原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

モデル・データ・検査融合に基づく炉内材料劣化に関する研究開発

(受託者)国立大学法人東京大学
(研究代表者)沖田泰良 大学院工学系研究科システム量子工学専攻 准教授
(再委託先)原子燃料工業株式会社

1.研究開発の背景とねらい

 魅力的な革新炉を実現させるためには、照射下における炉内構造材料の安全性維持並びに信頼性の確保は、達成すべき重要な課題である。一方で、革新炉における炉内構造材料は、実証的データの存在しない照射条件下で、実際に材料を供しながら併せて健全性評価を行っていく必要がある。加えて、現段階では、炉内構造材料の供される照射環境が定量的に定まっていないことも革新炉の特筆すべき事項である。このため、革新炉構造材料においては、どのような照射条件下でも適用可能な健全性評価手法を確立することが求められている。本研究課題においては、材料挙動予測モデル、照射データモデル、非破壊検査技術の3つの技術を個々に開発し、高度化するのみならず、材料劣化予測の観点から融合させる。これによって、実証的データの存在しない領域で使用される材料の照射劣化を評価する手法を構築し、炉内構造材料の安全性の維持並びに信頼性の確保に寄与することを目的とする。本研究開発においては、フェライト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼を対象材料とする。フェライト系ステンレス鋼は、体心立方格子(以下BCC金属)であるため照射硬化に伴う脆化が炉内構造材料の健全性を評価する上で最も重要な因子である。フェライト系ステンレス鋼の照射硬化を評価するため、材料挙動予測モデルと照射データモデルの構築を行い、2つの技術を融合して、評価手法の高度化を行う。また、オーステナイト系ステンレス鋼においては、軽水炉において炉内構造材料としての使用実績があるが、軽水炉条件では問題とならなかったスエリングによる寸法不安定性が寿命決定因子となりうる。オーステナイト系ステンレス鋼のスエリングを評価するため、材料挙動予測モデル、照射データモデル、非破壊検査の3つの技術構築、開発を行い、更にこれらを融合し、評価手法の高度化を行う。

2.研究開発成果

2.1 フェライト系ステンレス鋼における照射硬化評価手法の確立に関する研究開発
 マクロな材料特性である照射硬化は、ミクロレベルにおいては転位と照射欠陥の相互作用によって転位の移動が阻害されることに起因する。このため、これまで分子動力学法 (以下MD法)を用いて照射欠陥と転位との相互作用の評価が行われてきた。一方、BCC金属においては、照射欠陥が可動であるため、距離の-1乗に比例する転位のひずみ場中での挙動に関して、近距離相互作用と共に、MD法では計算機の制約上扱うことが困難な長距離相互作用も取り入れて評価する必要がある。図1(a)には、線形弾性論を基にH17年度に開発したモデルを用いて評価した、刃状転位と照射欠陥の相互作用エネルギーの距離依存性を示す。モデルには、照射欠陥が転位のひずみ場中において全エネルギーを最小とするように回転することを取りいれており、連続体としての照射欠陥の挙動と原子レベルでのシミュレーションにおける照射欠陥の挙動の整合性を図った点に新規性がある。この計算によって、MD法で計算可能なセル以上の遠い距離に存在する照射欠陥でも転位のひずみ場に引きつけられることがわかり、また転位と照射欠陥の最も安定な位置関係が評価される。図1(b)には、MD法で近距離において同様の計算を行ったH18年度の結果である。MD法で評価した刃状転位と照射欠陥の最も安定な位置関係は、照射欠陥の回転を取り入れた線形弾性論モデルと良い一致をしており、連続体と原子レベルのシミュレーションの整合性がとれたことがわかる。この結果、2つの手法を組み合わせることで、あらゆる距離における転位と照射欠陥の相互作用を評価することが可能となり、マルチスケールモデリングに大きな進歩が得られた。しかし、H19年度に構築した照射硬化に関するデータモデルの結果から、α-Feにおける照射硬化は極低照射量から非常に大きく、図1で評価したような転位と照射欠陥のひずみ場を介した相互作用や、刃状転位と照射欠陥の直接接触による相互作用のみでは照射硬化の要因を全て説明しきれないことがわかった。図2に示すようなMD法による計算結果により、照射欠陥を吸収し刃状成分を有したらせん転位が非常に安定なジョグ構造を持ち外力に対して非常に強い変形抵抗となり、照射硬化の主要因となりうることがわかった。本研究開発で行った機構論的モデルとデータモデルの融合によって様々な新しい知見が得られ、ミクロ因子に基づいたマクロ特性変化、データ獲得手法の優先度の明確化など、学術的にも実用的にも重要な貢献ができた。
2.2 オーステナイト系ステンレス鋼におけるスエリング評価手法の確立に関する研究開発
 本研究開発H17年度の成果により、オーステナイト系ステンレス鋼スエリングの非破壊検査手法として、超音波測定によるスクリーニングと電気抵抗測定試験による局所的な検査が妥当であることが評価された。これらに基づいて、局部領域のスエリング測定手法確立のため、H18年度から電子顕微鏡用照射ディスク材を用いた電気抵抗測定を行ってきた。図3には、本研究開発で使用した直流法測定装置を示す。本装置に於いては、試料と端子の接触位置のぶれを可能な限り低減させ、また高電流を瞬間的に流すことによって高S/N比で測定可能となった。本装置を用いて測定した電気抵抗率のスエリング依存性を図4に示す。繰返し計測時の誤差は0.2%程度、最大で1.0%まで低減させることに成功した。また、H19年度には交流法によって同等試料の測定を行い、同じ程度の精度で結果を得ることができた。一方、H18年度からブロック照射材を対象として、超音波試験並びにミクロ組織観察を行い、析出物の効果を取り入れた非破壊検査法の確立を行っている。これら非破壊検査によって測定されたスエリングが更なる供用によってどのように進行していくか予測する機構論的モデルとデータモデルを構築している。機構論的モデルでは確率微分方程式を用いることにより計算の効率化を図り、これまで困難であったボイド形成・成長過程の連続的なモデル構築が可能となった。またデータモデルにより、各々の照射パラメータがミクロ組織発達にどのように影響を及ぼすか、検討を重ねている。

3.今後の展望

 炉内構造材料の照射下挙動予測に関する機構論的モデルとデータモデルの融合により、構造材料検査の時期と箇所の優先度を科学的根拠に基づいて明確化することが可能となり、定期点検期間の短縮、点検作業員の被爆低減に貢献できる。また、これらの技術の融合により、炉内構造材料の健全性評価に関する規格基準類の整備にも貢献できる。このように、検査・モデル・データ融合によって革新炉炉内構造材料の健全性を評価する手法開発は、日本が革新炉の時代に於いても世界を代表する原子力先進国であり続けるために、今から必要な技術開発である。
Japan Science and Technology Agency
科学技術振興機構 原子力システム研究開発事業 原子力業務室