(お知らせ)
平成13年 8月 3日
埼玉県川口市本町4-1-8
科 学 技 術 振 興 事 業 団 
電話048-226-5606(総務部広報室)

高温超伝導体内の磁束量子の形態変化の動的観察に世界で初めて成功
―高温超伝導の基本メカニズム解明に手がかり―

 科学技術振興事業団(理事長:沖村 憲樹)が戦略的基礎研究推進事業の一環として進めている研究テーマ「電子波の位相と振幅の微細空間解像」(研究代表:北澤 宏一 東京大学大学院教授)において、東京大学、日立製作所の研究グループは、日本原子力研究所の協力を得て高温超伝導体薄膜中の磁束量子の形態が変化する様子を、開発したばかりの1MVホログラフィー電子顕微鏡を用いて観察することに成功した。これは超伝導体内部の磁束量子を観察した世界で初めての結果で、磁束量子とコラムナー欠陥(円柱状欠陥)との相互作用の様子が、微視的、かつ動的に明らかにされた。極低温になるほど磁束量子がコラムナー欠陥から外れるなど、従来推定されていた描像とは異なる磁束量子の振舞いがビデオ映像で捉えられた。本結果により、高温超伝導体の内部に多数分布している原子サイズの欠陥が磁束量子のピン止めに重要な役割を果たしていることが示され、高温超伝導の基本メカニズムの解明が進むことが期待される。この研究成果は8月9日付けの英国科学雑誌「ネイチャー」に発表される。

 電気抵抗がゼロとなる超伝導現象は、私達の生活を大きく変える技術として期待され、基礎と応用の両面から研究開発が進められている。これまでに、医療用機器の磁気共鳴イメージング装置(MRI)などが実用化されてきたが、超伝導を出現させるには液体ヘリウムなどを利用し、極低温(液体ヘリウム温度4K=-269℃)に冷却しなければならず、安価に、かつ、自由に利用できるまでには至っていない。また、超伝導の中でも、高温超伝導体は、液体窒素温度(77K=-196℃)で超伝導を示すことから、冷却に対する制約が比較的緩く実用化が期待されているが、磁束量子注1の振舞いにより流せる電流量(臨界電流)が制限されてしまうという問題注2のため、ごく限られた範囲でしか実用化には至っていない。さらに、高温超伝導現象のメカニズム解明には、磁束量子が重要な鍵を握っていると考えられるため、磁束量子の挙動の直接観察が重要な課題となっていた。

 研究グループでは、高温超伝導体内部の磁束量子の形態観察を目的に、100万ボルト(1MV)ホログラフィー電子顕微鏡注3の開発に取り組んできた。そして今回、本開発の電子顕微鏡を用いて、従来よりも厚い試料を透過観察できるようになった結果、高温超伝導体薄膜中の磁束量子の形態やその振舞いの動的観察に世界で初めて成功した。

 今回、研究グループは、ビスマス(Bi)系高温超伝導体に斜めにコラムナー欠陥注4を導入し、個々のコラムナー欠陥とそこに固定(ピン止め)された磁束量子の様子をローレンツ顕微鏡法注5を用いて観察した。さらに、試料温度、印加磁場の強度を変化させたときの磁束量子の振舞いを動的に観察した。図1(a)は電子顕微鏡像で、図中矢印で示した黒く短い線状のコントラストが1個のコラムナー欠陥である。また、図1(b)は図1(a)と同じ場所のローレンツ像で、白黒ペアの粒状になって見えるものが1個の磁束量子である。図1(b)の矢印で示された磁束量子は、他の磁束量子と比較して、形状が細長くかつコントラストが低く観察されている。今回、磁束量子が超伝導体内部で傾斜した場合には、このような像となることをはじめて示すことができた。すなわち、図1(b)は磁束量子がコラムナー欠陥に沿ってピン止めされていることをはじめて示す証拠写真であり、磁束量子がどこに存在しているかという位置情報だけでなく、磁束量子の形態の観察にはじめて成功したものである。

 さらに、温度の変化過程を動的に観察した結果、高温でコラムナー欠陥に沿って傾いていた磁束量子が、試料温度を下げることによって、コラムナー欠陥から自然に外れ、他の磁束量子と同様に膜面に対して垂直に形態変化する様子が観察された。図2(a)のように35K(-238℃)で低いコントラストで観察されていた磁束量子が、図2(b)の10K(-263℃)では、高いコントラストに変化し、ほぼすべての磁束量子のコントラストが均一になった。これは、極低温ではすべての磁束量子が膜面に対して垂直になっていることを示している。極低温でピン止めが外れるという、通常のピン止め効果とは逆の特性を示すことが確認された。これらは従来考えられていた以上に、微視的なピン止め効果の役割を考慮しなければならないことを示唆する新しい知見であり、高温超伝導の基本メカニズムに関係する発見と考えられる。

 本研究で開発された1MVホログラフィー電子顕微鏡を用いることによって、従来よりも厚い試料を透過観察できるようになり、超伝導体内部の磁束量子の形態や、その変化の様子が微視的に直接観察できる様になった。今後、さらに実験技術、方法を最適化することによって磁束量子に関するさまざまなデータを蓄積することにより、高温超伝導メカニズムの解明とその実用化に対して有効な情報を提供できると考えている。なお、動的観察結果は、日立基礎研究所のホームページ(http://www.hatoyama.hitachi.co.jp)にて、短いムービーとして『ネイチャー』の発行と同時に掲載の予定。

[用語説明]
注1 磁束量子:外部磁場を強くしていったときに、超伝導体内部にとり込まれる非常に細い糸状の磁束線。超伝導体中に存在できる磁束の最小単位(量子)であることからこの名称がある。
注2 磁束量子の振舞い:超伝導体に電流が流れると、磁束量子はローレンツ力を受ける。この力に抗せず磁束量子が動いてしまうと、熱の発生を伴い超伝導状態が破壊されてしまう。このため、磁束量子を固定(ピン止め)することは、超伝導実用化にとって重要な鍵となっている。
注3 ホログラフィー電子顕微鏡:D.ガボールのアイデアを実現した装置で、電子線を波として取り扱い、電子波の位相分布の持つ物理情報を余すところ無く観察・測定できる電子顕微鏡。磁場や電場を定量的に測定できる。
注4 コラムナー欠陥(円柱状欠陥):高速重イオンを照射することによって、イオンの軌跡に沿って形成される円柱形をした欠陥。コラムナー欠陥に沿って磁束量子がピン止めされると、超伝導体内の臨界電流密度が増加することが知られている。
注5 ローレンツ顕微鏡法:磁性材料の持つ磁気構造を可視化する観察方法。本研究方法の場合は、磁束量子の持つ磁場によって偏向を受けた電子線の偏向の度合いを、試料からフォーカスをはずして検出・観察している。電子線が磁場から受けるローレンツ力に因んだ名称である。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:極限環境状態における現象(研究統括:立木 昌 物質・材料研究機構 特別研究員)
 研究期間:平成7年度~平成12年度

なお、本研究は平成12年度より基礎的研究発展推進事業にて研究を推進している。
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本件問い合わせ先:
(研究に関して)
小野 義正(おの よしまさ)
(株)日立製作所基礎研究所
〒350-0395 埼玉県比企郡鳩山町赤沼2520
TEL:049-296-6111 FAX:049-296-6005
E-mail:yaono@harl.hitachi.co.jp

(事業に関して)
小原 英雄(おはら ひでお)
科学技術振興事業団 研究推進部
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5635 FAX:048-226-1164
E-mail:ohara@jst.go.jp
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