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平成19年2月16日

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パーキンソン病の病態に迫る

(とらわれていた善玉蛋白質)

 京都大学(総長 尾池和夫)とJST(理事長 沖村憲樹)は、パーキンソン病の責任蛋白質の1つであるα-シヌクレインとともに蓄積して神経障害をもたらす「悪玉」と考えられていたセプチン蛋白質Sept4が、重要な神経機能を持つ一方、α-シヌクレインによる神経変性を抑える「善玉」機能も併せ持つことを発見し、パーキンソン病の複雑な病態メカニズムの一端を明らかにしました。α-シヌクレインの変性と神経毒性を抑えるSept4のはたらきを薬剤などで模倣できれば、治療法の開発につながることも期待されます。
 この研究成果は京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構 木下専助教授(戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」研究領域(研究総括:郷信広))と日本学術振興会 猪原匡史特別研究員を中心とする研究グループが、同機構 宮川剛助教授、順天堂大学脳神経内科 服部信孝教授らの研究グループと行った共同研究によるもので、米国神経科学誌「Neuronオンライン版(2月15日米国東部時間)」に発表される予定です。
論文名:Sept4, a component of presynaptic scaffold and Lewy bodies, is required for the suppression ofα-synuclein neurotoxicity. (前シナプス装置の足場およびレビー小体の構成成分であるSept4はα-シヌクレインの神経毒性を抑制する)


<研究成果の概要>

 パーキンソン病とその類縁の疾患群は、神経細胞の変性・脱落によって運動障害・自律神経障害・認知障害などをもたらす原因不明の神経難病です(注1)。これらの疾患群においては、神経細胞内に大量に存在するα-シヌクレインという蛋白質(注2)が細胞毒性を持つ集合体へと変性するとともに、他の蛋白質を巻き込んだ凝集体(レビー小体:図1注3)を形成することから、シヌクレイン病と総称されています(注4)。この共通病態が神経細胞の機能障害と細胞死に強く相関することから、α-シヌクレインの変性のしくみを解明することは、本疾患群の病態メカニズムを理解し、治療法を開発するために重要であるといえます。
 本研究(文献1)では世界にさきがけて以下の5点を明らかにしました。

1)正常なドパミン神経細胞(注5)の終末ではα-シヌクレインとセプチン(注6)の1つであるSept4がドパミン代謝系の蛋白質と共存・会合して生理機能を果たす。

2)当グループが2003年に報告した通り、シヌクレイン病を特徴づけるα-シヌクレインの凝集体にはSept4が巻き込まれるが(文献2)、孤発性パーキンソン病症例の多くはこれに加えてドパミン神経終末のSept4が欠乏する。

3)Sept4の欠乏がドパミン神経機能に与える影響を、Sept4遺伝子破壊マウスを用いて検討すると、Sept4の欠損により神経終末のドパミン代謝機能が低下する。

4)家族性パーキンソン病の責任蛋白質の1つである変異型α-シヌクレインをマウスで発現させるとシヌクレイン病に類似した神経変性が再現されるが(文献3)、このマウスで形成されるα-シヌクレイン凝集体にもSept4が巻き込まれる。

5)シヌクレイン病モデルマウスのSept4を欠損させるとα-シヌクレインの変性・凝集が促進し、神経症状や病理学的所見も早発・悪化する。

 以上から、Sept4はドパミン神経機能に必須な蛋白質であると同時に、α-シヌクレインとの生理的な相互作用がα-シヌクレインの変性と神経毒性を抑える神経保護効果を持つと考えられます(図2)。このため、レビー小体に巻き込まれるなど、何らかの理由でSept4が欠乏すると、ドパミン神経機能が低下するだけでなく、α-シヌクレインによる神経変性に対してさらに脆弱になるという悪循環に陥る可能性があります。すなわち、Sept4はシヌクレイン病における脆弱性因子ないし感受性因子(注7)の1つと考えられます。

<付記>

1)Sept4欠損だけでは神経変性を起こしませんが、精子無力症による雄性不妊をもたらすことは当グループが2005年に報告した通りです(文献4)。これはセプチン蛋白質が生体内で担っている多彩な役割の一端を示すものです(注8)。

2)Sept4の欠乏とは反対に、培養細胞や実験動物でSept4を大過剰ないし異所性に発現した場合には細胞毒性を発揮し得ることもわかっています(文献1)。これが「Sept4=悪玉仮説」の根拠の1つですが、人工的な現象に過ぎない可能性もあるため、疾患における意義に関して慎重に検証を進めています。

図1 パーキンソン病で変性した黒質ドパミン神経細胞とレビー小体
図2 Stept4の役割を加味したパーキンソン病の病態モデル(仮説)
<用語解説>

(文献1:本研究)
Ihara M, Yamasaki N, Hagiwara A, Tomimoto H, Kitano A, Tanigaki A, Hikawa E, Noda M, Takanashi M, Mori H, Hattori N, Miyakawa T, and Kinoshita M. (2007). Sept4, a component of presynaptic scaffold and Lewy bodies, is required for the suppression of α-synuclein neurotoxicity. Neuron in press (February 15 issue).
(文献2)
Ihara M, Tomimoto H, Kitayama H, Morioka Y, Akiguchi I, Shibasaki H, Noda M, and Kinoshita M. (2003). Association of the cytoskeletal GTP-binding protein Sept4/H5 with cytoplasmic inclusions found in Parkinson’s disease and other synucleinopathies. Journal of Biological Chemistry 278, 24095-24102.
(文献3)
Giasson BI, Duda JE, Quinn SM, Zhang B, Trojanowski JQ, and Lee VM. (2002). Neuronal alpha-synucleinopathy with severe movement disorder in mice expressing A53T human alpha-synuclein. Neuron 34, 521-533.
(文献4)
Ihara M., Kinoshita A, Yamada S, Tanaka H, Tanigaki A, Kitano A, Goto M, Okubo K, Nishiyama H, Ogawa O, Takahashi C, Itohara S, Nishimune Y, Noda M, and Kinoshita M. (2005). Cortical organization by the septin cytoskeleton is essential for structural and mechanical integrity of mammalian spermatozoa. Developmental Cell 8, 343-352.

<掲載論文名>

Sept4, a component of presynaptic scaffold and Lewy bodies, is required for the suppression of α-synuclein neurotoxicity
 (前シナプス装置の足場およびレビー小体の構成成分であるSept4はα-シヌクレインの神経毒性を抑制する)
doi: 10.1016/j.neuron.2007.01.019

<本件に関する問い合わせ先>

木下 専(きのした まこと)
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
1.京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構 助教授
 生化学・細胞生物学グループリーダー
2.独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人研究者
TEL:075-753-9298 FAX:075-753-9311
E-mail:

白木澤 佳子(しろきざわ よしこ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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