*用語解説

1 増殖因子:
成長因子ともいい、細胞の増殖や分化などを誘導する物質。細胞についてはその形態変化などをもたらすものと、細胞分裂・増殖を促進させるものとがある。前者には神経成長因子(NGF)、後者には上皮増殖因子(EGF)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)など種々のものがあるが、同じ増殖因子でも作用は細胞の種類により異なることがある。多くはペプチド・タンパク質で特異的なレセプターを介して標的細胞に作用する。
2 シグナル伝達:
生物学におけるシグナル伝達は、細胞のある部分で起きたイベント(シグナル)が他の種類のシグナルに変換される過程のことを指す。ここでのシグナルはセカンドメッセンジャー、蛋白質リン酸化、蛋白質の局在変化、転写活性制御などの生化学的反応の連鎖を含んでいる。多くの場合、最初の刺激から過程が進むにつれ、関与する酵素や分子の数が増大する。このような反応の連鎖は「カスケード」と呼ばれ、弱い刺激から大きな反応を誘導したり、複数のカスケードの組み合わせによる適切な状況判断を行う。
3 コンピュータシミュレーション:
数値シミュレーションのこと。評価・分析の対象の構造や現象の特徴を表現したモデルを作成し、計算機上で擬似的に動作させる実験手法をいう。この場合は,細胞内シグナル伝達分子の物性パラメータを計算機に入力し、細胞の外部に加わる刺激を与えて、細胞の反応を予測する。
4 システム生物学:
シグナル伝達や遺伝子ネットワークをまとまったシステムして捉え、生命現象をシステムの振る舞いとして理解する、学際的な生物学の一分野である。コンピュータシミュレーション、数値解析、制御工学などの手法、考え方を分子生物学に応用し、複雑な生命現象を理解する生物学として発展しつつある。
5 分子のダイナミクス:
細胞内シグナル伝達分子は他の分子との相互作用により物理的構造や化学的性質が常に変化しており、この変化が様々な細胞内情報伝達を担っている。このような分子の生化学的性質の経時的変化を分子ダイナミクスと呼ぶ。
6 ERK:
ERKはMAPキナーゼファミリーに属するシグナル伝達分子で、もっとも早くに発見されたことから古典的MAPキナーゼとも呼ばれる。ERKは非常に多くのシグナル伝達経路に関わっており、特にRaf→MEK→ERKの経路はMAPキナーゼカスケードと呼ばれ、このカスケードはRas、Rap1などによって活性化される。ERKは活性化すると転写因子などをリン酸化し、遺伝子発現を調節することで細胞の分化や増殖などを制御していると考えられている。
7 PC12細胞:
PC12細胞はラット副腎髄質由来の褐色細胞腫で、神経成長因子(NGF)を作用させるとERKが持続的に活性化されて神経のように樹状突起を伸ばすことから、神経細胞分化のモデル細胞として用いられている。また、上皮増殖因子(EGF)を作用させるとERKが一過的に活性化されて増殖が促進されることが知られている。
8 Ras、Rap1:
Ras、Rap1は共に低分子量G蛋白質ファミリーに属するシグナル伝達分子で、細胞の分化や増殖などを引き起こす様々なシグナル伝達経路で機能している。これらの分子はGDP-GTP交換因子(GEF)によってGTP結合型に変換されると活性化し、GTPase活性化蛋白質(GAP)によってGDP結合型に変換されると不活性化する。シグナル伝達過程では、GEFとGAPのバランスによってRas、Rap1の活性化が調節されている。
9 パラメータ:
ここでは細胞全体や細胞内コンパートメントの体積、細胞内の分子の濃度、分子間相互作用の強さ、拡散定数など、シミュレーションモデルの性質を規定する定数のこと。容易に測定できるものもあるが、実際の細胞内でこれらのパラメータを測定することは難しいことが多い。この点が細胞シミュレーション研究のボトルネックのひとつとなっている。