(お知らせ)
平成13年4月26日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)226-5606(総務部広報室)

「小脳のグリア細胞にある神経伝達物質受容体の役割を解明」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「シナプス可塑性の分子機構と脳の制御機能」(研究代表者:小澤瀞司群馬大学教授)で進めている研究の一環として、小澤教授らは、小脳のグリア細胞(注1)に存在するグルタミン酸受容体(注2)と呼ばれる重要なタンパク質の役割を解明した。その役割は2つあり、第1にグリア細胞自身の形態を維持すること、次に神経細胞間のシナプス(注3)における正常な信号の伝達環境を維持することである。グリア細胞におけるグルタミン酸受容体の役割を明らかにしたことは、脳の疾患、例えば脳梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症などの病態の解明と治療法の開発につながると考えられる。この研究成果は群馬大学医学部第二生理学教室の飯野昌枝助手らによって得られたもで、5月4日付の米国科学雑誌「サイエンス」で発表される。

 脳は神経細胞とグリア細胞とで構成されている。神経細胞は脳の情報処理の主役を務めるのに対して、グリア細胞は、神経細胞への栄養の供給、シナプスで放出された神経伝達物質の除去など、神経細胞の円滑な働きを保持するための環境を整えている。しかし、神経細胞のシナプスにのみ存在するとされていた神経伝達物質の受容体、特に脳において興奮を伝達する主要な物質であるグルタミン酸の受容体が、グリア細胞にも広く分布していることが近年判明したが、その役割は不明であった。今回の研究により、その機能が明らかにされた。

 小脳の主要な神経細胞はプルキンエ細胞(注4)であり、多数の神経線維がこの細胞とシナプスを作っている(図参照)。これらの神経線維は、細胞外からのカルシウムの働き掛けを受けてグルタミン酸を放出し、プルキンエ細胞のグルタミン酸受容体を刺激して、プルキンエ細胞を興奮させる。このメカニズムにより、小脳内の信号伝達が行われている。また、小脳にはベルクマングリアと呼ばれる特有の形をしたグリア細胞が存在し、プルキンエ細胞のシナプスを完全に取り巻いている。ここには、グルタミン酸輸送体というポンプの働きをするタンパク質が存在し、シナプスで放出されたグルタミン酸をグリア細胞の中に素早く取り込む。他方で、グルタミン酸受容体も存在する。この受容体は、一般の神経細胞にあるグルタミン酸受容体と異なり、カルシウムをグリア細胞内に取り込むための受容体である。グリア細胞のグルタミン受容体の役割を知るために、受容体のカルシウムを通す働きを止めたところ、グリア細胞が萎縮して、プルキンエ細胞のシナプスを取り巻く構造は失われた。このために、シナプスで放出されるグルタミン酸はグリア細胞に取り込まれず、長時間プルキンエ細胞を興奮させ続けることになった。従って、グリア細胞におけるグルタミン酸受容体の働きによって、グリア細胞の形態が維持されるとともに、神経細胞間のシグナル伝達の環境が保持されて、シナプス活動における神経細胞とグリア細胞の巧妙な協調関係が作り上げられている。

 グルタミン酸は興奮性の神経伝達物質として、シナプスにおける神経シグナルの伝達に必須であるが、神経細胞は長時間グルタミン酸で刺激されると、疲弊してやがて細胞死を起こす。この細胞死のメカニズムは現在論争中であるが、グリア細胞によるグルタミン酸の速やかな処理機構は、神経細胞の生存にとって必須である。グリア細胞の働きの異常は、神経細胞の死に直結する。脳の疾患、例えば脳梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症などには神経細胞の死が関与している。今回、グリア細胞のもつ受容体の役割の一端を明らかにしたことは、その病態の解明と治療法の開発につながる成果と考えられる。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:脳を知る(研究統括:大塚正徳日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所顧問)
 研究期間:平成9年度-平成14年度
注1 神経細胞の間を埋める細胞で、形態は様々で星状のもの、星状の突起が長く伸びものなどがある。
注2 神経伝達物質受容体の一種である。神経伝達物質受容体とは、神経細胞の細胞膜に存在する特殊なタンパク質で、グルタミン酸などの神経伝達物質が結合するとナトリウムイオンの流入などの細胞応答を引き起こす。この受容体の働きを介して、神経細胞間のシグナル伝達が行われる。
注3 神経細胞間のつなぎ目、この部分で神経細胞の間のシグナル伝達が行われる。
注4 小脳に存在する神経細胞の一種で、人体の細胞の中で最も大きな細胞の一つ。運動に関わる様々な現象がこの細胞を介して起こる。
本件問い合わせ先:
   (研究内容について)
      小澤 瀞司(おざわ せいじ)
       群馬大学医学部第二生理学教室
        〒371?8511 前橋市昭和町3-39-22
        TEL:027-220-7930
        FAX:027-220-7936

   (事業について)
      小原英雄(おはらひでお)
       科学技術振興事業団 研究推進部 戦略研究課
        〒332-0012 川口市本町4-1-8
        TEL:048-226-5635  FAX:048-226-1164

This page updated on May 4, 2001

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