補足説明


 350kVホログラフィー電子顕微鏡を用いて高温超伝導体中の個々の磁束量子をリアルタイムで観察することに成功し、ビスマス酸化物(Bi-2212)中の磁束量子が力を受けた時、条件によってさまざまな形で動き始める様子を、初めて捉えることが出来ました。

 超伝導体の最大の応用は、無損失で電流を流せることにあります。しかし、超伝導体に無条件で電流を流せる訳ではありません。電流を流すと、磁場が発生しますが、その時、超伝導体中に光学顕微鏡でも見えないほどの細い磁束の糸(磁束量子)が発生し、電流に比例した力を受けます。もしもこの磁束量子が動き出してしまうと、ファラデーの電磁誘導の法則によって電圧が誘起されますので、抵抗が生じたことになります。無抵抗で電流を流すには、磁束量子が動かない様にピン止めする必要があり、これが超伝導体実用化の最大の問題です。
 ところが、この磁束量子は非常に細いため、直接観察が困難で、磁束ピン止めのメカニズムの解明を難しくしていました。しかし、その重要性から、磁束量子観察の様々な手法が開発されつつあります。古くからある手法としては、超伝導体表面に細かい磁性粉を振り撒き磁束量子が顔を出した所に集まった磁性粉を電子顕微鏡で観察するビッター法、最近ではSTM、微少なHall素子などがあります。しかし、これらの手法では、通常は1枚の画像を得るのに数10分、最近では秒単位に迫ってきたものの、リアルタイム観察は困難でした。
 我々は、先に、ホログラフィー電子顕微鏡を用いて電子の波動性を利用したローレンツ顕微鏡法により磁束量子の動きを観察できる手法を開発しました。しかし、動的観察は磁束量子の半径(磁場侵入長)の小さな(ニオブなどの)低温超伝導体に限られていました。高温超伝導体では、半径が一桁も大きく、従って磁場が極端に(1/100)小さくなってしまうためです。

 今回、入射電子線の強度や観察するサンプルの膜厚を増やすなど実験条件を最適化し、かろうじてではありますが、その動きを捉えられるようになり、ビスマス酸化物中の磁束量子が動き始める様子を初めて観察することが出来ました。
 高温超伝導体は、高温で使われるため熱的なゆらぎが大きく、しかも層状物質であるために、磁束量子の振る舞いが非常に複雑となり、しかも動きやすくなります。これが高温超伝導体の実用化を困難にしてる原因です。さらにピン止めのメカニズムを分かりにくくしているのは、非常に小さな欠陥でピン止めが効くためです。これは磁束量子の中心部分に超伝導が破れている芯がありますが、低温超伝導体で数百Åの半径が、高温超伝導体では10Åときわめて小さくなることに起因します。大きな欠陥であれば、電子顕微鏡などで見つけることが出来ますが、酸素などの原子サイズの欠陥では観察するすべがないため、ピン止めのメカニズムは推定の域を脱しておりませんでした。今回の観察により、高温超伝導体ならではの磁束量子の動きを見出すことが出来ました。

 今回判明した結果は以下の通りです。まず、磁束量子が動き始める様子は、25Kを境にその上下で全く異なった動きをすることを見出しました。低温領域では、磁束量子が同じ速度で一斉に平行移動を始めます。Nbなどでは欠陥にtrapされたり飛び出したりを、繰り返し、このような動きは見たことはありません。しかも、1秒でわずか1μmというゆっくりしたスピードで、低温にするとどんどん遅くなります。これはよく知られている低温でビスマス酸化物の強いピン止め力の実体を表しています。恰も強い粘性流体の中を動いているかのようです。また磁場を増加しても50Gまで同じ平行移動のままです。
 ところが、温度を上げて25K以上にすると、全く違った動きを始めます。磁束量子は、平行移動せず、欠陥にtrapされています。時折、1個1個、突然hoppingをして視野の外に出てしまいますが、すぐにそこに新しい磁束量子がやってきます。ここに、ピンニングセンターが生じたのに違いありません。この変化は、次のような解釈ができます。
 低温でゆっくり平行移動をするのは、1本の磁束量子が曲がりくねりながら沢山の現在の条件では(100ヶの)酸素欠陥にtrapされて集団的にピン止めされています。これに力が加わると、一方では1つづつはずれて逆側では新しい欠陥にtrapされながら、結果的にゆっくりと移動すると考えられます。
 ニオブの芯の半径は300Åですから、ニオブの磁束量子はこんなに小さな欠陥には全くtrapされません。高温超伝導体の磁束量子の場合、磁場半径は2000Åと非常に大きいのに常伝導芯の半径の方は10Åと極めて小さいのが特長です。このため、原子的スケールの欠陥でピン止めが生じる訳です。
 温度が上がると、小さな欠陥のピン止め力は急激に弱まり、しかも集団的効果もそれに追い討ちをかけます。こうして、25K以上になると、このピン止め力は全く消えてしまいます。
 一方、それまで埋もれていた、別の欠陥(素性 はまだ分かっていません)があらわになってきて、そこにtrapされるようになります。その近くにあった酸素欠陥のピン止め力は、ゼロになっているので、ここから飛び出した磁束量子は勢いよく長距離を高速でhoppingをするという、このようなシナリオです。

 次に、温度ではなくて磁場を変化してみます。磁束量子の密度が高くなるにつれて、より固い格子を組むようになりますが、25K以下ではたくさんの酸素欠陥で1本の磁束量子をtrapしてるからでしょうか、平行移動の様子は全く変わりません。一方、高温領域では、磁束量子は塑性運動(格子を組んだまま流れるのではなく、格子が崩れて一部分だけが流れる運動)を行います。しかも、その動く様子は磁場の値で様々に変わってきます。
 例えば6Gにするとフィラメント状の流れが生じます。これは、密につまった磁束量子は、その密度を均一に保ちたがるためです。流れが起こるとすれば、フィラメントのような形で流れが起これば、ずれるだけで密度を変えることなく動きが生じ得る訳です。
 もっと磁場を強くすると、filamentが一列だけが流れることが難しくなってきます。隣の列を引きづって動き、川のようになって流れます。
 さらに磁束量子間の力を強めると、きれいな磁束格子を組むようになります。この時、格子はかなり固くなっていますので、力が加わった時、“格子の形のまま全体が動きたい”という感じが見て取れますが、ピン止め力の方もまだ余力が残っています。このために磁束格子は、ドメインに分かれ、各ドメイン毎に動き、その間でずれたり、歪んだりしながら動きます。この時、dislocationが伴うのが観察されました。

 このように、低温で、高温超伝導体に特有の磁束量子の極めて遅い流れ(Migration)が見出され、高温で、理論的に予測されていた異なった種類の塑性流(Plastic flow)が実際に存在する証拠を得ることが出来ました。

 なお、磁束量子の動きを捉えたビデオを、Nature home pageとして、Internetを通じて公開します。


This page updated on January 29, 1999

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