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平成19年9月3日

京都大学
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光ナノ共振器のQ値の動的制御に世界で初めて成功

(光メモリーチップの開発など次世代光科学進展に向けてさらに前進)

 京都大学(総長 尾池和夫)とJST(理事長 沖村憲樹)は、自由自在な光制御を実現するための核となる光ナノ共振器のQ値(光閉じ込めの良さを示す値)(注1) を動的に変化させることに世界で初めて成功しました。
 光ナノ共振器は、光を一瞬の間止めておく、あるいは蓄積する、さらには光を用いて量子演算を実現するといった次世代の光科学の進展にとって欠くことのできない重要な要素で、現在、世界中でしのぎを削って開発が行われています。我々はごく最近、一辺0.0015mmの極微小空間に、約2ナノ秒間、光を閉じ込めることに成功し、ナノ共振器のQ値として世界最大の200万を達成しました(注2)
 次の重要な課題は、このような高いQ値をもつナノ共振器へ光を自在に出し入れすることを可能にすることです。Q値が高くなると、長く光を閉じ込めることができるようになりますが、光を導入する時には、より長く時間がかかるようになります。従って、光を導入する時にはQ値を低くしておき、すばやく光を導入したのち、Q値を増大させることが重要です。今回、このようなナノ共振器のQ値の動的制御を可能とする基本概念を提唱し、その実証に成功しました。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」研究領域(研究総括:伊澤達夫 NTTエレクトロニクス株式会社 特別顧問)における研究課題「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」(研究代表者:野田 進 京都大学大学院工学研究科 教授)および文部科学省プログラムのもとで、野田 進(同上)、田中良典(同大学研究員)、およびJeremy Upham(同大学院学生)らの研究によって得られたもので、英国科学雑誌「Nature Materials (ネイチャー・マテリアルズ)」の電子版に2007年9月2日(英国時間)に掲載されます。

<研究の背景>

 極微小領域に、光を長く、強く閉じ込めることを可能とする光ナノ共振器は、自在な光制御を実現する上で極めて重要です。我々はこれまで、フォトニック結晶(注3)を用いて、光ナノ共振器の開発を進め、世界を先導する様々な成果を挙げてきました。ごく最近では、マルチステップへテロ構造と呼ばれる新たな光閉じ込め構造の提案を行い、ナノメートル程度の構造揺らぎの影響の検討により、世界最大のQ値200万を実現しました。具体的には、一辺0.0015mmの極微小空間に、約2ナノ秒間、光を閉じ込めておくことに成功しました。この成果の詳細は、本年8月2日の京都大学とJSTのPress発表文(注 2)、およびネイチャーフォトニクス誌8月号に述べられています。
 さて、ここで重要なことは、このような高いQ値をもつナノ共振器に光を自由自在に出し入れすることを可能にすることです。Q値の大きなナノ共振器が開発できると、光をより長く閉じ込めることが可能となりますが、半面、光を導入するために、より長い時間がかかるようになります。すなわち、高Q値ナノ共振器はそのままでは、ゆっくりと光を導入し、ゆっくりと光を放出させることしかできません。重要なことは、光をナノ共振器に導入する時にはQ値を低くして、光をすばやくナノ共振器に導入できるようにしておき、光がいったんナノ共振器に導入されると、速やかにQ値を増大させ、光を無駄なくナノ共振器に留めることです。また必要とあれば、さらにQ値を低下させ、光をすばやく取り出せるようにすることが重要です。
 これまで、ナノ共振器のQ値を動的に制御するための概念は存在しませんでした。本研究では、このQ値の動的制御のための新たな基本概念を提唱するとともに、その基本動作の実証に成功しました。これにより、光を一瞬、極微小域に蓄えておく光メモリーチップや、光と物質との相互作用の増大を利用した量子演算素子などの作製に向けて、重要な一歩を踏み出したものと言うことができます。

成果の具体的な説明

A. Q値を動的に制御するための概念

 まず、Q値を動的に制御するための基本概念を説明します。ナノ共振器は通常、図1(a)に模式的に示すように、光を出し入れするための導波路を伴っています。従って、ナノ共振器の光閉じ込めの強さQ値は、ナノ共振器から自由空間への光の漏れで決まるQVと、ナノ共振器から導波路への光の漏れで決まるQinで決定されます。QVはナノ共振器の構造で決定され、動的に制御することは困難です。一方、Qinは、周りの環境で変化させることが可能です。例えば、図1(b)に示すように、導波路の途中に反射鏡を置くと、共振器から導波路の左側へ漏れた光波(青色実線)と、共振器から導波路の右側へ漏れて反射鏡で反射されて戻ってきた光波(青色破線)が干渉するようになります。もし2つの光波の位相が同位相になる場合は、2つの波は強め合い、共振器から導波路へより光が漏れやすくなります。すなわちQinは小さくなります。一方、両者の位相が逆位相になる場合は、2つの光波は互いに打ち消し合い、結果として、共振器から導波路へ光が漏れなくなくなります。すなわち、Qinを大きくすることが可能となります。このような光波の干渉を考えると、ナノ共振器のQ値は、以下の式で表されるようになります。
Qin0:反射鏡がない場合のQin 、θ:2つの光波の位相差
 θが零の時は2つの光波が同位相で干渉することを、θがπの時は2つの光波が逆位相で干渉することを意味します。ここで、Qin0 << QVを仮定すると、Q値はθが零の時最小値Qin0/2となり、θがπの時、最大値QVをとるようになります。従って、θを動的に変化させることができれば、Q値を動的に変化させることが可能となります。
 そのために、図1(b)に示されるように、導波路の一部に光を照射し、その部分の屈折率を動的に変化させることを考えます。例えば、全体の系がシリコンでできている場合、シリコンが吸収可能な光を照射すると、発生した電子・正孔対が屈折率を動的に変化させます。この屈折率の変化がθを変化させることを可能とします。屈折率の変化は照射する光のパルス幅と同じ時間で起こるため、例えば、ピコ秒パルスを導入すると、θの変化をピコ秒という非常に速い時間で起こさせることができます。なお、いったん発生した電子・正孔対はしばらくシリコン中に留まるため、θの変化をそのまま保持することが可能です。必要とあれば、さらに新たに光パルスを照射し、電子・正孔対を発生させることにより、θの変化を起こすことが可能となります。
 以上より、ナノ共振器から導波路の左右へ漏れる光波の干渉条件を動的に変化させることで、Q値を動的に変化させることが可能となることが分かります。このような基本概念を実証するための具体的な構造として、図1(c)に示すものを考えました。まず、ナノ共振器は今回、共振器端部の空気孔を僅かにシフトさせたもの(図3(a)に具体的構造を示してあります)を採用しました。この場合、設計Qv値は50,000となります。ナノ共振器近傍には導波路を設けました。この場合、導波路への光の漏れで決まるナノ共振器のQin0の設計値は3,000となります。さらに導波路の途中には、フォトニック結晶のピッチを変化させたヘテロ構造を用いた完全反射鏡を設けました。この設計では理想的には、Q値は1,500から50,000まで変化させることが可能と期待できます。

B. Q値の動的制御の実証

 以上を実証するため、我々はポンプ-プローブ法と呼ばれる方法を採用しました。図1(c)に示すように、ポンプ光は導波路上部から導入し、θを変化させるために使います。すなわち、Q値の動的制御を行うために使います。一方、プローブ光はナノ共振器に導入される光のことで、Q値の動的変化が起こっているかを調べるために用います。ポンプ光とプローブ光を様々なタイミングで導入し、ナノ共振器から自由空間へと放出されるプローブ光の強度とスペクトルを測定することで、動的制御が起こったかどうかを調べることができます。ここでポンプ光が導入されない時θは零で、全体のQ値は最小値Qin0/2の値をとり、ポンプ光が導入された時θがπとなり、Q値が最大値となるとします。
 Q値の動的変化が生じる理想の状態は、プローブ光が共振器に導入される時Q値が最小値となっており、プローブ光が共振器に導入されると同時に、ポンプ光によりθが急激に変化し、Q値が最大値へと変化することです。この時、光は共振器から導波路へ漏れることができなくなり、自由空間のみに放射されるようになるので、自由空間への放射光強度が最大になります。一方、もしプローブ光がポンプ光より早く来てしまうと、Q値は常に低いままとなります。従って、プローブ光は容易にナノ共振器に入りますが、同時にナノ共振器から導波路へ容易に漏れて行ってしまいます。従って、共振器から自由空間への放射光強度はあまり大きくなりません。一方、ポンプ光が先に来てしまうと、プローブ光が来る頃には、すでにQ値が最大値、すなわち十分高くなっているので、光はそもそも共振器へ導入されにくくなり、結果として共振器から自由空間へは光はほとんど放射されなくなります。
 以上を理論計算した結果が、図2に示されています。同図の横軸はポンプ光とプローブ光の到着時間の差です。負の値はプローブ光が先に来ることを意味します。また、同図の縦軸は共振器から自由空間への放射光強度を示しています。同図より、ポンプ光とプローブ光が同時に来る時、共振器から自由空間への放射光強度が確かに最大になります。プローブ光が先に来る時は放射光強度が減少し、ポンプ光が先に来る時は、放射光強度が極めて小さくなります。図2の下部には、共振器内部の光エネルギーの変化の様子を計算した結果が示されています。プローブ光が先に来る時には、共振器のQ値が低いままなので導波路から容易に光が導入されますが、導波路へ漏れやすいので、共振器中のエネルギーはすぐに小さくなります。また、ポンプ光が先にくる時は、もともと共振器中のエネルギーは非常に少ないことが分かります。ポンプ光とプローブ光が同時に来る時は、最初Q値が低いため導波路から容易に共振器へ光が導入されますが、それと同時に、速やかにポンプ光でQ値が最大値まで増大するので光が導波路へ漏れにくくなり、共振器での光の滞在時間が十分に長くなることが分かります。すなわちこの場合、Q値の動的制御が行われたことになります。従って、ポンプ-プローブ実験において、共振器から自由空間への放射光強度が大きくなるとともに、共振器内部の光エネルギーの滞在時間の増大に伴う放射光のスペクトル幅の低減が観測されれば、Q値が動的に変化したことの証拠となります。
 以上の理論検討のもと、実際にQ値の動的変化の実験を行いました。用いた試料の電子顕微鏡写真を図3(a)に示します。これは、基本的には図1(c)の説明の時に述べたものと同じ設計です。実験系を図3(b)に示します。光ファイバーレーザにより、波長1.55ミクロン、パルス幅4ピコ秒の光パルスを発生させます。この光パルスはビームスプリッターで2つに分けられ、1つは光増幅器と2倍高調波発生器により、波長を半分、すなわち0.78ミクロンに変換します。この光をポンプ光として用います。もう1つのパルス光は、ポンプ光との照射タイミングを変化させるため、遅延線を経てデバイスの導波路へと導かれ、プローブ光として用います(同図には、初期値のθを零とするため、熱光学効果により位相調整を行うためGaNレーザが使用されています)。以上の実験系を用いて、ポンプ-プローブ実験を行った結果を図4(a)に示します。この時、ポンプ光強度は、その照射によりθがπになるよう調整されています。同図より、プローブ光が先に来る時は、ある一定強度の光が放射され、ポンプ光が先に来る時は、放射光強度は極めて弱くなることが分かります。さらに重要なことは、ポンプ光とプローブ光が同時に来る時、共振器からの自由空間への放射光強度が他の2つの場合と比べて大きくなっていることです。さらに図4(b)には、上記それぞれの場合の放射光のスペクトルを示しています。ポンプ光が先に来る時は、光強度が弱いため、スペクトル幅は正確には読み取れないですが、プローブ光が先に来る時は、スペクトル幅は0.5nm、すなわちQ値3,000であることが分かります。ポンプ光とプローブ光が同時に到着する時は、スペクトル幅がかなり狭くなり0.12nm、すなわちQ値12,000が達成されていることが分かります。以上のことから、ピコ秒という極めて短い時間の間に、Q値を低い状態から高い状態へと変化させることに成功したと言えます。なお、理論ではQ値の動的変化が1500から50,000に対し、実験的なQ値の変化は上述のように3,000から12,000です。実験誤差を考えると、この結果はかなり良好な結果であると言えます。

<まとめと今後の展開>

 以上、ナノ共振器のQ値を、ピコ秒という極めて短い時間の間に変化させるための(すなわち、動的にQ値を制御するための)基本概念を提唱するとともに、その実証に成功しました。これは、ナノ共振器に光を導入する時、Q値を低くしておき、光が入った瞬間にQ値を増大させるという極めて重要な動作に成功したことを意味します。
 以上の成果は、光を一瞬、極微小域に蓄えておくことが可能な光メモリーチップ実現や、光と物質との相互作用の増大を利用した量子演算素子作製など、次世代光科学の進展のために一歩前進したと言えます。

図1. 光ナノ共振器のQ値の動的制御の基本概念
図2. ポンプ-プローブ法によるQ値の動的制御実験の理論予測
図3. (a) 作製した試料と (b)測定系
図4. ポンプ-プローブ実験結果
【補足説明】

【掲載論文名】

Dynamic control of the Q factor of a photonic crystal nanocavity
フォトニック結晶ナノ共振器のQ値の動的制御
doi: 10.1038/nmat1994

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」
(研究総括:伊澤達夫 NTTエレクトロニクス株式会社 取締役相談役)
研究課題名:「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」
研究代表者:野田 進(京都大学大学院工学研究科 教授)
研究期間平成17年10月~平成23年3月

【お問い合せ先】

京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻
〒615-8510 京都市西京区京都大学桂
野田 進(のだ すすむ)
TEL:075-383-2315, (or 7030) FAX:075-383-2317
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
金子 博之(かねこ ひろゆき)
TEL:03-3512-3531 FAX:03-3222-2066
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