JST(理事長 沖村憲樹)と国立大学法人京都大学(総長 尾池和夫、以下「京都大学」という)は、細胞外から細胞内へのシグナル伝達の新しい仕組みを発見しました。
細胞を包んでいる細胞膜上の受容体に、細胞外からやってきたシグナル分子注1が結合すると、それが細胞内に伝わります。今までは、受容体が構造変化して、それが細胞質に伝わると思われていました。
今回、研究プロジェクトチームは、受容体というタンパク質分子だけではなく、受容体分子の周辺の細胞膜構造が局所的に変化して、シグナルが伝わるという事例を免疫関連のCD59注2という受容体で初めて見つけました。細胞膜は液体のような構造を持っていますが、シグナル分子がCD59に結合すると、CD59が数個集まって集合体を形成します。すると集合体に、液体の細胞膜の中でコレステロールや糖脂質などが集結し、いわば細胞膜という海の中で、CD59を中心にしたイカダのような構造(ラフト注3)が形成されることがわかりました。さらに、このラフトに多くのシグナルタンパク質が集まってきて、細胞内にシグナルが伝わることがわかりました。
従来、ラフトは細胞膜上にいつも存在していると考えられ、その存在を証明するために、世界中の学者が研究していました。今回の結果は、ラフトは、シグナルがきて初めて、オンデマンド(必要に応じて)で形成されることを示したという点で非常に画期的であり、さらに、細胞内へのシグナル伝達が起こることを初めて証明したという点では、大きな注目を集めることが期待できます。このような発見が可能になったのは、生細胞中で、複数種のシグナル分子を同時に1分子ずつ追跡する技術を開発注4した研究成果によるものであり、それによって、ラフトが形成され、シグナル分子が集まってくる様子がまさに手に取るように見えてきたのです。
このラフトは、BSE(牛海綿状脳症)やエイズウィルスの感染や、アルツハイマー病の発症に関わっていると考えられており、これらの感染や発病過程の解明につながることが期待されます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 ICORP型研究 膜機構プロジェクトの研究総括である楠見明弘(京都大学再生医科学研究所 教授)、鈴木健一(京都大学再生医科学研究所 特任助教)らの共同研究として行われました。今回の研究成果は、米国科学雑誌『The Journal of Cell Biology(ジャーナル・オブ・セルバイオロジー)』オンライン版に2007年5月21日付(米国東部時間)に公開され、誌面では2007年5月21日号(米国東部時間)に掲載されます。
<研究の背景と経緯>
細胞膜上には、ホルモンや成長因子のような細胞外からのシグナル分子を受け取って、細胞内にそのシグナルを伝える受容体分子が存在します。しかし、受容体分子の約10-20%は、受容体としては一見、不都合な構造を持っています。たとえば、GPIアンカー型受容体(glycosylphosphatidylinositol=グリコシル・ホスファチジルイノシトール・アンカー型受容体)と呼ばれる受容体は細胞膜の外側表面にあり、細胞内に露出しておらず、したがって、この分子だけでは細胞内にシグナルが伝わりません(図1)。このような受容体が、どのように細胞内にシグナルを伝えるのか、というのはこの20年来の大きな疑問でした。
今までは、細胞膜上に、直径100~数百nm程度の大きさの安定な構造を持つラフトと呼ばれる領域が常に多数存在していて、その構造にいろいろな分子が取り込まれてシグナル伝達が起こるという考えが大勢を占めていました。しかし、そのようなラフトの存在は、多くの研究者の努力にかかわらず実証できませんでした。
<研究の内容>
楠見、鈴木らは、まず、生きている細胞の細胞膜中で、GPIアンカー型受容体とさまざまなシグナル伝達分子を、複数種同時に1分子追跡する方法を開発しました。これによって、以下のことが、直接に観察できたことで、大きな発見にいたりました。すなわち、受容体にシグナル分子が結合すると、数個の受容体分子が会合する。そこにコレステロールや糖脂質などの特定の脂質が濃縮されて、直径数nm-数十nmのイカダ(ラフト)構造体を作る。さらにこのラフトに、細胞内のシグナル伝達に関連するタンパク質分子が集まってきて、それらの結合と活性化によって、細胞内のシグナルが誘起される、というものです。
具体的には、
研究チームは、生きている細胞膜中で、複数の分子を1分子ごとに追跡するという技術を開発し、シグナル伝達の仕組みを解明しました(図3)。
<今後の展開>
今後は、上記の未知のタンパク質Xを発見すること、ほかの種類のGPIアンカー型受容体ではXが違うかどうかを解明することが課題です。さらに、GPIアンカー型受容体の会合がラフトを誘導して、シグナル伝達が進むことがわかりましたが、BSEやエイズウィルスの感染、アルツハイマー病の発病でも、細胞膜上でタンパク質の会合が重要であることがわかってきています。このような会合とラフト誘導との関係を理解すること、タンパク質集合の阻害法などの開発が、今後の重要な課題です。
図1:GPI (glycosylphosphatidylinositol=グリコシル・ホスファチジルイノシトール)アンカー型受容体の構造 |
図2:コレステロールなどの集合によりできたラフト構造 |
図3:本研究で明らかになったGPIアンカー型受容体のシグナル伝達機構 |
図4:一分子追跡の実験結果 |
図5:細胞内シグナルの構成の概念図 |
<用語解説> |
<掲載論文名>
(GPIアンカー型受容体クラスターは、リンキナーゼとGαを短時間リクルートして、クラスターの一時停留とリンキナーゼの活性化を誘導する:1分子追跡による研究1)
(一時停留中のGPIアンカー型受容体クラスターに、phospholipase Cγが短時間リクルートされて、細胞内イノシトール3リン酸-カルシウムシグナルを誘起する:1分子追跡による研究2)
<研究領域等>
戦略的創造研究推進事業 ICORP型研究 | |
研究プロジェクト名: | 膜機構プロジェクト |
研究総括: | 楠見 明弘(京都大学再生医科学研究所 教授) |
研究グループ: | シグナル変換場グループ |
研究実施期間: | 平成17年3月~平成23年3月 |
<お問い合わせ先>
楠見 明弘(クスミ アキヒロ)
国立大学法人京都大学 再生医科学研究所
〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53
TEL:075-751-4112 FAX:075-751-4113
E-mail:
愛宕 隆治(アタゴ タカハル)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5
TEL: 03-3512-3528 FAX:03-3222-2068
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