細胞内カルシウム濃度を制御するメッセンジャーであるIP3を可視化するための蛋白性蛍光センサーを遺伝子工学的技術によって作製して、これを用いて生きた細胞内のIP3動態を初めて個々の細胞レベルで明らかにすることができました。
細胞内カルシウム濃度は厳密にホルモンや神経伝達物質によってコントロールされ、細胞間の様々な機能が制御されます。近年、細胞内カルシウム濃度は、ただ上昇するだけではなく、複雑な濃度変化のパターンをとることが分かってきています。例えば、細胞の中あるいは細胞間を波のように伝わっていくカルシウム波といったパターンやカルシウム濃度が上がったり下がったりを繰り返すカルシウム振動といったパターンです。このような複雑なパターンによって種類の酵素を制御して細胞機能調節が行われ、発生分化、筋収縮、記憶学習、免疫機能、ホルモンの分泌など多彩な機能に関与すると考えられるようになってきています。
イノシトール三リン酸(IP3)は細胞内カルシウム濃度の調節の鍵を握るメッセンジャー分子として重要です。IP3は細胞内のカルシウム貯蔵部位にあるチャネル(イオンを通す門)を開くことによって細胞内カルシウム濃度を上昇させます。従って、IP3が細胞内でどのような振る舞いをするかを知ることができればカルシウム濃度上昇パターンを形成するメカニズムに迫ることができるはずです。そこで今回IP3センサーを設計、構築し、IP3を画像化しました。
今回のIP3センサーは2つの蛋白を融合することによって作製しました。一つはクラゲ由来のグリーンフルオレセント蛋白(GFP)でもうひとつはホスホリパーゼCδのプレクストリン相同領域(PHドメイン)です。GFPはクラゲの発光メカニズムの一つを担う蛍光性タンパク質で緑色の蛍光を出します。もう一つのPHドメインは、IP3とIP3の前駆物質であるPIP2の両方を結合することが知られています。PIP2は細胞膜に存在し、IP3は細胞質に産生されるので、IP3が細胞質で上昇すればPHドメインは細胞膜から細胞質へと移動すると考えられます。融合蛋白のGFP蛍光によってPHドメインの移動を観察できればIP3の細胞内動態が細胞レベルで解析できるわけです。
腎臓尿細管由来の培養細胞(MDCK細胞)にこのような融合蛋白を発現させ、その分布を観察するとかなりの部分が細胞膜にあることが観察されました。細胞内IP3を上昇させることの知られているATPやブラジキニンをかけると融合蛋白は細胞質へと移動するのが観察されました。この移動は細胞内に直接IP3を注入しても起きますし、IP3を分解する酵素によって遮断されることから、確かにこの融合蛋白はIP3に特異的に反応して移動し、IP3センサーとなることを示しました。
次にこのIP3センサーとカルシウム感受性蛍光指示薬の両方を細胞内に導入することでIP3とカルシウム濃度変化の解析を行いました。低濃度のATPを細胞に適用することによってカルシウム振動を誘発することができますが、この時、カルシウム振動と同期してIP3濃度が振動することが初めて明らかになりました。また、刺激直後に細胞内の一部からカルシウム濃度が上昇して、その後徐々に細胞の他の領域にカルシウム濃度上昇が伝搬していくいわゆる「カルシウム波」が見られますが、IP3もカルシウム波と一致して波状に伝わっていくことが分かりました。さらに、カルシウム濃度のIP3濃度変化に対する影響を解析することによって、IP3とカルシウムが相互にその濃度変化に影響しあっているということを単一細胞レベルで明らかにし、複雑なパターン形成がこの相互作用を介するということが示唆されました。
今回の研究では生きた細胞内のIP3動態を初めて明らかにしました。IP3は全身の様々な細胞において重要な役割を果たしていますが、今回作製したIP3センサーを用いれば、それぞれの細胞特有の機能発現においてどのようにIP3が振る舞い制御するのかを明らかにしていくことができると考えられます。また、IP3センサーはDNAでコードされているので、遺伝子導入によって丸ごとの生きた動物にも導入する事ができると考えられ、様々な生理機能、疾病の理解、創薬において有用であろうと考えられます。さらに、今回と同様の方法によって他のシグナル分子の画像化も発展していくであろうと期待されます。
This page updated on June 16, 1999
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