[補足説明]
研究の背景
 従来のロボット研究は,産業用ロボットのようなプレイバックロボット(与えられた動作を繰り返すロボット)では高速の動作を実現した例もあるが,ヒューマノイドロボットのようにセンサ情報を用いて適応的にタスクを実行するロボットの場合では,そのほとんどが静的あるいは準静的静的フィードバックを用いていた.従来の画像処理が最高でも30Hzという低速であったため,機械のダイナミックスの制御に視覚情報が用いられた例はなく,人間の動作に比べて低速な動作しか実現できていなかった.しかしながら,原理的には,人間の動作に比べて,機械システムの動作の方が高速であるはずであり,その限界に迫る研究がなされてこなかった.一方,人間では人間の視覚系の処理速度に合わせた運動系の動的な動作が実現されており,このことを機械システムに相似的に当てはめれば,人間と同様の機能を人間より高速に実現できるはずである.
 本研究では,このことをロボットマニピュレーションで実現することが目的である.つまり,目と手の工学的実現である視覚システムとロボットマニピュレータを,原理的に人間の速度を大きく超えたレベルで実現することが目的である.
 これを実現するためには,まず視覚情報処理を高速化する必要があるが,これに関しては,当研究室で長年にわたり研究してきたビジョンチップが実用的なレベルに達し,1msでの画像処理を実現したことが一つのキーポイントとなっている.ビジョンチップの研究は,すでに国内2社(日本プレシジョンサーキッツ(株),浜松ホトニクス(株))から実用化され,大学の技術移転や新たな技術展開を目指して,ビジョンチップ協議会(17社が参加)が結成されている.
具体的な研究成果
 視覚システムとして,1msで汎用画像処理が実現可能なビジョンチップシステム(解像度:128×128,図1)を2台用いることにより対象の3次元位置を計測し,位置フィードバックを実行することにより,機械システム限界に迫る速度(180度開閉を0.1秒で実行可能)を実現することに成功した.ロボットマニピュレータは4関節を持ち,各関節はワイヤによって駆動されており,高出力・低減速アクチュエータを台座付近に配置して手先慣性を小さくすることで,手先において最高速度6 m/sの高速な動作を可能である.
 高速なバッティングを実行するためには,バットを思い切りスイングする必要があるが,同時にバット先をボールに正確に当てる精密な動作も必要とされる.そこで,バットを高速に振り切るスイング動作と,ボールを芯で捉えるヒッティング動作のハイブリッド制御アルゴリズムを開発した.前者のスイング動作としては,ロボットマニピュレータに最適なスイング動作をあらかじめ求めておき,時間軌道として与えることとした.一方,後者のヒッティング動作としては,視覚フィードバック制御でアームの軌道をリアルタイムで補正して打撃制御を行うようにした.
 実験では,約2.5 m離れた位置から半径4.5 cmのプラスチックボールをロボットマニピュレータに向けて人間が投げた.視覚センサが対象を確認してから打撃を終了するまで約0.2秒という瞬時の動作である.ボールを直前まで引き付けてから打つので,ボールの軌道が変化しても対応できる.また,視覚センサフィードバックのレートは0.001秒であるので,ボールの変化に対してロボットマニピュレータは瞬時に対応することができる.実験環境を図2に,実験結果の連続写真を図3に示す.
今回の成果のポイント
 高速の視覚システムと,それを用いた視覚フィードバック制御手法を開発することにより,人間以上の速度で人間と同様の動作を実現したものである.機械システムの限界を追求すると,人間の目には見えない領域でロボットが適応的に動作することを実証したものである.
 世界的な研究レベルでは,低速の画像処理システム(ビデオレート=30Hz)で視覚フィードバックを行っているのがトップレベルであるが,この場合,機械システムの限界よりも視覚系の性能が著しく劣っており,機械システムの性能を引き出せていないのに対して,本研究は機械システムの性能を最大限に引き出すことを可能にした.つまり,ヒューマノイドロボット等,現状のロボット研究のほとんどが人間の動作の実現を最終目標としているのに対して,本研究はそのような低速の動作ではなく,機械の限界に挑む研究であり,人間には速すぎて見えないロボットの実現を目指している点が特徴である.多分,世界一高速なロボットマニピュレーションシステムであると推測される.
 今後,同時に開発している高速多指ロボットハンドをアームの先に取り付けて,全体として超高速ロボットを実現する予定である.現状のロボット研究の多くが「人間と同じ動作の実現」を目指しているのに対して,本研究は機械の限界に挑む研究であり,ロボットの速度の限界を追求したものである.
研究成果の社会的な意義
 人間の動作速度を目標としたロボット研究とは違って,機械の限界に挑戦するロボット研究を提唱している.このことは,これ以上のコストダウンに限界のある産業用ロボットに対して,高速視覚フィードバックを用いた適応性と高速性を付与することにより,パフォーマンスの向上を実現するブレークスルーを提供するものであり,ロボット単体で様々な作業用途に対応できるような汎用性を持たせることで,結果としてコスト・パフォーマンスを極端に向上させうるものである.このことは低賃金労働者による労働集約型産業に対抗しうるロボット技術,あるいは剛体以外の対象(柔らかい物体,動く物体)を扱えるロボット技術等の展開が期待できる.現在,世界をリードする日本のロボット技術に新たな展開の可能性を与えるものである.
関連ホームページアドレス
 東京大学石川研究室 http://www.k2.t.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
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This page updated on December 12, 2003

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