研究課題別研究評価

研究課題名:無配線コンピュータを創る

研究者名: 青木 孝文


研究のねらい:
 現在のVLSI(超大規模集積回路)技術は、その極限的微細化の進行に伴い、配線の複雑さに起因する性能限界が深刻化している。一方、生体の細胞内部では、酵素の分子識別能力に基づいて高密度な生化学反応ネットワークが形成されており、VLSIをはるかに凌駕する集積度が実現されている。本研究では、このような生体分子システムの原理が、配線に制限されない高並列計算の観点からも有用な概念を含むことに着目し、無配線分子コンピューティングのモデルを提案し、以下の2項目に関して検討を行った。
(1) 【集積回路工学の観点から】本研究者が提案する酵素トランジスタと呼ばれる分子素子モデルに基づく無配線集積回路が原理的に実現可能であることを電気化学やマイクロ加工技術等を駆使して実証する。
(2) 【計算機科学の観点から】無配線集積回路によって実現される人工的な反応拡散場を利用した新しいコンピューティング/信号処理パラダイムを検討する。可能であれば現在の情報処理へのスピン・オフをねらう。
研究結果及び自己評価:
(1) 【集積回路工学の観点から】 人工触媒である酵素トランジスタを電気化学的に実現する方法を検討した。その本質は電極デバイスを用いて酸化還元酵素の活性を電気的に制御する機能にある。基礎実験として、Pt電極、グルコースデヒドロゲナーゼ、グルコースオキシターゼ、NAD、キノン/ヒドロキノンを用いた系により、グルコースを基質とする信号送受信系を構成し、酵素トランジスタの動作原理を確認した。さらに、その集積化を目指すアプローチとして、1次元マイクロ電極アレーを試作し、これを用いて電極表面の微量溶液中に溶存するキノン/ヒドロキノンのレドックスサイクルを制御sすることにより、人工的な興奮性反応拡散場を実現することに成功した。以上により、配線によらない集積回路の実現可能性の一端を示すことができたと考えられる。
(2) 【計算機科学の観点から】 酵素トランジスタが無配線ディジタル回路の構成に関して完全であり、これを用いて現在のVLSIと質的に等価な機能を実現できることを示した。さらに酵素トランジスタが制御する人工的反応拡散場の著しいパターン形成能力を利用して、従来にはない新しい信号処理アルゴリズムが実現できることを明らかにした。この着想に基づく具体的なスピン・オフ(現行技術への応用)として、テクスチャ画像の圧縮・復元アルゴリズムや最適経路探索アルゴリズム等を発案した。特に前者に関しては、本研究者らがすでに実用化している指紋照合装置への応用をねらって、不完全に撮像された指紋画像の復元の問題を検討し、顕著な成果を得た。
 本研究では、当初、生化学反応回路と固体素子回路を対比することによってモデルを構築するアプローチをとっていた。しかし、「知と構成」領域での議論を通じて、このような観点が不充分なものであることを痛感した。この結果、生体内で顕著なパターン形成能力を発揮する反応―拡散ダイナミクスの重要性を認識し、当初、まったく予想していなかった一定の成果が得られた。今後は、(1)と(2)の両面から具体的応用を目指した研究を展開する予定である。
   
酵素トランジスタモデル 電極表面の微量溶液中の反応拡散場を制御するマイクロ電極アレー
    
領域総括の見解:
 酵素トランジスタを要素とする興奮性反応拡散場を実現する技術を開発するとともに、シミュレーションによって、反応拡散場を用いたテクスチャー画像の圧縮・復元や最適経路探索などの新しいアルゴリズムの提案を行った。これは、酵素トランジスタ型反応拡散場を用いることによって、従来の技術とはまったく異なる新しいコンピューティング/信号処理技術の実現が可能なことを示したものである。今後、シミュレーションの段階を超えて、ハード、ソフト両面の研究を発展させることができれば、無配線分子コンピューターの実現も夢ではないとの期待をもたせる成果といえる。
主な論文等:
  • T. Aoki, M. Hiratsuka and T. Higuchi, "Enzyme transistor circuits," IEE Proceedings --- Circuits, Devices and Systems, Vol. 145, No. 4, pp. 264-270, Aug. 1998 (IEE MOUNTBATTEN PLEMIUM AWARD受賞).
  • M. Hiratsuka, T. Aoki and T. Higuchi, "Enzyme transistor circuits for reaction-diffusion computing," IEEE Transactions on Circuits and Systems ? I, Vol. 46, No. 2, pp. 294-303, Feb. 1999.
  • M. Hiratsuka, T. Aoki and T. Higuchi, "Pattern formation in reaction-diffusion enzyme transistor circuits," IEICE Transactions on Fundamentals, Vol. E82-A, No. 9, pp. 1809-1817, Sept. 1999.

特許:国内2件、国外1件

受賞3件

  • 電子情報通信学会論文賞及び猪瀬賞)1997)
  • IEE MOUTBATTEN PLEMIUM AWARD(1999)
  • IEEE ISPACS'99 Best Paper Award

招待講演:国際1件
  • A Model for Biomolecular Computing ,1998 International Workshop on Advanced LSIs ―Scaled Device/Process and High Performance Circuits―(1998)

This page updated on March 30, 2000

Copyright©2000 Japan Science and Technology Corporation.

www-pr@jst.go.jp