研究課題別研究評価

研究課題名:脳内のガス状伝達物質を見る
―運動上達の仕組みを見る―

研究者名: 岡田 大助


研究のねらい:
 一酸化窒素は細胞膜を透過して等方的に拡散し、周囲の細胞で作用すると考えられる脳内ガス状伝達物質であるが、脳内での生理的役割は全く判っていない。一酸化窒素により小脳プルキンエ細胞内でサイクリックGMPが合成されることが、運動学習やその基盤であるシナプス可塑性、長期抑圧、に必須である。ところが、長期抑圧はシナプス特異的に起きるのに対し、一酸化窒素は千個程度のシナプスを巻き込んで拡散すると予想される。一酸化窒素が「周囲のシナプスを巻き込む」ことで、内部に可塑的変化のコントラストを持つ様なシナプス集団ができ、これが運動学習の際に単位として働くことが練習による運動上達に必須との仮説を立てた。一酸化窒素が到達する範囲、サイクリックGMP濃度が上昇する部位、そして可塑的変化の広がりの3つを画像解析で追跡する方法を開発し適用することで上記仮説を検証し、運動学習という脳機能での一酸化窒素の意義を見いだすのが本研究のねらいである。
研究結果及び自己評価:
 第一に、一酸化窒素特異的蛍光指示薬DAF2DAで染色した小脳切片を、薬理的及び電気的に刺激した際の蛍光経時変化を正立蛍光顕微鏡と高感度冷却CCDカメラで追跡し、一酸化窒素の発生場所と機序を調べた。各種グルタミン酸受容体は小脳皮質の異なる場所で一酸化窒素発生を制御することが初めて判った。AMPA受容体は分子層でシナプス後部以外から、NMDA受容体と代謝調節型グルタミン酸受容体1型は顆粒細胞では独立に、バスケット細胞軸索終末叢では協調して、一酸化窒素発生を起した。第二に、本研究開始時点で完成していた細胞内サイクリックGMP合成可視化法は5型ホスホジエステラーゼの活性変化をモニターする方法であるが、その原理が未確認であったためこれを追及した結果、実際に5型ホスホジエステラーゼがサイクリックGMPで活性化されることを発見した。これによりこの可視化法が完全なものとなった。第三にニュートラルレッドの酸性種と塩基性種の蛍光を測定し分けた結果、脱分極に伴う膜脂質との相互作用変化が蛍光変化の主因であることを見いだした。これにより可塑的変化測定への応用が可能となった。
 以上、一酸化窒素、シグナル分子、可塑的変化をそれぞれ2次元的に観察する方法を開発できたので3年という期限ではまずまずの進捗であったと思う。今後はこれらの方法を用いて本研究の主題である学習・シナプス集団可塑性と一酸化窒素の関係を追及したい。
小脳切片で白質を連続的に電気刺激した後のNO発生部位と拡散を示す蛍光画像
領域総括の見解:
 運動学習の基盤と考えられている小脳シナプスの長期抑圧現象での一酸化窒素の役割を明らかにするため、小脳皮質各部位での一酸化窒素の発生、一酸化窒素によって引き起こされる細胞内cGMPの合成およびシナプスの可塑的変化をそれぞれイメージングする技術を開発した。また、これらを用いて、小脳での一酸化窒素発生の受容体機構の分布と各発生部位間の機能的な差異を示唆する結果を得ている。本研究のねらいは、一酸化窒素が拡散性の情報伝達物質であるということに着目し、運動学習時に単位として働くシナプス集団の存在を明らかにしようとするものであるが、そのためにはどの程度の時空間分解能のイメージング技術があればよいのか。また、開発したイメージング技術の時空間分解能はどの程度のものか。それが示されると、本研究だ けでなく、他の研究への応用を考える上でも、きわめて有意義な情報となる。
主な論文等:
Okada,D.: Tetrahydrobiopterin-dependent stabilization of neuronal nitric oxidesynthase dimer reduces susceptibility to phosphorylation by protein kinase C in vitro. FEBS letters 434: 261-264, 1998.
Miyata,M., Okada,D., Hashimoto,K., Kano,M. and Ito,M.:Corticotropin releasing factor plays a permissive role in cerebellar long-term depression. Neuron 22:763-775, 1999.
岡田大助(1998)脳神経系機能とNO、細胞工学、17、196-203
岡田大助(1999)中枢神経シグナル伝達におけるNOの役割、神経研究の進歩、43、169-178

招待講演 国内2件

小脳シナプス伝達可塑性とNO・cGMP系、イメージングによるアプローチ、生理学研究所研究会「シナプス可塑性の分子的実体」(生理学研究所 1998)
小脳におけるNOの発生、拡散、作用のイメージング、第3回岡崎機構セミナー[生体内NOの化学と生理機能](岡崎国立共同研究機構、2000)

This page updated on March 30, 2000

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