質量分析のための高感度検出用イオン化試薬
液体クロマトグラフィー/質量分析法(略称:LM/MS)は生体物質を始めとする化学物質の分析に広く用いられている方法です。その方法は対象物質を含む溶液を、1)シリカゲルなどを充填した管を通すことによって分離精製し(液体クロマトグラフィー:LC)、2)次にLCで分離精製した試料に電荷を持たせる(これを「イオン化」といいます)ため適当な試薬(イオン化試薬)を加えて、質量分析(質量分析:MS)装置にかけると、横軸に分子量を電荷で割った値、縦軸にその物質の量を示す値をとったグラフが得られます。これを質量スペクトルと呼んでいます。
このような2段階からなる測定方法は、既存の分析方法の中で最も検出感度が高く、多様な物質に適用可能な方法として医学、薬学、化学工業、環境科学など非常に広い分野で普及しており、ニーズは今後ますます高まると思われます。
ところで、既存の技術には以下のような問題があります。
質量分析で最も重要なことは、対象物質を適確にイオン化することです。それには通常、試料溶液に酸性物質、ナトリウム塩、アンモニウム塩などを添加するという方法がとられていますが、この時、
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LCによる分離精製に用いる溶媒の特性により、対象物質をイオン化できない。 |
② |
ナトリウム塩などを添加しても十分にイオン化できなかったり、質量分析でナトリウムの汚染が妨害となる。 |
などの問題があり、解決が待たれていました。
今回開発したイオン化試薬はこれらの問題を根本的に解決する画期的な特徴を有するものです。
今回神奈川県地域結集型共同研究事業において、研究グループリーダーの鈴木孝治(慶應義塾大学理工学部教授)、鈴木祥夫研究員(KAST)が開発した検出試薬(KAP-CA01)と名付けました)は、上記の問題点を解決し従来正確な測定が非常に困難だった物質の高精度、高感度かつ効率的な分析を実現する画期的な試薬です。
1) |
分析精度を飛躍的に向上 |
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ねらいとする対象物質にピンポイントで結合するので高感度、高精度の分析が可能です(図1)。 |
2) |
多種類の対象物質に対応 |
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測定対象物質との結合部位はアタッチメントのように自在に付け替えることが可能です。これにより従来イオン化自体が不可能だった(すなわち質量分析法で測定不能だった)対象物質も、高精度の測定が従来の測定装置のままで可能となりました(図2)。 |
3) |
溶媒を選ばない |
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本イオン化試薬は対象物質との結合力が強く、いったん結合すると離れることが無いので、どのような液体(溶媒)中でもイオン化が可能でその状態を保持することができます。また、従来問題であった過剰な塩類による管内の汚染が引き起こす測定ノイズの心配がまったくありません。 |
4) |
測定時間と手間を大幅に短縮 |
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実験室で測定対象溶液と試薬を混ぜるだけ。あとは化学系の研究室ではごく一般に普及しているLC/MS測定装置にかけるだけで測定が可能です。 |
図3に示すのは胆汁酸の測定結果です。左側の図のように胆汁酸は従来の方法では測定できませんでしたが、右側の図が示すように本イオン化試薬を用いれば、ノイズが消え、重なりの無いはっきりしたピークが検出されていることがよくわかります。この胆汁酸は急性及び慢性肝炎、肝硬変、肝癌、黄疸などの検査に用いられている代表的な物質です。
鈴木教授らはこの他にも、甲状腺ホルモンの測定にも成功しています。同ホルモンはその値が高すぎればバセドウ病など甲状腺機能亢進症、低すぎれば粘液水腫の疑いがあるという指標物質として有名です。
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このように、本イオン化試薬は病気の検査・診断、発病の機構解明、治療、予防へも応用が可能です。 |
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さらに、医学のみならず、製薬、石油化学などの化学工業分野、環境科学分野といった非常に広範囲な応用が期待されます。 |
●この成果は3月27日から神戸市で開催される日本化学会で発表します。
This page updated on March 8, 2001
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