科学技術振興事業団報 第224号
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科学技術振興事業団
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主要な信号伝達物質であるPKCの一員PKC-δが
自己免疫疾患に関与することを発見

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「神経細胞における増殖制御機構の解明」(研究代表者:中山 敬一)で進めている研究の一環として、信号伝達物質であるPKCファミリーの一員であるPKC-dが、細胞増殖抑制に働き、この分子の機能不全によって自己免疫疾患を発症することを発見した。この研究成果は、九州大学生体防御医学研究所細胞機能制御学部門分子発現制御学分野の中山敬一教授のグループによって得られたもので、この成果は、4月25日付の英国科学雑誌「ネイチャー」で発表される。


信号伝達物質は細胞外からの情報・刺激を受け取り、刺激に応じた固有の反応を引き起こすために機能している分子である。その中でPKC (プロテインキナーゼ C)は、カルシウムとリン脂質によって活性化されるリン酸化酵素群であり、現在では約10種類の分子が存在することが知られている。これら個々のPKC分子は、試験管内では活性制御機構や特異的なリン酸化の基質が調べられてきたが、実際に細胞内・生体内でどのような機能を持っているかについては不明の点が多く残されていた。

多くのPKCが増殖を促進する信号伝達に関与することが示唆されてきたのに対し、PKC-dというPKCの一員だけは、細胞の増殖を停止させたり、細胞の分化や細胞死を誘導することが細胞を用いた実験から明らかとなっており、PKCの中で特異的な機能を持つと考えられていた。そこで今回、中山らは特定の遺伝子を胚性幹細胞(ES細胞)で欠損させる技術を用いて、PKC-d遺伝子を人工的に破壊したマウス(PKC-dノックアウトマウス)を作製し、PKC-dの生体内での機能を明らかにした。

PKC-dノックアウトマウスは正常に誕生・成長したが、脾臓及びリンパ節が異常に腫大していることが明らかとなった。これらの臓器よりリンパ球を調製し解析を行ったところ、Bリンパ球のみが異常に増加し、正常なマウスでは認められない胚中心(外来抗原による刺激によって形成される)が多数認められた。そしてBリンパ球によって産生される液性因子(サイトカイン)であるインターロイキン6(IL-6)が過剰産生されていることが明らかとなった。

このPKC-dノックアウトマウスのBリンパ球を、他のマウスへ移植すると、PKC-dノックアウトBリンパ球は、このマウスの中でも異常な増殖を示した。このことはPKC-dノックアウトマウスでみられたBリンパ球の異常増殖はBリンパ球固有の性質であり、周囲の環境要因に依存しないことを示している。

PKC-dノックアウトマウスは、加齢とともに自己抗体を産生し、腎臓の糸球体では免疫グロブリンや補体の沈着が認められ、自己免疫性腎炎の病理像を示した。また全身にBリンパ球の異常な浸潤があり、これは人間の自己免疫性疾患であるCastleman氏病(IL-6の増加とBリンパ球の増殖・浸潤を伴う自己免疫性疾患)に類似していることが明らかとなった。

今回の成果は、主要な情報伝達物質であるPKCの中で、PKC-dはBリンパ球の増殖抑制とともに自己反応性Bリンパ球の排除に必須の分子であることを初めて明らかにしたものであり、将来的に自己免疫疾患の原因の究明と治療技術へ展開するものと期待される。

補足説明

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本件問い合わせ先:
中山 敬一(なかやまけいいち)
九州大学生体防御医学研究所 
細胞機能制御学部門分子発現制御学分野
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森本 茂雄(もりもとしげお)
科学技術振興事業団 研究推進部 
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This page updated on April 25, 2002

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