研究課題名: | 忘れる…その大切さ ―脳の数理モデルの幾何的研究― | ||||||
研究者名: | 金道 敏樹 | ||||||
研究の狙い: | 外界からの刺激(構造を持った情報)が与えられたとき、脳はそれをどのような表現で記憶し、どのようなプロセスで記憶を呼び覚ますのか?逆に、脳の情報処理のプロセスをに注目したとき、それに対応する情報表現はどのようなものか?この研究のねらいは、脳の数理モデルに対してこのような問いに答えられるような方法を提示することにある。 人を初めとする生体の認知や行動のメカニズムを探求する研究に、脳が行なっている情報処理の様式/原理の解明がある。いくつかあるこの研究のアプローチの一つが、脳の活動(機能)の本質を捉えている(と思われる)脳のモデルを作り、モデルが内包する脳の性質を微視的、巨視的の両面から解明する理工学的なアプローチである。 私の研究は、この理工学的なアプローチにあって、非線型性の強い脳の数理モデルを幾何的に捉えようとする点に特徴がある。具体的には、幾何的な解析方法を与え、その方法に基づいて、脳に見出された現象が数理モデルのどんなメカニズムとプロセスに対応するのかを明らかにしようとするものである。 | ||||||
研究結果及び自己評価: | 取り上げた問題の一つが、題目に挙げた忘却にかかる「脳は時系列刺激をどのようにして記憶するか」である。時系列刺激の学習については、相互相関学習が知られている。この相互相関学習は、時刻tの刺激が入力されたとき時刻(t+1)の刺激が出力されるように、時間的にずれた2つの刺激の組を学習するものである。この学習則を用いた連想記憶は、途中にノイズ刺激が挿入された時そのノイズ刺激も意味のあるものとして積極的に記憶するといった性質を持っている。脳のモデルで連想記憶を考える時、この性質はあまりよいものではない。 連想記憶のダイナミクスを球面上の流れとして記述するこの研究の幾何的描像は、もし刺激をプロセスの流れに沿って配置できれば、時間的にずれた2つの刺激の組を記憶しなくても、時系列を記憶することも思い出すこともできることを示唆しており、それは数値実験により確認された。 この研究における一連の実験により、忘却を行ないながらの自己相関学習で学習アルゴリズムでは時間的 な連合がとれない程時間的に離れた記憶を連合できることが示された。さらに、2つの混在した時系列刺激を記憶したとき、入力に応じていずれか一方の時系列だけを想起するといった一種の選択的な時系列刺激の記憶/想起が可能であることを明らかとなった(図1参照)。
率直に言って、現時点で満足のゆく研究成果はあがっていないと考える。さきがけが始まったとき私は、自分の研究方法と方向に自信を持ち、成果を上げ得ると確信していた。しかし、分子レベルから認知心理学レベルに至る多様な研究を目の当たりにし、さらに、「自由意志とは」と正面から問われ、自分は脳の数理モデルの内側という狭い研究テリトリに縛られ、低い志しか持てていなかったのではないか、と気づかされた。今の私は、モデルならびに理論的な方向から脳に迫ることは変わらないが、神経生理学的ならびに認知心理学的研究に対して予言ができる仕事するのだという大望を抱いている。この文脈のなかで、自分が構築してきた脳の数理モデルを幾何的に解析する方法が、統計的手法と比較して定量的精度に劣る面あるものの、脳の数理モデルの隠された可能性を明らかにできる、ひいてはこうした予言に役立ちそうなことは、幸運だった。さきがけの中で、「忘却」が時系列刺激学習に役立つことを示せたことは、不十分ながらその方向への最初の一歩だと考えている。今後は、記憶の変容を支える現象のメカニズムとプロセス(その肯定的な意味)を実験的研究に繋がるような形で解き 明かしたい。 | ||||||
主な論文等: |
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This page updated on September 1, 1999
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