平成13年3月19日 埼玉県川口市本町4-1-8 科学技術振興事業団 電話(048)-226-5606(総務部広報担当) |
科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「回路網形成における神経活動の関与メカニズム」(研究代表者:津本忠治 大阪大学大学院医学系研究科 教授)で進めている研究の一環として、脳内神経回路の形成や発達に重要な脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor, BDNF)が神経細胞内や細胞間で動く様子を、蛍光蛋白質標識遺伝子注1)の細胞核内直接注入法により明らかにした。この動く方向は従来想定されていた方向と反対であった。この研究成果は、3月23日付の米国科学雑誌「Science」に発表される。
体内の神経回路網は、大きく中枢神経系と末梢神経系に分けられる。中枢神経系は脳と脊髄からなり、中枢神経系から体表や体内の諸器官に達する神経系を末梢神経系という。神経細胞は、大きく分けて、短く多数の分岐をもつ樹状突起、細胞体、軸索(長い突起)の3つの部分から成り図1)、神経細胞は軸索を伸ばしながら成長し、シナプス注2)と呼ばれる結合部位によってつながっていく。情報は樹状突起から細胞体、軸索へと伝わり、シナプスを経て次の神経細胞へと伝えられていく。
1950年代に末梢神経細胞の生存と突起の伸びを促進する物質として神経成長因子(Nerve Growth Factor, NGF)が発見された。1980年代に入り、中枢神経細胞の生存と突起の伸びなどを促すBDNFの存在が示された。最近、BDNFにはシナプス伝達効率を増強する作用があることや、シナプス長期抑圧注3)を阻止する作用があることが報告されるようになった。このような作用を示すBDNFは、今までシナプス後部から放出された後、シナプス前部に取り込まれて前述のような多彩な作用を発現するものと信じられてきた。しかし、実際にはBDNFの移動や放出に関するデーターはほとんど得られていなかった。
今回、BDNFの動きを観察可能にするため、次のような方法を用いた。まずBDNFを生み出す遺伝子に緑色の蛍光蛋白質(Green
Fluorescence Protein, GFP)を生み出す遺伝子を連結させ、その連結遺伝子を、シャーレで培養したラット大脳皮質の神経細胞核内に直接注入した。その1~2日後、蛍光性を示し観察可能となったBDNFが神経細胞内で移動する様子を観察した。
その結果、BDNFが軸索突起内を末端に向かって移動すること、さらに突起で接続しているシナプス後部のニューロンに移動することが観察された。このBDNFの細胞間移動は神経細胞の活動を薬で抑えると無くなり、刺激すると増加することから、神経細胞の活動により変化することも明らかとなった。
従来、BDNFはシナプス後部から前部に向けて放出されると考えられており、活動的なシナプスは強化され、不活発なシナプスが淘汰されるというシナプス競合に関与すると考えられてきた(シナプス競合仮説)。本研究からBDNFがシナプス前部から放出されることが明らかとなり、シナプス競合仮説の再考が必要となった。一方、NGFやBDNFなどの神経栄養因子は、神経細胞が変性してゆく神経難病(アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症など)の治療薬、神経の再生の促進薬、神経細胞死を防ぐ薬となる可能性が考えられている。本研究の成果は、これらの治療薬の開発に新知見を与えるものであると考えられる。また、神経幹細胞注4)が特定の機能や形態を持つ神経細胞に分化していく過程で、NGFやBDNFなどの神経栄養因子は重要な働きをすることが知られている。したがって、神経栄養因子を解析することで細胞分化の仕組みを解明し、組織の再生を目指す再生医学研究にも重要な知見を与えるものと思われる。
さらに、今回開発した細胞核内への蛍光蛋白質を生み出す遺伝子の直接注入法は、遺伝子産物に蛍光性を付与することができるため、特定の遺伝子の機能を調べることができ、また複数の遺伝子を同時に注入することによって複数の遺伝子産物の相互作用をも明らかにすることもできる、という画期的な手法である。したがって、今後ヒトゲノム研究で明かとなった遺伝子の機能を調べるために、医学・生物学領域で極めて重要な方法になると考えられる。
(注1) | 蛍光蛋白質標識遺伝子:対象物質の存在場所や存在状態を知るために、標識として利用できる蛍光性を発現するタンパク質の遺伝子。 |
(注2) | シナプス:神経細胞と神経細胞あるいは神経細胞と他細胞間の接合部位を称し、前部と後部は膜により隔てられ原形質のつながりはない。この間の連絡は神経伝達物質が担っている。 |
(注3) | シナプス長期抑圧:小脳、大脳などの神経細胞において、ある条件下で情報の伝達が長時間にわたり減衰すること。 |
(注4) | 神経幹細胞:特殊な機能、特定の形態に性質を変えていく(細胞分化)能力を持った神経細胞。 |
なお、この研究成果は、3月23日発表予定「Science」誌上にて発表されるものである。 |
<論文タイトル> 「Activity-dependent transfer of brain-derived neurotrophic factor to postsynaptic neurons. 」 「脳由来神経栄養因子のシナプス後ニューロンへの活動依存的移行」 doi:10.1126/science.1057415 |
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。 研究領域:脳を知る(研究統括:久野 宗 京都大学、岡崎国立共同研究機構 名誉教授) 研究期間:平成10年度-平成15年度 |
本件問い合わせ先 (研究内容について) 津本忠治(つもとただはる) 大阪大学大学院医学系研究科 教授 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2 TEL: 06-6879-3660 FAX: 06-6879-3669 (事業について) 石田秋生(いしだあきお) 科学技術振興事業団 基礎研究推進部 〒332-0012 川口市本町4-1-8 TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164 |
This page updated on March 23, 2001
Copyright©2001 Japan Science and TechnologyCorporation.
www-pr@jst.go.jp