鉄はエネルギー産生など生命体に必須の機能の活性中心として機能しているほぼ全ての生命体に必須の微量金属であるが、過剰量存在すると蛋白質や核酸などと反応し、それらの分子を傷害しやすいフリーラジカルの産生源となることが知られており、その代謝は厳密に制御されている。加えて、近年では鉄代謝は微生物に対する生体防御や、神経変性疾患、C型肝炎ウイルス発がんなど、疾患への関与も報告されている。
IRP2(iron regulatory protein 2)は哺乳類細胞における主たる鉄代謝制御因子の1つである。これまでにIRP2はヘム*1およびユビキチン*2依存的に分解されることにより活性が制御されることを示していたが、今回IRP2のヘム依存性分解機構の詳細な解析を行い、IRP2内のHRM(heme regulatory motif)がヘム結合領域およびヘムと酸素により酸化されてユビキチンリガーゼによる識別される領域として働き、IRP2を分解へ至らしめることを明らかにした。
今回の結果により、ヘムを介して細胞内鉄濃度を感知し得る系が存在することが明確となった。ヘムは細胞内の小器官であるミトコンドリアで生成されることから、細胞は従来想定されていた細胞質の鉄プールではなく、ミトコンドリアを介して鉄を感知する経路が存在することが強く示しており、今後の鉄代謝関連疾患の病因究明のブレークスルーとなることが期待される。
本成果はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島 泰郎(共和化工株式会社環境微生物学研究所所長))の研究テーマ「ユビキチン修飾による蛋白質機能変換機構の解析」の研究代表者・岩井 一宏(大阪市立大学大学院医学研究科教授)らによって得られたもので、平成17年7月22日の米国科学雑誌「Molecular Cell」で発表される。
【成果の概要】
研究の背景と経緯:
鉄は、エネルギー(アデノシン三リン酸(ATP))産生など生命体に必須の機能の活性中心として関係しているばかりでなく、DNAの基本構成成分であるデオキシリボース合成の活性中心として機能している、ほぼ全ての生命体に必須の微量金属である。しかしながら、過剰量存在すると蛋白質や核酸などの生体内の高分子と反応し、障害を起こしやすいフリーラジカルの産生源となることから、鉄代謝は酸化ストレスとの関連からも注目を集めている。さらに近年では微生物に対する生体防御や、神経変性疾患、C型肝炎ウイルス発がんへの関与など疾患への関与も報告されている。IRP2(iron regulatory protein 2)は哺乳類細胞の鉄イオン濃度を感知して鉄代謝を制御するセンサーとして働き、鉄取り込み蛋白質であるトランスフェリン受容体と鉄貯蔵蛋白質であるフェリチンの発現を、それらをコードするメッセンジャーRNA(mRNA)上に存在するIRE (iron responsive element)に、鉄欠乏下においてのみ結合することで制御している (図1)。 具体的には、鉄が豊富にあるときはIRP2が少なくIREに結合しないため、トランスフェリン受容体の発現が少なく、フェリチンの発現が多くなり、鉄がフェリチンに貯蔵される。一方、鉄が欠乏しているときは増えたIRP2がIREに結合することで、トランスフェリン受容体の発現が多く、フェリチンの発現が少なくなるため、逆にトランスフェリン受容体を使い細胞外部から鉄を取り込もうとする。このようにIRP2により鉄代謝を制御しているが、鉄イオン濃度を検知しIRP2の量を制御する機構の詳細は明らかにされていなかった。本研究チームは、既に細胞に鉄イオンが十分に存在するときにはユビキチン*2依存的に分解されることによってIRP2の活性が制御されることを示すとともに、IRP2に特異的なIDD(iron-dependent degradation)ドメインがユビキチン依存性分解に必須であること、IRP2のユビキチン依存性分解へのヘム*1および蛋白質の酸化修飾の関与を示唆する結果を得ていた。今回、さらにIRP2のヘム依存性分解機構の詳細な解析を進めていた。
今回の論文の概要:
本研究チームは、IRP2 の分解に必須なIDDドメイン内のアミノ酸であるシステインCys201、ヒスチジンHis204を含む領域がヘムによって制御を受ける蛋白質のヘム結合部位であるHRM(heme regulatory motif)と相同性を有していることに注目した。そして、Cys201とHis204の両者をアラニン(Ala)に置換することによりIRP2が安定化すること、および、Cys201がFe3+-へムとHis204はFe2+-へムとの結合に関与することを示した。さらにCys201とHis204が、蛋白質へユビキチンを修飾するユビキチンリガーゼ*3によって識別され、IRP2を分解に導くことを示した。以上からIRP2はCys 201を介してFe3+-へムと結合して細胞内鉄濃度を感知し、Fe2+-へムへと還元された後にヘムと酸素によって酸化修飾を受けて、ユビキチン依存性に分解されることが明らかとなった (図2)。 HRMのCysはヘムとの結合に重要であることが知られてはいたが、His の重要性は指摘されていなかった。しかしながら、IRP2のHRMではCys のみならずHisも重要な役割を果たすことを示した。 これらの結果からIRP2のHRMはヘム結合領域としての役割以外に、ヘムと酸素により酸化されてユビキチンリガーゼによって識別される領域として働き、IRP2を分解へ至らしめることを明らかとなった。以上の今回の研究代表者らの成果からIRP2がヘムを介して細胞内鉄濃度を感知し得ることが明確に示された。ヘムは細胞内の小器官であるミトコンドリアで生成されることから、細胞には従来想定されていた細胞質の鉄イオンプールではなく、ミトコンドリアを介して鉄を感知する経路が存在することを明らかにした(図3)。今後期待できる成果:
ヘムはヘム蛋白質の補欠因子として様々な生体機能を担っていることはよく知られており、鉄代謝がヘム代謝に関与することは報告されていた。今回の研究成果は、ヘムが鉄感知メカニズムの一翼を担っていることを示し、鉄の主たる補欠分子族であるヘムが、その含有物である鉄の代謝制御に関与するという新しい機構の存在を示した。前述の如く、近年、鉄代謝と疾患への関与が注目を集めつつある。それゆえ、細胞の鉄感知機構におけるヘムの役割の解析を進めることによって、鉄代謝異常の関与が知られている疾患群、例えば神経変性疾患やC型肝炎ウイルス発がんなどの疾患の病態解明の新たな糸口が見つかり、それら疾患の的確な治療・予防法の確立への貢献が期待できる。また、IRP2のヘム依存性分解機構の解明を進めることにより産生の場であるミトコンドリアから細胞質に存在するヘモグロビンや小胞体に存在するヘム蛋白質へのヘムの輸送など、その存在の予想はされながら長い間解明されていない、細胞内ヘム輸送系の解明にも繋がることが期待される。***************************************
【論文名】
“Involvement of Heme Regulatory Motif in Heme-Mediated Ubiquitination and Degradation of IRP2”
(ヘム制御モチーフのIRP2のヘム依存的なユビキチン修飾および分解への関与)
doi :10.1016/j.molcel.2005.05.027
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりである。
○「ユビキチン修飾による蛋白質機能変換機構の解析」
(研究代表者:岩井 一宏 大阪市立大学大学院医学研究科 教授)
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域: | 「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」 | |
(研究総括:大島 泰郎 | 共和化工株式会社環境微生物学研究所 所長 | |
/前 東京薬科大学生命科学部 教授) | ||
研究期間:平成13年度~平成18年度 |
【本件問い合わせ先】
岩井 一宏(いわい かずひろ)
大阪市立大学 大学院医学研究科 分子制御教室
〒545-8585 大阪市阿倍野区旭町1-4-3
TEL: 06-6645-3905, FAX: 06-6645-3907
E-mail:
佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5635, FAX:048-226-1164
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