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平成19年8月2日

京都大学
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科学技術振興機構(JST)
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Q値200万をもつ光ナノ共振器の開発に成功

(光量子演算など次世代光科学に向け前進)

 京都大学(総長 尾池和夫)とJST(理事長 沖村憲樹)は、フォトニック結晶※注1を用いて世界最大のQ値(光閉じ込めの鋭さを示す値)※注2200万をもつ光ナノ共振器の開発に成功しました。
 極微小領域に光を長く、強く閉じ込めることを可能にする光ナノ共振器の開発は現在、世界の研究者間で非常に激しくなっています。それは、光を自由自在に制御して量子演算も行うといった、次世代の光科学の進展にとって極めて重要だからです。
 我々はこれまでに新しい光閉じ込め法を提唱し、2005年にはフォトニック結晶を用いた高Q値光ナノ共振器でQ値60万を実現するなど、世界を先導する成果をあげています。  我々は今回、一辺0.0015mmの極微小空間に、約2ナノ秒間、光を閉じ込めることに成功。ナノ共振器のQ値として世界最大の200万を達成しました。
 この成果は、光を一瞬の間止めておく、あるいは蓄積する、さらには光を用いた量子演算を実現するといった次世代光科学の進展にとって欠くことのできない重要な成果と位置づけることができます。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」研究領域(研究総括:伊澤達夫 NTTエレクトロニクス株式会社 特別顧問)における研究課題「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」(研究代表者:野田 進 京都大学大学院工学研究科 教授)および文部科学省プログラムのもとで、野田 進(同上)、高橋 和(同大学研究員)、および萩野裕幸(同大学院学生)らの研究によって得られたもので、英国科学雑誌「Nature Photonics (ネイチャーフォトニクス)」の電子版に2007年8月1日(英国時間)に掲載されます。

<研究の背景>

 極微小領域に、光を長く、強く閉じ込めることを可能とする光ナノ共振器の開発は、自在な光制御を実現する上で極めて重要です。すなわち、光を止める、光を一瞬蓄える、さらには光を用いた量子演算を行うといった、次世代の光科学の進展にとって非常に重要であり、近年、世界中で熾烈な開発競争が行われています。
 我々はこれまで、フォトニック結晶を用いた高Q値光ナノ共振器の開発において、世界を先導する様々な成果を挙げてきました。2003年には、「光を強く閉じ込めるためには、逆に緩やかな閉じ込め(ガウス関数型光閉じ込め)が必要である」という逆説的な光閉じ込め法を提唱し、Q値45,000を実現しました。その後2005年に、この光閉じ込め法を実現するための構造として、ダブルへテロ構造と呼ばれる新たな光閉じ込め構造を提案し、Q値60万を実現しました。その後もQ値の増大の検討を続け、今回、構造のさらなる最適化(マルチステップへテロ構造の採用)、さらには、ナノメートル程度の構造揺らぎの影響の検討により、Q値200万を実現することに成功しました。より具体的には、一辺0.0015mmの極微小空間に、約2ナノ秒間、光を閉じ込めておくことに成功しました。2ナノ秒は、一見すると、非常に短い時間に感じられますが、この程度の時間の間に、光は、自由空間を60cmも伝播できます。一方、本ナノ共振器を用いることにより、光の自由伝播を抑え、0.0015mmの極微小空間に閉じ込めたままにできることが明らかになりました。これにより、光を一瞬、極微小域に蓄えておく光メモリーチップや、光と物質との相互作用の増大を利用した量子演算素子などの作製へ展開できるものと期待されます。

<成果の具体的な説明>

 開発したフォトニック結晶光ナノ共振器の電子顕微鏡写真を、図1に示します。これは、2段階のヘテロ構造(格子定数の異なるフォトニック結晶を2段階縦続した構造)をもち、我々の提唱する理想的な光閉じ込め、すなわち、ガウス関数型の光閉じ込めが実現可能な構造です。光の閉じ込め部分の体積(モード体積)は、光波長の3乗と極めて小さく、理論的なQ値は1000万を超えます。しかし、昨年(2006年)末までは、このように非常に高いQ値を理論的に示していても、実際に光ナノ共振器を作製すると、Q値は70万~120万程度となり、この範囲を超えるQ値を実現することは極めて困難でした。その理由は、このような極めて高いQ値になると、わずかな構造揺らぎが存在しても、その揺らぎに起因して光が共振器から外部へ漏れてしまうからです。
 表1は、構造揺らぎがQ値に与える影響を計算した結果をまとめたものです。構造揺らぎとして、(1)フォトニック結晶を構成する空気孔(格子点)の表面の凹凸、(2)共振器表面の凹凸、(3)空気孔(格子点)の位置揺らぎ、(4)空気孔(格子点)の半径揺らぎ、(5)空気孔の傾き、(6)自由キャリアによる吸収、(7)H2Oによる吸収――などが存在します。これらのうち、Q値の決定に最も大きな影響のある揺らぎは、同表から、(3)空気孔(格子点)の位置揺らぎ、および、(4)空気孔(格子点)の半径揺らぎ、であることが分かります。これらの揺らぎの影響を、より詳細に計算した結果が図2に示されています。同図には、空気孔の位置および半径揺らぎをランダムに導入した場合、その揺らぎに応じて、Q値がどのように変化するかを計算した一例が示されています。わずか3σ = 3nm(σは標準偏差)の揺らぎに対し、Q値が100万程度まで減少することが分かります。このことが、これまで100万を越えるQ値を実現することを極めて困難にしていた理由であると言えます。
 今回、以上の理論的検討を踏まえ、揺らぎに強い構造の探索(まだ完全に明らかになっていませんが、空気孔半径がより小さいほど、揺らぎに強いという結果を示唆する結果を得つつあります)、さらにナノメートル程度の加工技術のさらなる改善を試みました。その結果、図3に示すような極めて鋭い共振スペクトルを得ました。共振ピークの半値全幅として、0.7-0.9pm、すなわち1pmの大台を切ることに初めて成功しました。さらに図4に示すように、ナノ共振器に光パルスを導入し、ナノ共振器から光が漏れていく様子を調べた結果、1.7ナノ秒(ほぼ2ナノ秒)の光子保持時間(光子寿命)を得ました。これらの結果は、ナノ共振器のQがこれまでの壁を打ち破り、世界最大の200万に達することができたことを意味します。

<まとめと今後の展開>

 以上、本研究により、ナノ共振器のQ値として世界最大の200万を達成することに成功しました。具体的には、一辺0.0015mmの極微小空間に、約2ナノ秒間、光を閉じ込めておくことができました。これにより、光を一瞬、極微小域に蓄えておくことが可能な光メモリーチップの実現や、光と物質との相互作用の増大を利用した量子演算素子の作製などへ展開できるものと期待されます。次世代光科学の進展のために一歩前進したと言えます。
 今後、構造揺らぎに強い構造の探索と、設計Q値の増大により、Q値のさらなる増大が期待できます。また、量子演算チップへの展開やQ値の動的制御、光メモリー動作(光を一瞬止める動作)の実証へと研究を進めて行きたいと思っています。

表1:ナノ共振器の損失の解析
図1:開発したフォトニック結晶ナノ共振器の電子顕微鏡写真
図2:空気孔の半径および位置揺らぎがQ値に及ぼす影響
図3:ナノ共振器の共振スペクトル
図4:ナノ共振器への光パルスの入射による光子保持時間(光子寿命)の測定結果

 【 語句説明 】

注1 フォトニック結晶:
フォトニック結晶とは、一般に光の波長と同程度の周期的な屈折率分布をもつ新しい光ナノ構造を意味しており、周期に対応する波長の光が結晶の内部に存在できずに、一切排除されることを特徴とします。この特徴を生かすことで、極微小域で光の伝播や発生を自在に制御できることから、光ナノ材料として近年大きな注目を集めています。
注2 Q値:
Quality FactorのQをとって、Q値と呼ばれます。これは、光閉じ込めの鋭さを表す値であり、どのぐらい強く、あるいはどのぐらい長く光を閉じ込めることができるのかの目安になります。Q値が大きいほどスペクトル上は共振スペクトルが狭く、時間軸上はより長く光を閉じ込めることができるようになります。


 【 掲載論文名 】

Spontaneous Emission Control by Photonic Crystals and Nanocavities
フォトニック結晶およびナノ共振器による(究極の)発光制御
(この論文では、本Pressの主題である超高Q値共振器の実現に加え、フォトニック結晶およびナノ共振器を用いた発光制御について、最近の研究動向をも合せて総合的に述べています。)
doi: 10.1038/nphoton.2007.141

 【 研究領域等 】

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「新機能創成に向けた光・光量子科学技術」
  (研究総括:伊澤達夫 NTTエレクトロニクス株式会社 取締役相談役)
研究課題名 「フォトニック結晶を用いた究極的な光の発生技術の開発」
研究代表者 野田 進(京都大学大学院工学研究科 教授)
研究期間 平成17年10月~平成23年3月

 【 お問い合せ先 】

京都大学 大学院工学研究科 電子工学専攻
〒615-8510 京都市西京区京都大学桂
野田 進(ノダ ススム)
TEL:075-383-2315, (or 7030) FAX:075-383-2317
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金子 博之(かねこ ひろゆき)
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