研究課題別中間評価結果(脳を知る6)


1.研究課題名

 視覚認識の脳内過程

2.研究代表者名

 藤田 一郎(大阪大学大学院基礎工学研究科脳科学)

3.研究概要

 霊長類の大脳皮質において物体の視覚像が処理され、物体の知覚や認識にいたるメカニズムの理解を進めることが、本研究グループの目標である。心理実験によりサルの知覚能力を検討し、生理学・解剖学・分子生物学・陽電子断層撮像法(PET)を用いて、サルの視覚野とくに下側頭葉皮質の細胞の性質・機能構築・解剖学的特徴を解析した。「下側頭葉皮質に両眼視差に選択性を持つ細胞が存在し、その一部が面の奥行き構造を伝えている」証拠を得たことが最大の成果である。一次視覚野から下側頭葉皮質への経路が2次元網膜像から3次元面構造を復元する過程に関わっていることを提唱している。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 研究代表者は下側頭葉皮質に両眼視差感受性ニューロンが多く存在し、三次元図形の識別に両眼視差の手がかりも使われていることを発見したのは大きな成果として評価された。しかし、この結果の解釈に Nakayama & Shimojo の 一般像抽出の原則をあてはめるのはかたよった見方ではないか、との批判もあった。側頭葉における立体視のメカニズムは重要なテーマであり、まだ、充分に証明されていないが、重要な発見になる可能性がある。下側頭葉皮質の解剖学的構成についても内在性水平軸索の形態が一次視覚野と著しく異なり、終末が集団を作りパッチ状構成をなしていることを見い出した。
 LTP/LTDのシナプス可塑性や領域特異的遺伝子探索なども行っている点、類似研究にくらべかなりレベルは高い。研究の体制・遂行については、研究室の移動があったため、設備投資が少し無駄になったが、よくまとまった研究体制がとられており、東京都神経科学研究所、浜松ホトニクスと協力して、PET画像などの研究も進めている。しかし、成果の解釈を巡る理論については、知覚生理学者あるいは知覚に関する計算論に関与している研究者の助言が必要であり、この方面の原著論文をもっと広く読むべきであるとの批判もあった。
 連合野で立体視メカニズムを研究しているグループは国際的に見てもまだ少ないので、下側頭葉皮質の機能解明(両眼視差、カラム構造、LTPなど)に取り組み、研究の方向さえ誤らなければ新しい発見の可能性は大いにあると思われる。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 この種の研究は時間がかかることを考え合わせると現状では比較的成果が出ていると判定される。下側頭葉皮質のコラム構造の発見は神経生理学における大きい発見と感じる。PET、fMRI など多くのグループと共同して研究を推進して欲しい。面構造の表現と言う言葉には問題があるとの意見もあったが、下側頭葉に両眼視差選択性を持ったニューロンがあるという発見の意義は大きい。研究論文が少ないが、世評の高い投稿雑誌に受理されることばかり狙わずに、得られた成果を着実に論文にすることが大事である。
 三次元画像に対する一般社会の関心は強く、そのメカニズムについても興味がもたれている。成果がサルででればヒトにも応用が可能と思う。側頭葉における両眼視差の研究は新しい局面を開くもので、重要なテーマである。面の知覚と形の知覚の関係を追究し、下側頭葉のみならず、初期視覚野でも調べることを考えている点は評価される。客観的な説得性に富む実験が組まれれば展開が期待できる。
4-3. 総合的評価
 全体としては順調で下側頭葉皮質におけるLTP の研究、サルPETシステムによる研究などオリジナルな研究が多い。しかし、中心的なテーマである三次元図形知覚のメカニズムの研究に問題があるとの批判があった。両眼視差に反応し、三次元知覚に関与する細胞が下側頭葉皮質に存在することが明らかになったのだから、腰をすえて研究を進めてほしい。是非、視覚の心理物理学と神経生理学(ニューロン活動)とを関係づける研究に力を注いで欲しい。例えば、「両眼視差情報による形の表現」と研究代表者が述べているように、ランダムドットステレオグラムに含まれる両眼視差で規定される形に反応する細胞が見つかったのであれば、そのような細胞をさらに詳しく調べることによって両眼視差信号をどのように処理して三次元図形を識別しているかが明らかになるはずである。

This page updated on Feburary 3, 2000

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