研究課題別研究評価


研究課題名: エピタキシャル成長による磁性体と半導体の一体化
研究者名: 田中 雅明
研究の狙い:  半導体と磁性体の分野は、数十年にわたって物性物理から工学的応用まで広く研究されてきたが、材料作製の方法と物性が非常に異なり研究開発の手法も異なっていたため、両分野の間には交流が少なく、両方の材料の特長を結合させた物性機能やデバイス開発を進めようとする試みは(筆者が「さきがけ研究」に応募した)数年前まではまれであった。本研究では、分子線エピタキシー(MBE)という原子レベルの制御が可能な結晶成長技術を用いて、結晶最上表面の状態を制御することによって、従来は不可能であった強磁性体と半導体との異種物質ヘテロエピタキシーを実現し、原子レベルで構造・膜厚を制御した磁性体/半導体エピタキシャル超構造を形成することを目的とした研究を行った。
 具体的には、
(1) SiやGaAs等の半導体と、これらの半導体上で熱力学的に安定なMn-IIIやMn-V化合物強磁性体という異種材料を、原子レベルで構造や膜厚を制御しながら積層することによって、磁性体と半導体の特長を合わせ持つ異種物質ヘテロ構造材料を作製する、
(2) 光エレクトロニクスや高速電子デバイスに使われるIII-V族化合物半導体中に磁性元素を混入させた磁性混晶半導体やその量子半導体ヘテロ構造を作製する、そしてそれら半導体と磁性体が一体化した新しい人工材料の構造、物性機能を明らかにし、デバイス応用への指針を示す。これによって半導体デバイス技術と融合可能な高密度不揮発性メモリーデバイスやスピンバルブ効果を用いた高感度の磁気センサ、また、半導体レーザと集積化・一体化が可能な光アイソレータなど非相反性を用いた磁気光学デバイス等への応用の道筋を示すとともに、最終的には従来の半導体エレクトロニクス分野にスピンテクノロジーという新しい自由度をもたらすことをも目指した。
研究結果及び自己評価:  
研究結果
1) Mnを含む2元金属間化合物(Mn-III, Mn-V, III=Ga, Al, V=As)の強磁性体としての性質とIII-V化合物半導体との整合性の良さに着目し、強磁性金属間化合物/半導体ヘテロ構造のエピタキシャル成長に初めて成功した。分子線エピタキシー成長において、テンプレート法を開発することにより、結晶の方位や磁気異方性など磁気的特性を制御できることを示した。
2) 分子線エピタキシーの手法を駆使し結晶最上表面の状態(面方位や表面再構成)を制御することによって、結晶構造・化学結合・電子構造などが大幅に異なる異種物質の組み合わせであるにもかかわらず、強磁性金属(MnAs)/半導体(GaAs)/強磁性金属(MnAs)から成る単結晶の多層ヘテロ構造をGaAs及びSi半導体基板上に成長することに初めて成功した。
3) 分子線エピタキシーにおいて強い非平衡成長条件を用いることにより、III-V族半導体化合物中に磁性元素(Mn)を数%のオーダーで大量に添加させた新しいIII-V族ベースの強磁性半導体GaMnAs薄膜を作製し、さらに(GaMn)Asを含む強磁性半導体超格子構造やスピントンネル接合構造など、III-V族ベースの強磁性半導体量子ヘテロ構造の作製に初めて成功した。
4) III-V族ベースの強磁性半導体(GaMn)Asおよび(GaMn)Asを含む超格子構造の磁気光学効果の増大を初めて観測し、そのバンド構造を明らかにした。III-V族ベースの強磁性半導体量子ヘテロ構造において初めて量子サイズ効果によるサブバンドの形成を観測、低温で巨大なトンネル磁気抵抗効果を観測するなど、半導体における新しいスピン依存現象を見いだした。
などである。
 デバイス応用との関連で述べると、(1)、(2)の結果は半導体デバイス技術と融合可能な高密度不揮発性メモリーデバイスやスピンバルブ効果を用いた高感度の磁気センサ、(3)、(4)の結果は半導体レーザと集積化・一体化が可能な光アイソレータなど非相反性を用いた磁気光学デバイス等への応用可能性を示したことになる。全般には、(1)〜(4)のような磁性体と半導体の機能を一体化・融合化した新しい複合構造を作製しその物性の一端を明らかにしたことにより、従来の半導体エレクトロニクス分野に"磁性"あるいは"スピン機能"という新しい自由度をもたらすことの面白さを世の中に訴えることができたのではないかと考えている。
評価
さきがけ研究の結果を省みて
5:excellent(優れていた),
4:good(良好),
3:medium(中位、まあまあ),
2:under expectation(予想・期待に及ばなかった),
1:poor(予想・期待に著しく及ばなかった)
の五段階で、以下の項目について自己評価を試みた。
1) 研究申請時の目標に対する達成度 3
 分子線エピタキシー成長によって、半導体と磁性体が一体化した新しい人工材料を作製したという点では完全に目標を達成した(5点)。しかし、そのエピタキシャル成長機構については、まだ完全に解明するに至っていない(3点)。磁性体と半導体の特長をあわせ持つその物性の一端を明らかにしたことについては、かなり科学的に興味深く応用可能性のある現象を明らかにしたものの、まだ未解明の課題が多く残っている(4点)。強磁性体/半導体/強磁性体からなる積層ヘテロ構造において、半導体を介した磁性層間の交換結合を調べ、その制御を試みることも目標にしたが、これについてもMnAs/GaAs/MnAsおよび(GaMn)As/AlAs/(GaMn)Asヘテロ構造について交換結合の一端を観測したにとどまり、非常に興味深い実験結果であるものの、まだそのメカニズムの解明と制御には至っていない(2点)、デバイス応用との関連で述べると、半導体デバイス技術と融合可能な高密度不揮発性メモリーデバイスやスピンバルブ効果を用いた高感度の磁気センサ、半導体光デバイスと集積化・一体化が可能な光アイソレータなど非相反性を用いた磁気光学デバイス等への応用可能性を原理的には示したものの、プロ トタイプのデバイス試作はこれからの課題である(2点)。以上を総合して、研究申請時の目標に対する達成度は3点と評価した。
2) 研究の方向性とテーマの設定 4
 半導体機能と磁性機能の一体化・融合化というテーマは、小規模な大学の研究室においてさきがけ研究のような個人研究で行う研究として大きすぎるかもしれないが、基礎から応用まで魅力的な課題が数多く含まれ、研究の方向性・発展性としては、筋が良いのではないかと思っている(少なくとも重箱の隅をつつくような矮小なテーマではない)。非力を省みず、大風呂敷を広げすぎたという若干の反省があるものの、研究の方向性とテーマ設定に関しては4点をつけた。
筆者はさきがけ研究を始める以前(1990年代初頭)からこのテーマに取り組んできているが、ここ数年内外の学会でもこの種の研究に対する関心は高まっていて、筆者自身も国際会議などで講演を依頼される機会が増えている。海外でもこの分野の表現として、"magnetoelectronics" あるいは"spintronics"という新語も誕生し、関心をもつ研究者が増えている。しかし、単に目新しいから、予算をとりやすいから、という理由で多くの人が関心を寄せているとしたら、喜んでばかりもいられない。実体のない空疎な言葉がひとり歩きして、単に予算獲得の道具とされてしまう危険性すらあるので注意しなければならない。新しい分野として健全に発展させるためには、我々研究者が良質の科学研究を行い、できれば実用化に結びつく成果を出すことであると考えている。
3) 研究としての完成度 2
 (1),(2)とも関連するが、この種の研究ははだ萌芽的段階にあると認識している。いくつか興味深い種を拾い、やっと芽が出たというのが、さきがけ研究終了時の段階であると評価しているので、完成度としては2点とした。
4) 実用化に対する貢献度 1〜2
 デバイス応用として、半導体デバイス技術と融合可能な高密度不揮発性メモリーデバイスやスピンバルブ効果を用いた高感度の磁気センサ、半導体光デバイスと集積化・一体化が可能な光アイソレータなど非相反性を用いた磁気光学デバイス等への応用可能性を、原理実験により一部示したに止まっているので、実用化に対する貢献度は1点ないし2点と自己評価は低い。また、特許出願件数も少ない。今後は積極的に共同研究を行うなど、自らの非力を補い応用研究にも力を入れたいと考えている。
5) 研究発表や広報の努力等も含めた社会への還元 3
 論文発表はかなり積極的に行い、国際会議などにも積極的に出かけていって、招待講演や発表を行った(4点)。一方こうした学術的な発表の場の他に、より一般向け(あるいは一般研究者向けの)解説や広報活動は、学会誌に5件程度の解説・総説論文を書いた程度であり、発表の場としてさきがけ研究の事業団が設定した以外の場では、あまり積極的な広報活動はしなかった(2点)。(さきがけ研究期間中に新聞社の取材があり、国内とシンガポールの新聞で2回ほど記事になった。この記事に対する問い合わせがあったが、多忙のため1人では対処しきれず、積極的な広報にはならなかった)。
6) 今後の展望
 本研究では磁性体と半導体を一体化するための結晶成長技術を開発し、形成された磁性体/半導体エピタキシャル超構造の原子レベルでの構造や電気的・光学的・磁気的性質など物性機能の一部が明らかになった。これを基礎にして、半導体と磁性体の機能を一体化・集積化するための基盤技術・材料技術を確立し、その物性機能を自在に設計できるようにして、デバイス応用の研究へ展開してゆきたいと考えている。

領域総括の見解: 巧みに物質を選びながら半導体と強磁性体を結晶としてエピタキシャルに積層するということを成功させたのは大きい成果である。さらに実用化を目指して広い可能性に向っての挑戦が期待される。

主な論文等: (以下の代表的な論文10編を含め、27編)
1. M. Tanaka (Invited paper), "Epitaxial Ferromagnetic Thin Films and Multilayers of Mn-based Metallic Compounds on GaAs", J. Materials Science & Engineering B31, pp.117-122 (1995).
2. M. Tanaka, J.P. Harbison and G.M. Rothberg, "Epitaxial Ferromagnetic MnAs Thin Films on (001) GaAs: Template and Epitaxial Orientations", J. Crystal Growth 150, pp.1132-1138 (1995).
3. K. Akeura, M. Tanaka, M. Ueki and T. Nishinaga, "Epitaxial Ferromagnetic MnAs Thin Films Grown by Molecular Beam Epitaxy on Si(001) Substrates", Applied Physics Letters 67, pp.3349-3351 (1995).
4. M. Tanaka, J.P. Harbison and G.M. Rothberg, "Epitaxial MnAs/NiAs Magnetic Multilayers on (001)GaAs Grown by Molecular Beam Epitaxy", J. Magnetism & Magnetic Materials 156, pp.306-308 (1996).
5. T. Hayashi, M. Tanaka, T. Nishinaga and H. Shimada, "GaMnAs: New III-V Based Diluted Magnetic Semiconductors Grown by Molecular Beam Epitaxy", J. Crystal Growth 175/176, pp.1063-1068 (1997).
6. T. Hayashi, M. Tanaka, K. Seto, T. Nishinaga, and K. Ando, "New III-V Based Magnetic(GaMnAs)/Nonmagnetic(AlAs) Semiconductor Superlattices", Applied Physics Letters 71, pp.1825-1827 (1997).
7. M. Tanaka (Invited paper), "Epitaxial Ferromagnetic Thin Films and Heterostructures of Mn based Metallic and Semiconducting Compounds on GaAs", Physica E2, pp.372-380 (1998).
8. M. Tanaka (Invited paper), "Epitaxial Growth and Properties of III-V Based Ferromagnetic Semiconductor (GaMn)As and Its Heterostructures", J. Vacuum Science & Technology B16, pp.2267-2274 (1998).
9. M. Tanaka, K. Saito, and T. Nishinaga, "Epitaxial MnAs/GaAs/MnAs Trilayer Magnetic Heterostructures", Applied Physics Letters 74, pp.64-66 (1999).
10. M. Tanaka (Invited paper), "Ferromagnet/Semiconductor Hybrid Structures Grown by Molecular Beam Epitaxy", J. Crystal Growth (1999), in press.


(特許、受賞、招待講演等):
特許: 国内出願1件
特願平10-190688「磁気光学装置の製造方法及びその磁気光学装置」
受賞:
2件
(1) 「III-V族希薄磁性半導体(GaMn)Asのエピタキシャル成長と磁性・電気伝導特性」(1996年日本応用磁気学会にて発表)等の一連の論文・業績に対し、1997年10月に日本応用磁気学会より、平成9年度学術奨励賞(武井賞)。
(2) 「原子レベルで制御された強磁性体/半導体超構造の形成とその応用−半導体エレクトロニクスにおける電子スピンの創出−」等の一連の論文・業績に対し、1999年3月に矢崎科学技術振興記念財団より、平成10年度矢崎学術賞。
招待講演:
国際会議8件
1. M. Tanaka, "Epitaxial Magnetic and Nonmagnetic Metallic Compounds Integrated with III-V Semiconductors", American Physical Society 1996 March Meeting, St. Louis, USA, March 1996.
2. M. Tanaka, "Epitaxial Ferromagnetic Compounds Integrated with III-V Semiconductors", 8th Int. Conf. on Modulated Semiconductor Structures (MSS-8), Santa Barbara, USA, July 1997.
3. M. Tanaka, "Growth and Magnetic Properties of GaMnAs and Related Heterostructures", Japanese-Polish Symposium on Diluted Magnetic Semiconductors, Warsaw, Poland, September 1997.
4. M. Tanaka, "Magnetic-compound/Compound Semiconductor Heterostructures", 25th Conference on the Physics and Chemistry of Semiconductor Interfaces (PCSI-25), Salt Lake City, USA, January, 1998.
5. M. Tanaka, "Epitaxial Ferromagnet/Semiconductor Hybrid Structures", 10th Int. Conf. on Molecular Beam Epitaxy (MBE-10), Cannes, France, September 1998.

6. M. Tanaka, "Epitaxial MnAs/GaAs/MnAs Ferromagnet/Semiconductor Heterostructures", Advanced Heterostructure Workshop '98, Hawaii, USA, December 1998.
7. M. Tanaka, "Epitaxial Ferromagnet/Semiconductor Heterostructures", Materials Research Society 1999 Spring Meeting, San Francisco, USA, April 1999.
8. M. Tanaka, "Magnetic Semiconductors and Hybrid Devices", American Vacuum Society 1999 Meeting, Seattle, USA, October 1999.

This page updated on September 1, 1999

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