日立製作所 基礎研究所 外村 彰 |
超伝導実用化を妨げているものの一つに、磁束量子(図1)の振舞いがあります。超伝導体に電流が流れて発生するローレンツ力は磁束量子を動かそうとしますが、磁束量子が動いてしまうと熱が発生し超伝導状態が壊れてしまいます。従って、磁束量子が動かぬようにピン止め(ピンニング)できれば、超伝導体に流せる電流量(臨界電流)を大きくできます。つまり、超伝導体の実用化には、転移温度の高温化もさることながら、如何に磁束量子をピン止めするかも重要な鍵を握っているのです。
とりわけ高温超伝導体では、ピンニングのメカニズムのみならず、磁束量子の微視的な挙動そのものに大きな関心が寄せられています。それは、高温であるが故の熱揺らぎの効果や、結晶学的な異方性に起因した超伝導相の層状構造などにより、1本の糸状の磁束線とそれを取り巻く一連の渦電流という描像(図1)ではなく、薄い円盤状の渦電流が積み重ねられているという描像(パンケーキ磁束量子モデル:図2)を考えねばならないなど、従来とは形態が大きく異なるからです。現在までに多くの理論的、実験的研究が行なわれてきましたが、磁束量子は直接観察が困難だったため不明な点がまだ多く残されています。超伝導体内部の磁束量子を直接、動的に観察する事は、超伝導研究者の夢だったのです。
高温超伝導体の磁束量子ピン止めセンタとして期待されるものに、コラムナー(円柱状)欠陥があります(図3)。高温超伝導体に高速重イオンを照射したとき、イオンの軌跡に沿って形成される円柱状のアモルファス相のことです。コラムナー欠陥は、大きさ(直径)が磁束量子の常伝導芯とほぼ一致すること、直線状の形状が磁束線とマッチすることなどから強いピン止め効果を示します。しかもイオン種、イオン価数、加速電圧によって欠陥の大きさを制御可能であり、超伝導物質の合成とは全く独立に導入できることから、実用上大変魅力的なピン止めセンタです。
図4は1MVホログラフィー電子顕微鏡での磁束量子観察の様子を模式的に示したものです。ローレンツ法では平行性の良い電子線を試料に入射させ、フォーカスを外すことによって電子線が受ける偏向の度合いを白黒濃淡のコントラストとして観察します。磁束量子は白黒ペアの粒状のコントラストで観察されます。また、コラムナー欠陥に沿って斜めにピン止めされた磁束量子は、コントラストがコラムの投影方向に回転して観察されます。
図5((お知らせ)の図1と同じ)は0.5ミリテスラ(mT)の磁場中で30Kに冷却したときの観察像です。図5(a)は電子顕微鏡像(インフォーカス)、(b)は同一視野のローレンツ像です。図5(a)の矢印で示した短い線状の黒いコントラストがコラムナー欠陥、(b)の白黒粒状のコントラストで観察されているものが磁束量子です。コラムナー欠陥のコントラストは、ローレンツ像の大きなフォーカスはずれ量(デフォーカス量:500mm)のために周囲の背景に溶け込み観察されません。中央部の斜めに配列した3個の磁束量子(矢印で示した)は、周囲にある他の磁束量子と比較して細く伸びた形状をし、コントラストも低くなっていますが、これは磁束量子がコラムに沿って斜めに超伝導体中に存在していることを示しています。すなわち、超伝導体内部の磁束量子の形態を直接観察している証拠写真です。図5(b)の像を見ながら試料に印加する磁場の方向(角度θφ)を様々に変化させましたが、磁束量子をコラムナー欠陥から外すことはできませんでした。これはコラムナー欠陥が磁束量子を強くピンニングしていることを示しています。
ところが、試料を冷却していくと、12~14Kの温度を境にしてコラムナー欠陥に沿ってピン止めされていた磁束量子がコラムから外れて、他の磁束量子と同じ様に膜面に対して垂直になりました(図6:(お知らせ)の図2と同じ)。すなわち、極低温に冷却するだけでコラムナー欠陥から磁束量子が自然に外れたのです。この超伝導体内部の磁束量子の形態の変化は、極低温になってコラムナー欠陥のピン止め力が弱くなったことを意味します。一般に考えられるピン止め効果とは逆の特性を示す新しい発見です。
この特性は、磁束量子の振舞いにも現われていることが、動的観察により明らかになりました。すなわち、25Kなどの高温では、あるピンニングセンタから別のピンニングセンタへ跳ぶ(ホップする)様に動いていた磁束量子は、試料温度が下がるにつれて移動速度が遅くなり、7Kではピンニングセンタから外れて、ほぼ全ての磁束量子がいっせいに流れる様に動きました。コラムナー欠陥の影響はほとんど見られなかったのです。
以上の結果は、高温超伝導体が内部に持つ原子レベルのピン止め効果が、磁束量子の形態や振舞いに強く影響することを示しており、コラムナー欠陥のピン止め機構を考える際、従来考えられていた以上にこれらの微視的なピン止め効果の役割を考慮しなければならないことを示唆する新しい知見です。
我々は微視的なピン止め機構のモデルとして図7に示す様な描像を推定しています。
(1) | ビスマス(Bi)系高温超伝導体は結晶内部に原子レベルの非常に小さく、かつ、密度の高いピンニングセンタ(例えば酸素原子の分布ムラなど)を含んでいる。(図7(a)) |
(2) | このピンニングセンタは、低温で顕著である。 |
(3) | コラムナー欠陥など高温で顕著なピンニングセンタは、低温では相対的にピン止め力を失う。(図7(b)) |
(4) | その結果、磁束量子はコラムナーカラ欠陥から外れ、膜面垂直に形態を変化させる。 |
以上の様に、1MVホログラフィー電子顕微鏡を用いることによって、従来よりも厚い試料を透過観察できるようになり、世界で初めて超伝導体内部の磁束量子の形態や、その変化の様子が微視的に直接観察できる様になりました。超伝導材料実用化の鍵を握る磁束量子のピンニング効果や、高温超伝導メカニズムと関連する磁束量子の形態や挙動を直接、目の当たりに見ることができるようになったのです。今後、さらに実験技術、方法を最適化することによってさまざまなデータを蓄積し、高温超伝導メカニズムの解明とその実用化に対して有効な情報を提供できるものと期待されます。
This page updated on August 9, 2001
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