原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

中性子照射環境に於けるセラミックスの熱伝導率評価に関する研究開発

(受託者)国立大学法人京都大学
(研究代表者)秋吉優史 大学院工学研究科 助教

1.研究開発の背景とねらい

 セラミックスはフォノンにより熱を伝導しており、フォノン-フォノン散乱により温度が高いほど熱拡散率が低下することが知られている。一方フォノン-格子散乱を起こす照射欠陥は、高温照射では空孔-格子間原子の再結合が促進され、その導入密度は高温であるほど低くなる。照射後まで安定に存在する欠陥と、フォノン-フォノン散乱の効果は、照射後に温度依存性を評価することで見積ることが可能であるが、照射時においては欠陥生成から再結合するまでの僅かな時間存在する transient な欠陥による効果は、これまで殆ど評価されてこなかった。
 本事業では、高温ガス炉の燃料被覆管被覆材等に使用するセラミックス材料の中性子照射環境下での熱物性評価手法の確立を目的としてまずレーザーフラッシュ法を用いた熱定数測定装置を用いて-150℃〜140℃で中性子照射後セラミックス試料の熱拡散率測定を行う。さらに、様々な照射条件で30MeVの電子線照射を行った試料の熱拡散率を測定し中性子照射試料との比較を行う。その一方で、陽電子寿命およびドップラーブロードニング測定系を構築し、中性子照射後セラミックス試料の測定を行い、熱拡散率との相関を把握する。さらに、加速器によるイオン照射時の陽電子寿命、ドップラーブロードニング測定を行い、照射時と照射後の欠陥導入状態の変化を評価し、中性子照射後試料で測定した熱拡散率との相関を用いて照射時の熱拡散率の評価を行う。

2.研究開発成果

 中性子照射後試料の熱拡散率測定は、φ3mmの試料を測定可能な特注の光学系を持つアルバック理工製TC-7000H/L特型を用いて-150℃〜140℃で行った。測定対象試料は高速実験炉常陽で中性子照射(照射条件は図1中に記載)を行ったα-Al2O3, AlN, β-Si3N4, β-SiC である。測定の結果の例(β-Si3N4)を図1に示す。試料の熱拡散率α(m2/s)は測定温度T (K)によりα=k/T n に従って変化するため、測定結果から前式中のn パラメーターを取得し、それぞれの試料の照射温度における熱拡散率を求めた。最後に様々な照射温度で照射した試料についてこの評価を行い、照射温度依存性を求めた。β-Si3N4での例を図2に示す。図中白丸及び黒丸が本事業での測定結果であり、黒丸は照射量に対する熱拡散率低下が飽和する以前の試料である。白い菱形は過去に報告している実際に高温で測定を行った際の結果[1]であり、今回外挿により得られた結果と非常によい一致を示していることが分かる。また、照射量が十分多く熱拡散率の低下が飽和した状態では、照射温度が変化してもほとんど熱拡散率は変化しないことが明らかとなった。他の材料については、α-Al2O3, AlN では若干照射温度と共に熱拡散率は上昇し、逆にβ-SiC では若干の低下が見られたが、いずれもその変化は小さかった。照射後試料に対する高温でのフォノン-フォノン散乱の影響をこの手法を用いることで評価可能となった。次に照射時のtransient な欠陥による影響を評価するために、陽電子消滅法による測定を行った。
 熱拡散率と陽電子寿命スペクトル及びsパラメーターの相関を把握するため、熱拡散率が既知の中性子照射試料の陽電子寿命測定とドップラーブロードニング測定を行った。照射試料(α-Al2O3)の陽電子寿命スペクトルを図3に、ドップラーブロードニング測定により取得されたsパラメーターと照射条件及び過去に測定された熱拡散率[2]との相関を図4に示す。未照射試料との比較から、α-Al2O3では照射により明らかな長寿命成分の増加とsパラメーターの増加が見られた。比較的低温・低照射量で照射したT7xの試料が大きな長寿命成分の増加を示す一方、sパラメーターは逆にT5xの試料よりも小さく、寿命測定とドップラーブロードニング測定では検知しうる欠陥が異なると考えられる。AlN についても寿命測定の結果はほぼ同様であるが、sパラメーターと熱拡散率の相関ははっきりしなかった。β-Si3N4のsパラメーターは未照射試料から変化が見られなかったが、寿命については若干変化が見られた。逆にβ-SiCについては寿命スペクトルの差は見られなかったが、sパラメーターについては未照射との差が見られた。これらの結果から、熱拡散率の変化を示す欠陥導入があれば陽電子消滅法により検出できることが明らかとなった。
 この結果を受けて、イオン照射時の陽電子消滅、ドップラーブロードニング測定を行うための測定系の開発を行った。試料ターゲットとなる試料は1枚のみであり、照射による影響を避けるため試料から離して密封線源を設置する条件下で試料から発生する消滅γ線信号のみを選別しなければならないなど、イオン照射時測定に必要な多数の技術的問題点を解決してアバランシェフォトダイオードによるβ-γ同時計測法を用いた測定系を構築することができ、時間分解能550ps程度で寿命スペクトルの取得に成功した。また、ドップラーブロードニング測定は真空中で鉛の遮蔽体を用いることで線源から試料を離しての測定が可能となり、従来法とほぼ同じsパラメーターが取得できる事を確認した。これらの測定系を用いて中性子照射による陽電子寿命、ドップラーブロードニング測定への影響が明確であったα-Al2O3 のイオン照射時測定を行った結果、寿命測定、ドップラーブロードニング測定共に照射中と照射後の明確な差は認められなかった。照射温度は室温であり、高温よりもtransientな欠陥が再結合しにくく、今回使用したイオン照射(2.5MeV, H+, 30nA)による欠陥導入速度は高速炉内での中性子照射の場合と比較して遙かに大きいことから、高温ガス炉条件においても照射中と照射後では欠陥導入密度に有意な差は無いと思われる。その結果照射時の熱拡散率は照射後試料の低温での測定から評価出来ると考えられる。

3.今後の展望

 現在イオン照射時の測定の分解能を向上するため従来用いていた22Na 陽電子線源に換えて68Ge陽電子線源を用いてより詳細な測定を行っている。また、α-Al2O3以外の試料についても照射時挙動を測定中である。

4.参考文献

[1] M. Akiyoshi, I. Takagi, T. Yano, N. Akasaka and Y. Tachi, Thermal conductivity of ceramics during irradiation, Fusion Engineering Design, 81 (2006) 321-325
[2] M. Akiyoshi, T. Yano, Y. Tachi and H. Nakano, Saturation in degradation of thermal diffusivity of neutron-irradiated ceramics at 3×1026n/m2, J. Nucl. Mater., 367-370 (2007) 1023-1027
Japan Science and Technology Agency
科学技術振興機構 原子力システム研究開発事業 原子力業務室