研究課題別研究評価
研究のねらい: | ||
われわれ地球上に住む生物にとって水は必要不可欠であり、細胞レベルで考えれば、基本的に水の中で生きていると言ってよい。細胞は脂質二重膜でできた細胞膜で閉じた空間を形成することにより、その内部を外部環境から隔離している。一方、細胞膜は水に対して高い透過性を示す半透膜であるため、生物は水を積極的に利用することが可能になっている。反面、この特性は生物にとり危険極まりない性質でもある。細胞の内外で浸透圧差が生じた場合を考えてみよう。このような状況は、細胞外液の浸透圧変化あるいは細胞内液の浸透圧の上昇(小腸での物質の盛んな吸収、肝臓での物質の盛んな合成)により生体内で容易に起こりうる。例えば、細胞を低張液に晒すと、一時的に膨張するものの、速やかに(約10分で)元の大きさに復帰する。低張液に晒され続けているにもかかわらず、細胞は膨張したままにはならない。これは「細胞の容積調節現象」として知られる。上皮細胞をはじめとしてほとんどの細胞がこの性質を持つことから、細胞が普遍的に持つ防禦反応の一種と捉えることが出来る。本研究では、「容積調節現象」の分子基盤ならびに構造的基盤を明らかにすることにより、細胞 のもつ柔軟かつ適応的な情報処理機構を明らかにすることをねらった。 | ||
研究結果及び自己評価: | ||
ビデオ強化型高分解能微分干渉顕微鏡をベースに、全反射型蛍光顕微鏡、落斜蛍光顕微鏡、反射干渉顕微鏡、z軸変位測定装置、パッチクランプアンプ、光ピンセットなどを組込んだ「多機能光学顕微鏡」を構築し、生きている細胞の微細な表面構造とその変化を追跡した。また、アクチンやフォスフォリパーゼC(PLC)とgreen
fluorescent protein (GFP)との融合タンパクを細胞内で発現させ、これらの局在とその変化を追跡することによりはたらきを見た。生きている培養細胞の表面は平坦なものではなく、細胞種により形状に差はあるが、微細な凹凸に富む構造になっていることが判明した(たとえば、MDCK細胞では直径約0.3μmの粒状構造)。細胞は膨張に伴いこの凹凸構造を伸展させ、容積復帰過程でこの構造を再形成することにより、「容積調節現象」における見かけ上の表面積変化に対応していることが明らかになった。この微細な粒状構造直下にはアクチンの小塊が存在することから、細胞は要所要所にアクチンの基点を置くジオデシックドーム状の構造であると考えられる。 さらに、「容積調節現象」初期過程において、(1)細胞の膨張→(2)PLCの活性化→(3)PIP2の分解→(4)イノシトール3リン酸(IP3)産生→(5)細胞内貯蔵庫からのCa2+放出→(6)細胞内Ca2+濃度上昇、という一連のシグナル伝達系の発動が重要であることを明らかにした。阻害剤を用いた実験から、PLC活性化に関して、化学受容体を介した従来のものとは異なるメカニズムの存在を示唆する結果を得、変形に伴う細胞膜近傍の構造変化がPLCを活性化しうるのではないかと現在考えている。 これまでの細胞生物学はその方法論的制約から化学反応のみを追い求めるものがほとんどであった。変形に代表される力学的な情報の受容、化学的情報への変換のメカニズムは現代生物学が積み残してきた大きな問題の一つである。こんな大問題に真正面から立ち向かうチャンスを与えてくれたのが「さきがけ研究21」であった。正直言って、3年間は試行錯誤の連続であった。しかし、この3年間に蒔き、育ててきた種の幾つかがようやく今その芽を地上に出し始めたことを実感している。力学的情報の受容機構、その化学的情報への変換機構、そして最終反応に至る細胞内分子回路を明らかにするなかで、細胞の「かたち」が持つ本質的意味を遺伝子発現調節まで視野に入れて明らかに出来る様、現在も挑戦は続いている。 | ||
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領域総括の見解: | ||
細胞の「容積調節現象」を引き起こすには細胞内カルシウム濃度の上昇が必須と考えられているが、細胞の膨張からPLCの活性化を経て、カルシウム濃度上昇に至る細胞内シグナル伝達経路を蛍光マーカーGFPを用いて明らかにした。一方で、多機能光学顕微鏡システムを構築し、細胞表面の観察を通して、細胞膜の褶曲度の変化が「容積調節現象」に関わっている可能性を示すなど、構造的基盤の解明も進めている。今後の課題の一つとして、化学的情報と力学的情報の相互間の変換のメカニズムを明らかにすることがあげられているが、特に、興味深いのは、細胞骨格が自在に結合・分解を行って、細胞が形をダイナミックに変化させるメカニズムの解明であろう。さらに、細胞接着についての力学的な視点からの形態形成へのアプローチは、新しい分野を拓くかもしれない。 | ||
主な論文等: | ||
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This page updated on March 30, 2000
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