(補足資料)


石垣島白保サンゴ礁におけるCO2連続通年観測

研究領域 「環境低負荷型の社会システム」(研究統括 茅 陽一)
研究代表者 茅根 創 東京大学・理学系研究科 助教授

はじめに
 大気中のCO2濃度増加による地球温暖化は21世紀の人類が解決すべき最大の課題とされ,その固定技術の開発が様々な視点から進められています。CO2の固定については,工学的な固定技術の開発とともに,自然の生態系の吸収能力を正確に評価し,その活用をはかることが重要です。現在,森林の吸収能力について評価が進められていますが,海洋,とくに沿岸域の役割については吸収能力が大きいことは認識されているものの,その定量的評価については意見が分かれています。
 サンゴ礁は,陸上も含めてすべての生態系の中で,単位面積あたりで見ればもっとも光合成生産が大きいことが知られていますが,そのCO2吸収・放出のメカニズムについては不明でした。サンゴ礁における光合成は有機物としてCO2を固定する過程ですが,呼吸は有機物の分解によってCO2を放出,石灰化も海水を酸性にしてCO2が大気に出やすくなるため,こうした過程がサンゴ礁ではどのように働いているかが不明だったためです(図1)。

問題の所在と本研究の視点
 沿岸域やサンゴ礁は地球規模のCO2循環の解明にとって,さらに将来的にはCO2固定量の評価や活用にとって重要でありながら,その役割は不明でした。沿岸・サンゴ礁のCO2吸収・放出メカニズムを明らかにして,その固定能力を評価するためには,海水中のCO2濃度を連続的に観測することが第一に必要です。またこれら海域の生物活動は季節変化が大きいため,年間を通じて連続的に観測することが必要です。しかしながら,海水のCO2濃度の計測システムは大規模で消費電力も大きく,大型調査船に載せるのが普通で,大型調査船の入れない沿岸・サンゴ礁域での観測例は,我々が1993,1994年にサンゴ礁で各3日間行ったものなど,短期間のものしかありませんでした。
 さらに,沿岸・サンゴ礁において光合成,呼吸,石灰化などの生物活動の速度を見積もるためには,海洋における炭酸系(全炭酸,アルカリ度)の測定が必要です(図2)。しかしながらこの二つの測定は滴定などの操作が必要なため,これまで実験室に持ち帰って測定されており,外洋も含めてその連続的な測定は不可能でした。
 こうした点をふまえて私たちの研究グループは,サンゴ礁におけるCO2吸収・放出のメカニズムを解明することを目的として,1)サンゴ礁海上でのCO2濃度とその変動に関わる物理量(水温,光,塩分,溶存酸素,流れ,潮位)の連続通年観測と,2)サンゴ礁における生物活動(群集生物代謝:光合成,呼吸,石灰化)を見積もるためのアルカリ度,全炭酸の連続観測を行ない,成功しました。

クレスト号による石垣島白保サンゴ礁のCO2などの連続観測結果
 上記の測定システムは,クレスト号(戦略的基礎研究 Core Research for Evolutional Science and Technology と本研究課題名 Coral Reef Eco-Symbiosis Technology の両者の頭文字CREST)と名付けた,長さ5mのボートに搭載し,琉球列島南西の端の石垣島白保サンゴ礁上(海岸から550m沖合)に係留して計測を行いました(図3)。
 サンゴ礁には様々なバリエーションがあり,CO2循環に対する機能も異なっていると考えられますが,石垣島はサンゴ礁と陸地とが接した「裾礁型」サンゴ礁の典型です。その中でも白保は,健全なサンゴ群集が維持されていることと,低潮位時にはサンゴ礁海水が外洋と切り離されてちょうど自然の巨大な水槽になるという条件から,選定しました。クレスト号のメンテナンスは,地元の漁民の皆さんにお願いして,発電器のガソリンの補給など最小限のものでした。さらに通年観測期間中5回(1998年9月,12月,1999年3月,6月,9月),10-20名の研究者が現地に1-2週間滞在して,炭酸系や栄養塩,有機物などの調査・測定を行いました。
 クレスト号の観測は,1998年9月20日に開始し,1999年10月4日に無事1年間の連続通年観測に成功して引き上げました。図4に,CO2の測定結果を示します。上下に波打ったものがサンゴ礁海水のCO2濃度の変動,400ppm ほどでほぼ一定なのが,同時に計測した大気のCO2濃度です。台風時の引き上げ,計測器の不調などを除けば,1年間の8割のデータがとれ,目標とした1年間の通年連続観測に成功したと言ってよいと思います。

測定結果について
 図4によれば,サンゴ礁海水のCO2濃度は日中 200 ppm から夜間 600 ppm まで,きわめて大きい日周変動を繰り返していることが,明らかになりました。日中の低下は光合成に,夜間の上昇は呼吸に対応していることから,サンゴ礁のCO2吸収・放出は基本的には生物活動に規定されていることがわかりました。さらに予備的な解析によれば,全体としては白保のこの地点では,サンゴ礁はCO2の吸収に働いていることも明らかになりました。
 さらに,冬には全体としてCO2が低く,夏には高いという,明瞭な季節変化があることが初めて明らかになりました。石垣島のような亜熱帯のサンゴ礁は季節変化が明瞭ですから,サンゴ礁にこうした季節的な応答があることは,CO2循環メカニズムを考える上できわめて重要です。CO2濃度変動には,水温・塩分という物理的な要因と,光合成・呼吸・石灰化という生物的な要因が関わっていますが,こうした季節変化にそのどちらが寄与しているかについて,現在ぼう大なデータを整理・解析しているところです。
 図5は,CO2と同時に測定した物理量(光,水深,水温,溶存酸素,pH)とアルカリ度(TA),全炭酸(TIC)の変動です。このうち,アルカリ度と全炭酸を連続的に測定した(TAとTICグラフの黒いドット)のは世界でもまったく初めてです。実験室に持ち帰って測定した結果が図5に◇や○で示してありますが,連続測定の結果とよくあっていることと,連続測定の結果では持ち帰りの結果ではでてこない急激な変化があらわれていることがよくわかります。この結果から,連続測定システムが妥当であることと,これが生物活動が活発でその海水への影響も急激な沿岸域・サンゴ礁において有効な測定システムであることがわかります。
 また,測定を開始した1998年9月の直前の7月から8月に大規模な白化(サンゴ体内の共生藻が抜け出す現象)が起こりました。共生藻は,サンゴ礁における光合成の主役ですから,白化によってサンゴ礁の生物活動もかなりかわったはずです。予察的な解析によれば,1998年9月には通常より光合成生産が落ちていることがわかりました。こうした白化がCO2にどのような影響を与えているかについても,詳細な解析を進めています。

今後の展開
 1999年11月からは,サンゴ礁のもう一つの型であるパラオ諸島サンゴ礁において,CO2などの連続通年観測を行う予定です。パラオサンゴ礁では最小限のメインテナンスも望めないことと,サンゴ礁が島から10km 以上沖合にあることから,サンゴ礁海底に設置するCO2計測システムを新たに開発して,これによって測定を行う予定です(図6)。
 こうした結果をまとめて,サンゴ礁におけるCO2循環モデルを構築します。さらに,このモデルによってCO2吸収・放出の条件を明らかにして,最適化,制御,修復技術をはかります。また,石垣島とパラオにおいて用いた測定システムを,CO2吸収・放出の診断システムとして展開し,バイオリアクター診断・維持・管理システムを構築することを,プロジェクトの最終目標としています。


This page updated on October 28, 1999

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