研究課題別中間評価結果(極限4)


1.研究課題名

 電子波の位相と振幅の微細空間解像

2.研究代表者名

 北澤 宏一  東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授

3.研究概要

 当研究課題の主なる目的は、世界に先駆けて物質内のコヒーレント電子波の位相と振幅を微細解像する基盤技術を開発して、量子的現象等における電子波の観測を行ない、それらの最先端技術の有用性を立証して未来のナノ観測技術確立に資するとともに、コヒーレンシーに優れた試料を種々作製して、超伝導研究などの進展に資することにある。コヒーレント電子波の位相の微細解像のため加速エネルギー1MeVの電子線干渉顕微鏡の開発を行ない、一方、振幅の微細解像のため高性能の原子位置指定トンネル分光装置(AST)の開発を行なう。なお、加速エネルギー1MeVは既存の電子線干渉顕微鏡が有する350MeVの約3倍である。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 超伝導体のコヒーレント電子波の位相と振幅を微細解像する装置と解析技術の開発に取り組んで、高温超伝導機構の解明を目指すと共に、新しい超伝導材料の創製、並びに種々の良質高温超伝導単結晶作製を行なっている。1MeV電子線干渉顕微鏡が完成途上にある。また振幅解像用の原子位置指定トンネル分光装置(AST)の開発では、超高真空・低温・強磁場型プロトタイプの完成を見、最終タイプの設計を行なっている。作製した良質単結晶は研究チーム内のみならず世界の研究者等にも提供し、高温超伝導の研究推進に貢献している。又フラーレンC60を出発材料として新重合体C121及びC122を創製した。
 1MeV電子線干渉顕微鏡は世界に類を全く見ない装置で共同研究実施場所の日立・基礎研究所に於いてのみ製作可能である。原子位置指定トンネル分光装置(AST)は類似機種の開発競争が世界的に行われているが、当研究チームが設計中の最終タイプは最高性能を有する装置になろう。現有350keV電子線干渉顕微鏡を用いて行なった超伝導体中の磁束のin situの静的・動的観察は世界初である。プロトタイプのASTで行なったPb添加Bi系超伝導体の組織観察、TaS2モット絶縁体中の球状電子定在波の観察等々の実験は国際的に見て最先端のレベルにある。超伝導機構に関しても第一級の研究をしており、超伝導体の磁気相図に関して理論・実用の両面に於いて重要な幾つかのスケーリング則を発見している。
 AST装置及び1MeV電子線干渉顕微鏡の製作、新超伝導体探索、良質単結晶作製、超伝導機構解明を目的とする当研究チームの体制は国内外最高の組み合わせである。研究期間後半に電子波位相解像用1MeV電子線干渉顕微鏡と振幅解像原子位置指定トンネル分光装置(AST)の完成、及びそれらを用いて種々の成果を出す計画で研究を進めている。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 350keV電子線干渉顕微鏡による超伝導体中の磁束の静的・動的観察、プロトタイプASTで挙げた実験成果、超伝導体の磁気相図に関するスケーリング則の発見、等々、これまでに既に挙げた質の高い成果は多数に上る。電子線干渉顕微鏡による磁束の直接観察は英国Nature誌に掲載されて大きな関心を呼び、又プロトタイプのASTにより挙げた種々の実験成果も固体物理学分野の研究者の注目を惹いた。Pbを高濃度添加したBi系高温超伝導体の特性向上の原因が微細析出物の形成、変調構造の消滅、擬ギャップの消失等にあることをAST観測により明らかにした。また超伝導体の磁気相図に関するスケーリング則は理論家が関心を持つ僅りでなく、実用面に於いても材料開発の指針となるものである。
 1MeV電子線干渉顕微鏡および最終タイプのトンネル分光装置(AST)の完成後には固体電子物理学上の可成り高度な情報の収集が可能になる。例えば、高温超伝導体での磁束とピン止め中心との相互作用の直接観察、磁束芯の形状および芯内部の電子構造の精密解析、磁束のピン止め界面での構造とコヒーレンス長の温度依存性測定、超伝導を破壊するコバルトや亜鉛等の原子付近の超伝導パラメーターの変化と径方向の電子構造空間変化の観察、等である。
 当研究チームでは自ら開発したRe添加Hg系超伝導体、及び京大・化学研究所との共同で開発したPb添加Bi系超伝導体を線材化する研究を進めている。フラーレン分子重合体C121及びC122は光センサー等、新機能素材としての用途が幾つか有りそうに思われる。
4-3. 総合的評価
 本課題は戦略的基礎研究として最適プロジェクトの1つと言えよう。全体的に良く練られた当初推進計画に添ってほぼ順調に進んでいる。進捗状況から見て大きな成果が期待できるテーマである。本研究での電子線干渉顕微鏡およびトンネル分光装置の性能向上という技術的成果が基礎研究に用いられ、それが新しい科学の展開を促進し、その基礎科学がやがてまた実用性のある技術に結び付いて行くであろう。このような良好な科学と技術の連鎖を促進する好適例として本プロジェクトは大きな役割を果たすことと期待される。

This page updated on Feburary 3, 2000

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