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平成19年8月16日

科学技術振興機構(JST)
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東京工業大学
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生体内のマグネシウムバランスを維持するメカニズムを解明

(心筋梗塞など心疾患治療の研究へつなぐ架け橋)

 JST(理事長 沖村憲樹)と東京工業大学(学長 相澤益男)は、生体内におけるマグネシウムバランスを維持するメカニズムを世界で初めて解明しました。
 マグネシウムはあらゆる生命にとって栄養上欠かすことができない元素(必須元素)であり、生体内の多くの酵素が機能するのに必要とされます。日常生活の中では、豆腐の生産に用いられるにがりや海草類(干物)、種実類の中に、マグネシウムは多く含まれています。しかし、マグネシウムの過剰な摂取は生体に対して有害であるとともに、その欠乏は、心筋梗塞などの虚血性心疾患の一因となることが知られています。生体内でのマグネシウム過剰および欠乏に対して、マグネシウムバランスを維持するメカニズムは人間の生命活動において長年の謎となっていました。
 本研究では、生体外から生体内へのマグネシウムの取り込みを担う「輸送体」とよばれる膜タンパク質に着目し、その立体構造に基づき、マグネシウムバランス維持のメカニズムを解明しました。その結果、生体内でマグネシウムが過剰な時「マグネシウムセンサー」がそれを感知し、マグネシウムを必要以上取り込まないように、マグネシウムが透過する「孔」に蓋(ふた)をしていることが明らかになりました。逆に、マグネシウムが欠乏し、マグネシウムの取り込みを必要としている時には、その蓋が外れ、マグネシウムを生体外から取り込めるように輸送体の構造が変化していました。つまり、「マグネシウムセンサー」が生体内のマグネシウム濃度を感知することで、マグネシウムが欠乏している時にのみ、その取り込みを行うメカニズムが生命には備わっていることになります。これらのマグネシウムバランス維持のメカニズムから得られた知見をもとに、生体内のマグネシウムの欠乏がその一因とされる心筋梗塞などの循環器疾患分野の研究が大きく前進するものと期待されます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「遺伝子暗号翻訳装置の機能的統合および機能的分散の構造的基盤の解明」(研究者:濡木理 東京工業大学大学院生命理工学研究科 教授)の一環として、濡木理(同上)と服部素之(日本学術振興会特別研究員)らによって行われています。今回の研究成果は、英国科学誌「Nature」オンライン版に2007年8月15日(英国時間)付けで公開されます。

<研究の背景と経緯>

 生命を構成する細胞は、金属イオンやアミノ酸、糖といった物質を周囲の環境から取り込み、排出を行っています。それらの機能は生体膜注1)上に埋め込まれて、高度に制御されている「輸送体」とよばれるタンパク質によって担われています。そして、ヒトを含めた多くの生物種において保存されているマグネシウム輸送体の1つとして、MgtEマグネシウム輸送体が知られています。
 マグネシウムはあらゆる生命にとって必須な元素であり、生体内の多くの酵素が機能するのに必要とされます。日常生活の身近な例としては、豆腐の生産に用いられるにがりや海草類(干物)、種実類に、マグネシウムは多く含まれています。一時期の「にがりブーム」にみられたように、マグネシウムの過剰な摂取は生体に対して有害です。また逆に、その欠乏、マグネシウム・カルシウムバランスの乱れは心筋梗塞などの虚血性心疾患の一因となることが知られています。あらゆる生命には、生体内でのマグネシウム過剰・欠乏に対してマグネシウムバランス維持のメカニズムが備わっていますが、その詳細は長年の謎となっていました。

<研究の内容>

 本研究では、細胞外から細胞内へのマグネシウムの取り込みを担う輸送体MgtE(高度高熱菌由来)に着目し、マグネシウム存在下におけるその立体構造注2)X線 結晶構造解析注3)により決定しました(図1)。
 その結果、輸送体MgtEの立体構造中に、生体の内外へとマグネシウムを透過させるための「孔」が膜貫通領域注4)中に生体膜を横切る形で存在していることが明らかになりました。また、マグネシウム過剰条件下におけるMgtEの構造では、らせん構造によってマグネシウムの透過孔がふさがれていることが分かりました(図2)。
 さらに我々は、MgtEの構造中で「マグネシウムセンサー」として機能すると考えられる部位について、マグネシウム過剰条件下、欠乏条件下それぞれにおける立体構造の決定を行いました。
 その結果、マグネシウム欠乏条件下のマグネシウムセンサーの構造では、マグネシウム透過孔への蓋が外れるように、立体構造が変化していることが明らかになりました(図3)。これらのことから、「マグネシウムセンサー」が生体内のマグネシウムの濃度を感知することで、マグネシウムが過剰な時には、輸送体によるマグネシウム取り込みを阻害し、欠乏している場合には、輸送体によるマグネシウム取り込みを促進させるという、マグネシウムバランス維持のメカニズムを発見しました(図4)。

<今後の展開>

 生体内への物質の取り込みと排出を担う輸送体タンパク質の生物学的な重要性は古くから指摘されてきましたが、その多くの輸送メカニズムは未だ明らかになってはいません。水やカリウムの輸送体タンパク質の立体構造解析に対して、2003年にノーベル化学賞がピーター・アグリとロデリック・マッキノンに対して与えられています。
 本研究におけるマグネシウム輸送体の構造解析は、他の輸送体タンパク質の立体構造解析同様に、生化学、分子生物学分野に大きな影響を与えるものとなります。
 マグネシウム輸送体MgtEは、大腸菌などの細菌からヒトなどの哺乳類まで広く保存されており、その輸送メカニズムは普遍的なものであると考えられます。そのため今回提唱した輸送メカニズムは、マグネシウム欠乏がその一因とされる心筋梗塞などの疾患の治療へつながる研究を大きく前進させるものと期待されます。今後、より高分解能注5)の構造決定を行うなどして、マグネシウム輸送体タンパク質が「マグネシウムのみ」を選択的に透過させるメカニズムの解明を行っていきます。

図1:マグネシウム輸送体MgtEの全体構造
図2:らせん構造が蓋をするマグネシウムの透過孔
図3:マグネシウム透過孔への蓋のマグネシウム依存的な構造変化
図4:マグネシウムバランスを維持するメカニズムの概念図
<用語解説>

<掲載論文名>

"Crystal structure of the MgtE Mg2+ transporter"
(マグネシウム輸送体MgtEの結晶構造)
doi: 10.1038/nature06093

<研究課題名等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。

戦略的創造研究推進事業
研究課題名 遺伝子暗号翻訳装置の機能的統合および機能的分散の構造的基盤の解明
研究者 濡木 理
研究実施場所: 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻
研究実施期間: 平成18年4月~平成20年3月

<問い合わせ先>

国立大学法人 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻
〒226-8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259
濡木 理(ヌレキ オサム)
TEL: 045-924-5711 FAX: 045-924-5831
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第三課
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
小松 理(コマツ サトシ)
TEL:03-3512-3526 FAX:03-3222-2065
E-mail: