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平成18年6月30日

科学技術振興機構(JST)
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国立大学法人東京工業大学
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生命誕生初期のタンパク質合成メカニズムを解明

(新しいアミノ酸をタンパク質に組み込む技術開発に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)と東京工業大学(学長 相澤益男)は、太古の地球に似た環境に生育する古細菌注1において、グルタミンというアミノ酸がRNAに依存して、新しく遺伝暗号につけ加えられたメカニズムを原子レベルで初めて解明しました。
 すべての生物において、タンパク質は20種類のアミノ酸からできています。しかし、生命が誕生した太古の昔には、タンパク質はもっと少ないアミノ酸で構成されており、生物の進化とともに使われるアミノ酸の数も増えていったと考えられています。
 通常、アミノ酸がタンパク質へ合成されるとき、tRNA注2(トランスファー(転移)RNA)が、特定のアミノ酸と結合して、その結合体がタンパク質合成を行う場所まで運ばれます。そして、アミノ酸とtRNAを結合させる酵素(アミノアシルtRNA合成酵素注3:aaRS)は、20種類のアミノ酸に対応するよう、20種類存在します。しかし、近年のゲノム解読の結果から、古細菌には16種類のaaRSの遺伝子しか存在していないことが明らかになりました。これまで、存在しない4種類のaaRSに対応するアミノ酸は、16種類のアミノ酸のどれかから変換され、調達されると考えられてきましたが、その分子メカニズムは長い間謎のままでした。
 本研究では、(a)tRNAに結合している既存のアミノ酸を別のアミノ酸へと変換する酵素と、(b) tRNAが会合した立体構造に注目し、その構造を原子レベルで決定することで、新しいアミノ酸が生成されるメカニズムをつきとめました。
 これは、生命誕生初期において、tRNAに依存しながら新しい遺伝暗号がつけ加えられ、アミノ酸の種類が増えていったしくみを、原子レベルで明らかにしたものです。この成果は、将来、人工的に新しいアミノ酸をタンパク質に組み込む技術の開発にもつながると考えられます。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」領域「構造ゲノム科学およびプロテオミクスに基づく新規の遺伝暗号翻訳装置の同定と機能発現メカニズムの解明」の研究者・濡木理(東京工業大学大学院生命理工学研究科 教授)によるもので、米国科学雑誌「Science(サイエンス)」(6月30日号)に2006年6月30日(米国東部時間)付けで誌面に掲載されます。

<研究の背景>

 大腸菌からヒトにいたるあらゆる生物で、タンパク質はリボソーム注4という工場で合成されます。リボソームでは、アミノ酸の運搬を司るtRNAとアミノ酸が結合したアミノアシルtRNAというものを材料として、メッセンジャーRNA(mRNA)の遺伝情報をもとにアミノ酸が並べられ、タンパク質が作られていきます(図1)。このアミノアシルtRNA結合体は、20種類の基本アミノ酸にそれぞれ対応した、20種類のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)によって合成されています。しかし、近年の目覚ましいゲノム解読の結果、古細菌(バクテリアと真核生物が進化の過程で分かれるもとになった原核微生物)のゲノムには16種類のaaRSの遺伝子しかないことが明らかになりました。たとえば古細菌では、グルタミン注5-tRNA結合体(Gln-tRNAGln)の合成に必要であるグルタミニルtRNA合成酵素(GlnRS)の遺伝子がゲノム上にありません。 そのため、通常はグルタミン酸注5-tRNA結合体(Glu-tRNAGlu)を合成するはずのグルタミルtRNA合成酵素(GluRS)が、別のアミノ酸を誤って結合した結合体(Glu-tRNAGln)を合成します。そして、別の酵素であるtRNA依存性アミド基転移酵素(GatDE)がGln-tRNAGlnへと変換させることが明らかになりました(図1)。このメカニズムにより、グルタミンという新しいアミノ酸がtRNAに依存して遺伝暗号に加えられたことになります。実は、このしくみは古細菌だけでなく、ほぼすべてのバクテリアとミトコンドリアや葉緑体にも保存されているのですが、酵素GatDEがtRNAに依存してアミノ酸の変換を触媒する分子メカニズムは長い間謎のままでした。

<研究の経緯および成果の概要>

 本研究では、好熱性メタン生成古細菌(Methanothermobacter thermautotrophicus/メタノサーモバクター サーマオートトロフィクス)由来のGatDEと、グルタミンの運搬体であるtRNAGlnとの複合体の結晶構造解析を行いました(図2)。そして、得られた立体構造に基づいてGatDE変異体を作成し、機能を解析しました。GatDEは、GatDとGatEという二つのサブユニットから構成されています。そのサブユニットであるGatEがどのようにtRNAGlnを認識しているのか、そして誤った産物であるGlu-tRNAGlnをどのようにGln-tRNAGlnへ変換するのかを検討しました。

その結果、以下のようなメカニズムが初めて明らかになりました。

1)GatEは、tRNAGlnを見分けるために、tRNAGlnのジヒドロウリジンループという部分の長さを測るという原始的な方法を用いる(図2)。
2)GatDで作られたアンモニア分子は、40Å(1Å=10-8mm)におよぶ長い分子トンネルを通って、GatEの活性部位に運搬される(図3)。
3)GatEの酵素活性部位にあるマグネシウム原子がGlu-tRNAGlnの活性化およびアンモニアの付加に作用している(図3)。

 つまり、GatDEが、Glu-tRNAGlnをGln-tRNAGlnへと変換させるためには、1GatDがアンモニアを生成し、2GatEがエネルギー源であるATPを用いて、Glu-tRNAGlnを活性化(リン酸化)することで中間体を生成し、3最後にアンモニアが中間体に付加することでGln-tRNAGlnが生成されるというプロセスがあることが明らかになりました(図1)。

 これは生命が誕生した太古の昔のタンパク質合成システムを反映するもので、生命の進化の理解に対して大きな知見を与えるものと考えられます。なお、本成果に関連して、北海道大学の田中勳博士のグループの成果である、バクテリア型のtRNA依存性アミド基転移酵素であるGatCAB注6のメカニズム解明も同号のサイエンスに掲載されます。

<今後の展開>

 本研究は生命誕生初期に新しいアミノ酸が遺伝暗号に加えられた分子メカニズムを提唱するものです。また、本研究により新規アミノ酸を遺伝暗号に加えるしくみが明らかになったことから、今後従来の20種類のアミノ酸以外の非天然の有用なアミノ酸をタンパク質合成に取り入れて、新規のタンパク質を合成するための道を開くことができると期待されます。


<用語解説>
図1 模式図
図2 GatDEとtRNAGlnの複合体の立体構造
図3 アンモニア分子の通る分子トンネル

<掲載論文名>

Science
"Structural Basis of RNA-Dependent Recruitment of Glutamine to the Genetic Code"
(RNA依存的にグルタミンが遺伝暗号に加えられた構造的な基盤)
doi :10.1126/science.1128470

<研究領域等>

この研究テーマを実施した研究領域、研究機関は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域:「生体分子の形と機能」 (研究総括:郷 信広)
研究課題名:構造ゲノム科学およびプロテオミクスに基づく新規の遺伝暗号翻訳装置の同定と機能発現メカニズムの解明
研究者代表者:濡木 理
研究実施場所:東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻
研究実施期間:平成14年11月~平成18年3月

<お問い合わせ先>

濡木 理 (ヌレキ オサム)
国立大学法人 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻
〒226-8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259
TEL: 045-924-5711  FAX: 045-924-5831
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4丁目1番8号
TEL:048-226-5641  FAX:048-226-2144
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