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平成17年12月13日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

温度が上がると縮む新物質を発見

-精密光学デバイスなど広汎な応用に期待-

本研究成果のポイント
 ○マンガン窒化物の構成元素をゲルマニウムに置き換え合成
 ○従来の負膨張材料に比べて数倍大きな負膨張を室温で実現
 ○欠陥や歪みが入りにくい、熱伝導が良い、硬いなど優れた性質を持つ
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(沖村憲樹理事長)は、温度が上昇するにともない連続的に体積が小さくなる新たな物質を発見しました。理研中央研究所高木磁性研究室(高木英典主任研究員)の竹中康司先任研究員らによる研究成果で、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業・チーム型研究(CRESTタイプ)の研究課題「相関電子コヒーレンス制御」の一環としても進められたものです。
 通常、物質は温度が上昇すると体積が大きくなります。これが「熱膨張」で、グラスに熱湯を注ぐと割れることなど、生活になじみの現象です。ところが、ごく希に、温度が上昇すると逆に体積が小さくなることもあります。これは「負膨張」と呼ばれ、身近には氷が水になると体積が小さくなる例があります。竹中先任研究員らは、「逆ペロフスカイト」と呼ばれる構造をもつマンガンの窒化物が、構成元素の亜鉛、ガリウムや銅の一部をゲルマニウムで置き換えると、室温付近で大きな負膨張を示すことを発見しました。
 負膨張物質は、材料の熱膨張を抑制・制御できるため、温度による形状の変化を極端に嫌う精密光学部品はじめ各種精密デバイスに利用される他、最近ではファイバー・グレーティングと呼ばれる光フィルターの性能安定化に貢献するなど、様々な分野で活躍しています。しかし、これまで実用の負膨張材料は、タングステン酸ジルコニウムなどほんの数例に限られていました。
 今回発見された新しい負膨張材料は、既存の負膨張材料に比べ、温度変化に対する負膨張の割合が数倍大きいという著しい特長を持ちます。この他、負膨張が均一(等方的)であるため、温度の上昇・下降を繰り返しても欠陥や歪みが入りにくく、動作が安定していることや、熱伝導が良い、硬い、などの優れた性質を持ち、今後広汎な利用が期待されます。
 本研究は、米国の応用物理学系学術誌「Applied Physics Letters(アプライド・フィジックス・レターズ)」(12月19日号)に掲載されます。

1.背 景

 図1に示す「逆ペロフスカイト」という構造を持つマンガン窒化物Mn3XNは、Xが亜鉛(Zn)やガリウム(Ga)などの場合、磁気転移温度※1で不連続的な体積の減少を示すことが知られていました。これは「磁気体積効果」と呼ばれ、金属磁性体※2に特徴的な現象です。Mn3XNの体積の減少は最大で2%近くに達し、これは数ある金属磁性体の中でも最も大きい部類に入ります。そのため、1970年代に基礎的な磁性研究の対象として盛んに調べられました。しかしながら1980年代以降は、磁性研究の関心が他の物質・現象に移り、ほとんど省みられることはなくなりました。竹中先任研究員らは、この大きく不連続的な体積の減少が、他の金属磁性体と異なり室温近くで生じることに着目し、これをある温度幅で連続的に起こるようにすれば、実用可能な「負膨張材料」が開発できると考えました。 Mn3XNを用いて実用可能な負膨張材料が開発されれば、従来の物質に比べて非常に大きな負膨張が実現されること、負膨張が均一(等方的)であること、また、これまでに実用化されている負膨張材料であるタングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)やシリコン酸化物(Li2O-Al2O3-nSiO2)と異なり金属的であること、など多くの利点を持った画期的な材料になることが、過去の研究結果から予測できました。また、これまでの負膨張材料がいずれも国外で開発されたものであり、国内発の新材料が求められていたことも、開発の動機となっています。

2.研究手法

本研究では、Mn3XNの構成元素の一部を別の様々な元素で置き換え、熱膨張特性を調べました。その結果、図1中X位置にある亜鉛やガリウムの20~70%程度をゲルマニウム(Ge)で置き換えることにより、不連続的であった体積の減少が100℃程度の温度幅にわたって連続的になることを発見しました。図2はそれをわかりやすく示したものです。Mn3XN(左)には不連続な体積の減少が現れるのに対し、今回発見したMn3(X,Ge)Nでは、ある範囲内で温度の上昇とともに連続的に体積が減少します。Xを100%ゲルマニウムに置き換えたMn3GeNは、もともと結晶構造も磁気特性をはじめとする物理的性質も、逆ペロフスカイト構造を持つMn3XNとは異なっています。このMn3GeNとMn3XNとを適当な比率で混合し、焼成することで、今回の負膨張材料が粉末状で得られます。

3.研究成果

今回発見された負膨張材料は、従来材料にない次の6つの優れた特質を持ちます。

1) 単一の物質として、負膨張の大きさを自在に制御

構成元素の種類や比率を変えることで、単一の物質として、負膨張の大きさを自在に制御できます。従来は、熱膨張の度合いが異なる複数の物質を混合することでしか、熱膨張の大きさを制御できませんでした。図3図4に、代表的な負膨張組成の線膨張率※3を示します。線膨張率とは、熱膨張の度合いを示す指標の一つで、基準温度に対して体積がどのくらい変化するかを表します。線膨張率が右下がりとなれば、温度とともに体積が小さくなることを意味します。これまでのところ線膨張係数(線膨張率の傾き)で-3μ/℃から-25μ/℃の範囲で制御できています。ゲルマニウム置換量を増せば、負膨張の度合いは小さくなる傾向があることを見つけており、究極的には、混合物でなく単一物質として、温度を変化させても体積が変化しない「ゼロ膨張」材料が作製できると期待されます。
2) 巨大な負膨張

従来材料の負膨張は、実用化されているものでもタングステン酸ジルコニウムが線膨張係数およそ-9μ/℃、シリコン酸化物がおよそ-2μ/℃から-5μ/℃ですが、今回発見された物質の負膨張は、最大でこれら従来材料の数倍の大きさに達します。
3) 均一な負膨張により使い勝手が向上

負膨張が均一(等方的)であるため、温度の上昇・下降を繰り返しても欠陥や歪みが入りにくく、動作が安定しています。等方的負膨張という性質は、この材料の使い勝手を格段に高めます。例えば、任意の形状に焼き固めて使用することも、粉末として他の材料に混ぜることも可能です。
4) 高い電気伝導性や熱伝導性を示す

従来の酸化物系負膨張材料は全て絶縁体でしたが、今回発見した負膨張材料は金属的であり、高い電気伝導性や熱伝導性を示します。そのため、例えば、より性能の良いヒートシンク※4の作製も可能になります。
5) 機械的強度を有す

ラスチックなど一般的な有機材料はもちろんのこと、鉄やアルミニウムなど金属材料と比べても大きな機械的強度を持ち、例えば、精密材料加工の用途でも負膨張材料を使用することができるようになります。
6) 安価で環境に優しい材料

主原料がマンガンや亜鉛、銅などであるため、安価で環境に優しい材料です。

4.今後の期待

今回新たに発見された負膨張材料は、精密光学部品や精密機械部品など、既存の負膨張材料が担っていた様々な分野での利用が期待されます。大きな負膨張に加えて、高い電気伝導性や熱伝導性は、負膨張材料の用途や可能性を大きく広げるものと期待されます。さらに、単一物質としてゼロ膨張が実現できれば、その硬い性質を利用し、高精度材料加工を可能にする「熱膨張しない」精密切削工具など、これまでになかった利用も考えられます。


補足説明
図1 逆ペロフスカイト構造Mn3XN
図2 負膨張材料開発の概念図
図3 負膨張を示す代表的な組成の線膨張率1
図4 負膨張を示す代表的な組成の線膨張率2

(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
中央研究所 高木磁性研究室
  先任研究員竹中 康司
TEL:048-462-1111 (内線8744) FAX:048-462-4649
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
金子 博之
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室
報道担当(星野、松田、北岸)
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
独立行政法人科学技術振興機構 総務部広報室
住本 研一
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432