいは孔をほんの少しずらしたりすることで、伝播する光子を捕獲したり、捕獲した光子を極めて強く・長く閉じ込めたりすることが可能になります。最近では、光の波長の3乗程度と極微小でありながら、Q値(光閉じ込めの良さを表す指標)が200万を越える光ナノ共振器の実現にも成功しています。
 また、フォトニック結晶で、形成されるフォトニックバンドギャップ効果(光の存在を許さない効果)により、本来起こって欲しくない発光現象を根本から禁止し、逆に、起こって欲しいと望む発光現象のみを強く起こせることが可能であることの実証に成功しています。このことは、例えば、固体照明の本命と期待されるLEDのさらなる効率向上などにとっても、極めて重要であると考えられます。
 今回の発表では、フォトニック結晶の持つ別の特長、すなわち、フォトニックバンドギャップではなく、フォトニックバンドギャップ端に着目し、ここで生じる定在波状態を用いて、どのような大面積であっても極めて安定に動作可能なレーザの形成を目指すものです。光出力は、フォトニック結晶自身の回折効果で、基板面に垂直方向に取り出すことができます。

注2 面発光レーザ:
 面発光レーザには、大きく分けて2種類のものがあります。1つは、本研究で対象とするフォトニック結晶面発光レーザで、注1でも述べたように、フォトニック結晶のバンドギャップ端における定在波状態を用いて、大面積のコヒーレント発振を得るとともに、フォトニック結晶自身の回折効果で、光出力を基板面に垂直方向に取り出すものです。もう1つは、垂直共振器型面発光レーザ(VCSEL)と呼ばれるもので、上下に、反射鏡を設けて、共振を上下方向に行わせて、光出力をそのまま垂直方向に取り出すものです。両者ともそれぞれ独自の特長を持っていますが、フォトニック結晶面発光レーザは、大面積であっても安定に動作可能で、かつ様々なユニークなビームパターンを発生可能というところに最大の特長があります。なお、どちらの面発光レーザにおいても、青紫色領域での電流注入による発振はこれまで達成されていませんでした。

注3 本学独自のレーザ:
 京都大学は別途、高Q値フォトニック結晶ナノ共振器を用いた究極のナノレーザの研究も行っています。このナノレーザとは違って、今回の発表するレーザは、いかに大面積で安定した共振器を得るかということに注目したレーザです。

注4 次世代の高密度光ディスク用光源:
 高密度の光ディスク記録を実現するためには、光源であるレーザの発振波長を短くしていくことが重要となりますが、光ディスクの構成材料の光劣化の問題から、400nm以下に発振波長を短くしても実用上あまり意味がない状況にあります。従って、同じ発振波長であっても、ビームそのものの工夫により、波長よりもずっと小さなスポットに絞ることができるようにすることが極めて重要です。本研究で開発した青紫色フォトニック結晶レーザは、400nmよりもずっと小さなスポットに絞れる可能性を持ちます。

注5 ドーナツビームなどの各種ビームの生成:
 下記のプレスリリースをご参照ください。
  http://www.kyoto-u.ac.jp/notice/05_news/documents/060622_1.htm
  https://www.jst.go.jp/pr/announce/20060622/index.html

【掲載論文名】

GaN Photonic Crystal Surface-Emitting Laser at Blue-Violet Wavelengths
(青紫色GaNフォトニック結晶面発光レーザ)
doi: 10.1126/science.1150413

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」
(研究総括:伊澤 達夫 東京工業大学 副学長)
研究課題名「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」
研究代表者野田 進(京都大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間平成17年10月~平成23年3月

【お問い合せ先】

野田 進(のだ すすむ)
京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2315(または 7030) Fax:075-383-2317
E-mail:

金子 博之(かねこ ひろゆき)
科学技術振興機構 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
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