研究課題別研究評価

研究課題名:脳内での細胞間の協調による高次元脳機能発現
ーミクログリアによる記憶・学習の制御ー

研究者名: 澤田 誠


研究のねらい:
 記憶や学習といった高次脳機能は、神経細胞を調べるだけで本当に理解できるのだろうか。現在LTPやLTDに見られる神経伝達の効率の変化が記憶学習の基本メカニズムと考えられているため、神経細胞でのイオンチャンネルや細胞内伝達系の変化が多く調べられている。しかしこのような神経伝達の効率の変化はシナプスの形態変化を伴うことも報告されており、分解再構築にかかわるプロテアーゼの役割も重要であると考えられている。脳内でのプロテアーゼ活性の多くはミクログリアやアストロサイトによって産生されるため、LTPやLTDの形成に大きく関わっていると考えられるが、これまでの電気生理学的手法ではアプローチがむずかしくほとんど調べられてこなかった。そこで本研究は脳内での細胞間の協調による高次脳機能発現を調べるためにLTP形成におけるミクログリアの役割を検討することを目的として行った。
研究結果及び自己評価:
 新生ラット大脳皮質スライスを7-10日ほど培養すると電気刺激に応答してEPSPを生じ、さらにテタヌス刺激を加えることによってLTPが観察される。このとき、テタヌス刺激に代えて単離ミクログリアを添加すると一部の細胞はスライス内部に速やかに侵入し分岐状形態をとり、同時にLTP様のEPSPの増大が生じることを発見した(図)。この現象はアストロサイトやマクロファージではみられず、ミクログリア特有のものであることがわかった。
 神経可塑性の原理と考えられているLTPやLTDを生じるテタヌス刺激は生理的にはほとんどあり得ないと考えられており、実際に脳内ではテタヌス刺激に代わる何らかのメカニズムが神経可塑性を発現させていると考えられている。今回の結果からミクログリアの機能亢進がそのメカニズムに何らかの役割を果たしている可能性が明らかになった。本研究によって記憶や学習といった高次脳機能のメカニズムを理解する上で脳内での細胞間の協調という観点からとらえた研究が必要であることを指摘できた点は重要であると考えている。
 一方でミクログリアは遊走性が強く、単離した細胞を血液中に注入するだけで脳に特異的に入るという特殊な性質を持つので、これを利用して脳に傷を付けずにミクログリアをマウス脳内に導入して、「賢い」マウス(LTPが起こりやすいマウス)ができるかどうかについて現在検討している。この研究は痴呆などの改善や脳への薬物や遺伝子の導入による治療法に新しい方法論を提供するだけでなく、脳の機能の理解についてこれまでにない細胞生物学的な方向性を与えるかもしれない。
図 ラット大脳皮質スライス培養でのミクロ
 
領域総括の見解:
 新生ラット大脳皮質スライス培養に単離ミクログリアを添加することによってシナプス電位の長期増強(LTP)と同様の効果が生じることを示した。また、株化ミクログリアを創出し、血液中に注入するだけで脳に特異的に取り込ませる技術を確立した。LTPは記憶や学習という脳の可塑性発現の基本メカニズムと考えられているものである。これまで単に「脳の掃除屋」と考えられていたミクログリアが、この基本メカニズムに関わっている可能性を示したことは、全く新しい視点をあたえたもので、大きな成果といえる。次は、この可塑性に関わる実体の解明であるが、すでに、ブロッカーや遺伝子シーケンサーなどを活用したスライス培養による実験が進められており、今後遺伝子レベルでの実体解明の研究が大きく前進するものと思われる。また、本研究者が開発した脳特異的細胞移入技術を活用した個体レベルの研究は、脳疾患の細胞治療法の開発につながることが期待できる。
主な論文等:
Sawada, M., Suzumura, A., Hosoya, H., Marunouchi, T., Nagatsu, T.: IL-10 inhibits both production of cytokines and expression of cytokine receptors in microglia. J. Neurochem., 72:1466-1471, 1999.
Ono, K, Takii, T, Onozaki, K, Ikawa, M, Okabe, M, Sawada, M: Migration of Exogenous Immature Hematopoietic Cells into Adult Mouse Brain Parenchyma under GFP-Expressing Bone Marrow Chimera. Biochem Biophys Res Commun, 262: 610-614, 1999.
Inoue, H., Sawada, M., Ryo, A., Tanahashi, H., Wakatsuki, T., Hada, A., Kondoh, N., Nakagaki, K., Takahashi, K., Suzumura, A., Yamamoto, M., Tabira, T.: Serial analysis of gene expression in a microglial cell line. Glia, in press, 1999.
Sawada, M., Imai, F., Suzuki, H., Hayakawa, M., Kanno, T., Nagatsu, T.: Brain-specific gene expression by immortalized microglial cell-mediated gene transfer in the mammalian brain. FEBS Lett., 433:37-40, 1998.
澤田誠: ミクログリアの新規な性質と脳での役割 -ミクログリアは脳で何をしているか-. 細胞工学, 18 550-558, 1999.

特許:国内1件、国外1件

招待講演:国内9件、国際1件
ミクログリアを用いた脳特異的遺伝子導入法、第32回千里神経懇話会、(千里神経懇話会、1999)
脳のサイトカインネットワークとミクログリアの新規な性質、第27回脳の医学生物学セミナー(脳の医学生物学セミナー、1999)
神経細胞の生存や機能に対するミクログリアの役割、第5回グリアクラブワークショップ科学研究費特定B合同シンポジウム(科学研究費特定B研究班、1999)
Pathophysiological significance of cytokine network in the brain : XXI Taniguchi Symposia on Brain Science(谷口財団、1998)
脳のサイトカインネットワークとミクログリアの新規な性質、神経毒性行動研究会平成10年度学術集会(神経毒性行動研究会、1998)
ミクログリアの新規な性質、第28回新潟神経学夏期セミナー(新潟大学脳研究所、1998)
ミクログリア細胞とアポトーシス、第26回薬物活性シンポジウム(日本薬学会、1998)
ミクログリアの新規な性質と脳での役割、第9回高次脳機能障害シンポジウム(日本薬理学会、1998)
ミクログリアにかける私の夢、シンポジウム招待講演-若手研究者の夢、第17回日本臨床化学会(日本臨床化学会、1997)
ミクログリアの脳に対する高親和性と脳特異的遺伝子導入への応用、特別講演、第3回グリアクラブワークショップ(グリアクラブ、1997)

This page updated on March 30, 2000

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