研究課題別研究評価


研究課題名: CD4サイレンサーの作用機構
研究者名: 澤田新一郎
研究の狙い:  リンパ球表面糖蛋白CD4はTリンパ球の機能および分化において重要な役割を演じており、ヒトにおいては、HIVウイルスのリセプターとしても知られる。CD4/CD8の発現は、T細胞の分化過程で一方のみが抑制されるという特徴的な転写制御を受け、この発現制御機構はT細胞の機能的分化と密接に関連している。我々はトランスジェニックマウスを用いて、CD4遺伝子の転写がプロモ−タ−の領域の他に、13Kb上流にあるエンハンサー領域と第一イントロンにあるサイレンサー領域により支配されていることを見い出した。本研究では、CD4サイレンサーの作用をコントロールしている因子を同定/解析し、CD4サイレンサーの転写抑制機構を解明することを目指す。
研究結果及び自己評価:  DNasefoot printing法により、CD4サイレンサーの核蛋白結合領域を6箇所同定した。さらにサイレンサー機能に関与すると考えられる領域を2箇所同定した。これらの蛋白結合領域をもとに種々の欠損型サイレンサーを作成しトランスジェニックコンストラクトにつなげてマウスに導入し、トランスジェニックマウスのCD4−CD8+リンパ球 (CD8T細胞) におけるトランスジーンの発現を指標にサイレンサー活性を検討した。この結果、サイレンサーは148bpの転写抑制能を有するコアフラグメントと、フランキング領域からなり、フランキング領域のどちらか一方の存在がクロマチンレベルでのジーンサイレンシングに必要であった。また、個々の機能領域を欠損したサイレンサーでは一部のCD8T細胞にてサイレンサー機能が完全に消失したが、残りのCD8細胞では完全に保たれており、これらの領域が必要不可欠ではないことが示唆された。このように、不完全型のサイレンサーでは機能が部分的に障害され、CD8細胞の中にトランスジーンが完全にサイレンシングをうけているものと完全にデプレッションされているものの二種類が存在した。この現象はハエにおけるポジションエッフェクトヴァリエゲーシヨンに類似しており、トランスジーンの発現がインテグレーション部のクロマチン構造に依存していることを示唆する。さらにこのバリエゲーシヨンの割合が経時的にも次の代のマウスにおいても比較的安定に保たれていたことから、個々の細胞で一旦決定した発現パターンはおそらく恒久的に維持されると考えられた。以上の結果をま とめると、CD4サイレンサーは転写抑制機構やクロマチン構造の変化や維持に関わる多くのリダンダントなエレメントから成り、それぞれのエレメントの機能が複合した結果、安定な機能的サイレンサー複合体を構築することが示唆された。
  以上の提案した課題の他に、トランスジェニック技術を用いて以下の研究を平行して行った。最近、CXCR4がヒトリンパ球表面蛋白CD4とともにHIV-1のコレセプターとして働くことが明らかになった。我々はHIV-1の感染モデルマウスとして、ヒトCD4とCXCR4をCD4T細胞に特異的に発現するトランスジエニックマウスを作成した。そしてトランスジェニックマウスリンパ球のT細胞指向性HIV-1試験管内感染性を確認した。興味深いことに、CXCR4を過剰発現した複数のマウスラインにおいて、CD4T細胞が末梢血において減少し、逆に骨髄で増加する分布異常を認めた。解析の結果、骨髄ストローマ細胞が分泌するSDF-1がCXCR4を介して、CD4T細胞を骨髄に過剰に引き寄せ、末梢血中での減少を引き起こしていることが示唆された。これにより、リンパ球表面のCXCR4の発現調節が、リンパ球の血液−骨髄間の移住を調節しており、これらのコンパ−トメントにおけるリンパ球のホメオスターシスに深くかかわっていると考えられた。この機構はHIV-1をはじめ種々のウイルス疾患や自己免疫疾患で末梢血中のリンパ球数が減少する現象と関連があるかもしれない。しかしながら、現時点では、成熟リンパ球の骨髄へ の移住の生理的意味については不明である。
  今回の研究により、哺乳類における遺伝子のサイレンシングにクロマチン構造が深く関与している示唆がえられた。酵母やハエにおける遺伝子転写機構と類似性を見い出し、その意義は大きいと思われる。しかしながら、より詳細な分子レベルの解明は成し遂げられず、先に多くの課題が残された。反省としては、サイレンサー機構が予想以上に複雑であることもあり、最初に提案したように研究計画が進まなかったが、初期の段階でより幅広い方法でアプロ−チしていれば、深く研究できたのではないかと思われる。一方、CD4遺伝子の転写制御領域を用いたトランスジーンを用いて、HIV-1レセプター(ヒトCXCR4とヒトCD4)を適切な細胞に発現したトランスジェニックマウスの作成に成功し、世界で初めて報告した。このマウスは感染実験のモデルマウスとして将来役立つと考えられるが、さらにCXCR4の生体内での機能を示唆するモデルマウスとも考えられた。HIV-1感染後期にみられるCD4T細胞の減少の機構を理解する上でなんらかの手がかりを与えてくれる可能性がある。しかしながら、その感染性に関しては、ヒトに比べて十分ではなく、HIV-1感染にはさらに未知の種特異的因子が必要なのか、 先に課題を残している。以上のように両プロジェクトにおいて、一応の成果があがり、新たな知見を得ることができたが、まだ将来に多くの解明すべき問題が残っている.

領域総括の見解:  リンパ球のCD4とCD8の発現が分化段階で変わる。特にCD4の抑制を中心にしらべた発想は面白かったが、系が予想より複雑で、小グル−プでは簡単に結着がつきそうにもない。
主な論文等:
1. Sawada,S.,Gowrishankar,K.,Kimura,R.,Suzuki,M.,Tahara,S. and Koito,A. Distributed CD4+ T cell homeostasis and in vitro HIV-1 susceptibility in transgenic mice expressing T-tropic HIV-1 receptors. J.Exp.Med.,187(9), 1439-1449 (1998)
2. Ellmeier,W.,Sawada,S., and Littman D.R. The regulation of CD4 and CD8 coreceptor gene regulation during T cell development.(Review)
The Annual Review of Immunology vol.17, 523-554 (1999)
特許. 2件(Human CD4 and CXCR4 double transgenic mice,1997,国内、国外)

This page updated on September 1, 1999

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