電圧ゼロでも電荷を蓄える機能をもつ強誘電体を利用した不揮発性メモリーの研究・開発が全世界で行われています。従来、有害な鉛を含むPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)がメモリー材料として主流でしたが、近年は、非鉛のビスマス系強誘電体が開発され、注目を集めています。しかし、純粋なもの【Bi4Ti3O12(BiT)】では、+極と-極を反転させるという書き換え操作を繰り返すとメモリー機能が失われてしまうという欠点がありました。近年、ビスマス元素の一部をランタン元素で置換したもの【Bi3.25La0.75Ti3O12(BLT)】が、実用に耐えうる1兆回もの書き込み・読み出しを行っても性能が劣化しないということがわかってきました。しかし、なぜ、耐久性が高くなるかについては謎でした。BLTの高耐久性の仕組みを調べるために、大型放射光施設(SPring-8)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で非常に高いエネルギーのX線を用いて回折実験を行ったところ、新たに加えたランタン金属原子や元からあるビスマス金属原子が酸素原子とどの方向にも強く手をつなぐ新たな化学結合を形成し、酸素原子が材料から脱離してしまうことを抑制していること、そして、このようにして作られた酸素欠損のないきれいに原子が並んだ材料では、書き込みの際に材料の中で原子の移動がスムーズに行われるので優れた耐久性が実現されるということが原子レベルで解明できました。この成果により元素置換の役割がはっきりと理解され、化学結合を制御するという観点から新材料を開発する指針ができました。今後は、鉛などの有害な元素を含んでいるにもかかわらず代替物質がないとの理由で今もなお使用が続けられている他の材料も、このような"化学結合を利用した魔法の置換"により地球環境にやさしい材料へ置き換わっていくことが期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版(8月10日付)に掲載されました。
(論文)
"Direct observation of oxygen stabilization in layered ferroelectric Bi3.25La0.75Ti3O12"
S. J. Kim, C. Moriyoshi, S. Kimura, Y. Kuroiwa, K. Kato, M. Takata, Y. Noguchi, M. Miyayama
Applied Physics Letters 91, 062913 (2007), published online 10 August 2007
doi: 10.1063/1.2768906
1.背景
強誘電体※1の分極ヒステリシス特性(図1)を利用した不揮発性メモリーの研究・開発が、全世界で盛んに行われています。他の不揮発性メモリー(MRAMやPRAMなど)に比べ、強誘電体メモリー(FRAM)※2は、消費電力が小さく、高速でのデータ書き込み・読み出しが可能であることから、「究極のメモリー」として位置づけられています。
強誘電体を薄膜化しFRAMに応用するには、大きい残留分極(Pr)をもつこと、分極反転の繰り返しに対してそのPrの値が低下しない(耐疲労特性に優れている)こと、100 nm程度の薄い膜厚でもPrが低下しないこと、低温(~650℃)において薄膜作成が可能であることなどが望まれます。現在有望な強誘電体セラミックス材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)とビスマス層状構造強誘電体に属する (Bi, La)4Ti3O12(BLT)系が挙げられ、実用化されつつあります。
PZTはPrが大きく、分極特性に優れているという特徴をもっていますが、耐疲労特性に問題があることと、有害な鉛を含むため、強誘電体メモリーの大量普及を考慮すると地球環境への潜在的負荷が大きく、今後規制の対象になることが予想されます。一方、BLTは有害な鉛などを含まず、耐疲労特性にも優れていることから、近年盛んに研究・開発が進められている強誘電体です。しかし、BLTでなぜ優れた耐疲労特性が得られるのかは、明らかにされていませんでした。FRAMを本格的に民生用デバイスとして商品化するには、BLTにおける優れた強誘電特性の起源を明らかにして、材料設計指針を構築することが重要な課題となっていました。
2.研究手法・成果
強誘電体の分極が反転するときには、結晶内で原子がお互いに微小変位(0.01 nm程度)します。したがって、分極反転のしくみを知るためには、結晶中の原子位置や隣接する原子との化学結合の状態を知っておくことが非常に重要です。このような情報を実験的に得たい時、X線回折実験が有効です。
ランタン元素を含まない純粋なBi4Ti3O12(BiT)の結晶構造を図2に示します。BiTは、酸化ビスマス層とペロブスカイト層と呼ばれる層が結晶のc軸方向に沿って交互に積み重なった層状構造を形成しています。まず、ビスマス元素の一部をランタン元素で置換したBi3.25La0.75Ti3O12(BLT)では、どの層のビスマス原子がランタン原子に置換されるのかということを調べるために、大型放射光施設(SPring-8)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で非常に高いエネルギーのX線を用いて回折実験を行いました。回折データを解析した結果、ペロブスカイト層にあるイオン的なビスマス原子が選択的にランタン原子と置換し、そうでない酸化ビスマス層にあるビスマス原子はほとんどランタン原子と置換していないことがわかりました。
次に、化学結合の状態をBiTとBLTで比較するために、マキシマムエントロピー法(MEM)※3と呼ばれる解析手法を用いて結晶中の電子分布を3次元的に可視化しました。図3に、顕著な差が現れたペロブスカイト層の電子分布を示します。BLTでは新たに加えたランタン原子や元からあるビスマス原子が酸素原子とどの方向にも強く手をつなぐ鎖状につながった新たな化学結合を形成することがわかりました。この結合により酸素原子が材料から脱離してしまうことを抑制していること、そして、このようにして作られた酸素欠損のないきれいに原子が並んだ材料では、分極反転の際に材料の中で原子の移動がスムーズに行われるので優れた耐久性が実現されるということが原子レベルで解明できました。材料開発の現場では、機能を向上させるために試行錯誤的にいろいろな元素同士を組み合わせることがありますが、この成果により元素置換の役割がはっきりと理解され、化学結合を制御するという観点から新材料を開発する指針ができました。
3.波及効果
強誘電体材料開発において鉛は最も重要な元素であり、PZTを用いた圧電デバイスだけでも日本で1年間に40億個生産されており、携帯電話の小型スピーカーやマイクなどにも使われています。有害な鉛を含んでいるにもかかわらず代替物質がないので、PZTはRoHS指令(電子・電気機器における特定有害物質の使用制限についての欧州連合(EU)による指令、2006年7月施行)に対しても適応除外となっています。しかし、化学結合を制御すると鉛よりも原子番号の一つ大きなビスマス元素や他の元素に鉛と同じような働きをさせられる可能性があります。本研究で明らかになった材料設計指針を他の強誘電体に展開することで、高性能な非鉛材料の開発が期待され、PZT圧電セラミックスの代替材料としての使用が期待されます。ディーゼルエンジンのインジェクタやインクジェットプリンタなどで爆発的な普及が予想される圧電アクチュエータや、数々の家電製品に組み込まれているセンサやジャイロスコープなどの用途で非鉛化が達成されれば、生産から故品回収に至るまでの環境リスクを大幅に低減できます。また、酸性雨にさらされた不法廃棄物からの鉛の流出が、生態系や地球環境に深刻な影響を及ぼすことが懸念されていますが、酸に対する耐性の高いビスマス系に置き換えることで、鉛による環境破壊の進行を抑えることができます。
<参考資料>
図1 強誘電体の分極ヒステリシス特性
図2 BiTの結晶構造とBLTにおけるビスマス/ランタン(Bi/La)占有率
図3 ペロブスカイト層内のBi/La-O結合状態

図1 強誘電体の分極ヒステリシス特性

図2 BiTの結晶構造とBLTにおけるビスマス/ランタン(Bi/La)占有率

図3 ペロブスカイト層内のBi/La-O結合状態