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平成19年12月21日

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『分子の花火』を用いて超高速で回遊する水素の可視化に成功

 自然科学研究機構 分子科学研究所(所長 中村 宏樹)と科学技術振興機構(JST 理事長 北澤 宏一)は、クーロン爆発と呼ばれる現象を利用した新しい計測法で、分子の中を高速に動き回る水素の運動を直接捉えることに成功しました。これは、分子科学研究所 菱川 明栄 准教授らの研究グループによる成果です。

 生命活動や燃焼過程などに関わる分子の多くは水素原子を含んでいます。これらの分子に紫外線等を照射し高いエネルギーを与えると、水素原子は特定の場所に留まり続けるのではなく、分子の中を大きく動き回ることが知られています。

 今回、研究グループは、分子に強いレーザー光を照射して起こす「分子の花火=クーロン爆発」を利用して、分子の超高速の動きを捉え、分子内での水素原子の位置の変化を観測しました。その結果、10兆分の1秒程度の極めて短い時間で、水素がアセチレン2価分子イオンの片方の炭素から他方の炭素に移動し、その後元の位置に戻るという、あたかも魚の回遊のような特異な動きをしていることが明らかになりました。これは、分子内でおこる高速の水素の動きを分子の形状の変化として明瞭に捉えた、世界で初めての研究成果です。

 分子内での水素の動きは、燃焼反応や触媒反応あるいは生体での物質合成などに重要な役割を果たしています。今回の研究で用いた手法を発展させることによって、これら化学過程のより深い理解とその高精度な制御に向けた新たな指針が得られるものと期待されます。

 本研究成果は、平成19年12月31日(米国東部時間)発行の米国科学専門誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日公開されます。

ポイント

・分子内でおこる水素の動きを分子の形状の変化として世界で初めて可視化
・水素原子は、分子内を10兆分の1秒程度の極めて短い時間で回遊
・化学反応機構のより深い理解と高精度な制御への指針獲得に寄与

研究の背景

 我々の身の回りにある分子の多くは水素原子を含んでいます。通常、水素原子は他の原子と強く結合しており、それぞれの分子はある決まった幾何学的構造を持っています。これらの分子に紫外線などを照射し高いエネルギーを与えると、水素原子は特定の原子の周りに留まり続けるのではなく、分子の中を大きく動き回れるようになります。このような水素移動過程は、人や動物の皮膚におけるビタミンDの生成や、燃焼あるいは触媒反応など様々な反応過程に寄与することが古くから知られています。特に水素原子は、他の原子に比べて10倍以上軽い質量を持つため、その運動は極めて高速なものとなります。このため、光放出など競合する他の過程を抑制し、化学反応の進み方を決定づける重要な役割を果たすことがしばしばあります。しかし、その重要性にもかかわらず、分子の中を大きな範囲で動き回る水素原子の姿を捉えることは、その動きが極めて速いこと、またX線等の散乱能が低いことなどから、これまで実現が困難でした。

研究成果

 今回研究グループは、100兆分の1秒以下の極めて短い時間幅と、大きな強度を持つレーザー光を「ストロボ」として用いることによって、分子の中の水素の動きを分子の構造変化として直接捉えることに成功しました。

 レーザー光のような強い光を分子に集光すると、分子から複数の電子が速やかに剥ぎ取られ、大きなプラス電荷を持つ分子イオンになります。こうしてできた分子イオンは、プラス電荷の間に働く強力なクーロン反発力によって「爆発」し、粉々に壊れます。この壊れ方を正確に測定することによって、レーザー光が当たった瞬間に分子がどのような形をしていたかを調べることができます。これは、夜空に輝く花火の形が、尺玉の中に星(火薬玉)がどのように配置されていたかを反映することに対応しています。

 研究グループは、この「クーロン爆発」と呼ばれる現象を利用して、重水素化したアセチレン2価分子イオンにおける異性化反応を調べました。アセチレン分子は、結合した2つの炭素原子の両端に水素原子を一個ずつ付けた単純な構造を持ちます(図1)。片方の水素が他方の炭素へ移動して起こる異性化過程は典型的な水素移動反応の1つです。研究グループは、高強度レーザー光を使って反応を開始させたアセチレン2価分子イオンに別の高強度レーザー光を照射し、「分子の花火」を様々な時刻で点火することによって、水素が分子の中でどの位置にいるのかを調べました。

 その結果、水素原子が他方の炭素原子に10兆分の0.9秒程度の極めて短い時間で移動した後、再びもとの場所へ10兆分の3秒後には戻っていることが見出され、分子内を水素が「回遊」するという予想しなかった運動をしていることが明らかとなりました(図2)。これは、分子内で起こる高速の水素の動きを分子の形状の変化として明瞭に捉えた、世界で初めての研究成果です。

今後の展望

 今回の研究で用いた手法は、反応を開始させる光の波長や強度を変えることによって、様々な分子の反応過程を追跡するために応用が可能です。特に、燃焼反応や触媒反応あるいは生体での物質合成などに重要な役割を果たしている分子内での水素の動きについて研究が進められることによって、これら化学過程のより深い理解とそのコントロールに向けた新たな見通しが得られるものと期待されます。

<参考図>

図1:アセチレン型構造とビニリデン型構造
図1:アセチレン型構造とビニリデン型構造
灰色が炭素原子、緑が水素原子を表す。
図2:分子の花火=クーロン爆発を利用した水素原子移動過程の可視化
図2:「分子の花火=クーロン爆発」を利用した水素原子移動過程の可視化
時刻の単位は100兆分の1秒(10フェムト秒)。分子の形によってクーロン爆発のパターンが異なることを利用して、水素原子が分子の中でどこに位置するかを調べることができる。その結果、強いレーザー光で生成した重水素化アセチレン2価分子イオンでは、水素原子が他方の炭素原子に10兆分の0.9秒程度の極めて短い時間で移動した後、10兆分の3秒後に再び元の場所へ戻ってくることが分かった。

発表論文

雑誌:Physical Review Letters、99巻 (12月31日付)
題目:Visualizing migrating hydrogen in acetylene dication by intense ultrashort laser pulses
著者:菱川 明栄、松田 晃孝、伏谷 瑞穂、高橋 栄治

研究サポート

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の創成・操作と展開」(研究総括:伊藤 弘昌 東北大学 大学院工学研究科 客員教授)の研究課題「光電子ホログラフィーによるレーザー場反応追跡」の研究の一環として、菱川 准教授らが行ったものです。

本件に関するお問い合わせ先

菱川 明栄(ひしかわ あきよし)
自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域 光分子科学第三研究部門、分子制御レーザー
開発研究センター(併任)
URL:http://groups.ims.ac.jp/organization/hishikawa_g/Welcome.html
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E-mail:

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